1-62.いざ報酬を②
店の奥、金庫脇の小さな扉が開き、袖止めを巻いた壮年の男性行員が姿を現した。
その手には、札束が整然と積まれた黒檀のトレイ。
足音をほとんど立てぬ静かな歩みで進み、ラナへそれを手渡す。
「あ! ありがとうございます!」
男性行員は小さく頷き、グエンたちへ会釈を送った。
そのまま踵を返し、変わらぬ足取りで金庫脇へ戻っていく。
「お待たせいたしました。こちら、事務手数料2,500ギンを引きまして、2,009万と7,500ギンになります」
「うお、この金額を裸で。迫力あるな……」
「あ、当行の紙袋でよろしければご用意できますが」
「いや、このまま口座に入れるよ。手間をかけて申し訳ないが、四等分してもらえるかな」
「はい! かしこまりました」
ラナは慎重に札束を選り分けていく。
グエンにとってこれだけの札束は馴染みのない物体なので、自然とラナの作業に釘付けになっていたが、新人職員とは言え、ラナの手付きは落ち着いたものだ。
黒檀のトレイに積まれていた紙幣の山が崩され、四つの小さな山へと整えられた。
「どうもありがとう」
「どういたしまして。どちらの口座に入金なさいますか?」
「あ、そうだ。キトは口座あるか?」
グエンがキトの方へ振り向く。
キトは少し考え、首を傾げてから小さく横に振った。
「なら、作るか」
「口座? ぼくの?」
「あったほうがいいだろ」
「うん! やった!」
「というわけで、キトの口座を作りたいんだが」
振り向き、ラナの顔を見る。
キトの身なりを確認したラナは、身分を証明するエンブレムを身に着けていないことに気づき、表情をかすかに曇らせた。
「あの、失礼ですが、そちらのお連れの方は……外輪の方、でしょうか」
「そうだが」
「……大変申し上げにくいのですが、外輪の方の口座開設は、お断りさせていただいておりまして……」
「お断り? 口座くらいいいだろ」
「も、申し訳ございません。規則で定められており、私の裁量ではどうにもならないもので……」
「アニキ」
「ん?」
「外輪の住人は、口座を持てねえんすよ」
「持てない? あ」
「そうっす。大隧道の中で、ちろっと話したやつなんすけど」
「外輪労働者は金を持てないとか言ってたあれか……。選挙権もないって」
「ぼく、だめなの……?」
首を傾げ、グエンとデラダンの顔を交互に見上げたあと、キトは視線を落とした。
カウンターの向かいではラナが申し訳なさそうに視線を伏せている。
キトの小さな背を、エリエラが後ろからそっと抱き寄せた。
「あ、え、ど、どうしたの」
「なんでもありません。……キトさんには、わたくしたちがついていますから」
言葉を失い、デラダンは口を閉ざしたまま俯く。カウンターを隔てて立つラナ、その艶やかな栗毛の太い眉が八の字に歪み、眉間に皺が寄っていく。
グエンがラナへ視線を向けた、その瞬間だった。
「お金を持てない……こ、こんな小さな子が……私、掛け合ってきます!」
ラナは勢いよく振り返り、駆け出す。
金庫脇に控える男性行員のもとへ歩み寄った。
二人の会話内容までは届かない。
だが、彼女は身振りを交えながらグエンたちの方を指し示し、懸命に何かを訴えていた。
壮年の行員は黙って話を聞き続ける。
やがて彼女の言葉が尽きると、落ち着いた表情のまま、静かに首を横へ振った。
短い言葉が交わされる。
肩を落としたラナが、ゆっくりと戻ってきた。
「も、申し訳ありません……。バナーバルの法律で定められているので、当行の裁量では、どうしようもないと……」
「……そうか。頑張ってくれて、ありがとう」
「い、いえ……あの、私、詳しく知らなくて、外輪の子供、はじめて見たので……あ、あの、キトさん」
俯いていたキトが顔を上げる。尻尾はしぼみ、濡れた縄のように垂れていた。
ラナは深く頭を下げる。
「ご、ごめんなさい」
「あ、え。……う、ううん。い、いいよ」
「あ、あの!」
胸元で両手を握りしめ、ラナはグエンをまっすぐ見つめた。
キトを見ていたグエンが顔を上げる。
「うん? 何か」
「すでに口座をお持ちの方に、もう一つ口座を作ってキトさん用にするのは、いかがでしょうか」
「ああ、いいね。なら、俺がキトの金を預かる。グエン・クロイドの名義で」
「はい! そちらでしたら問題ありません。早速お手続きをさせていただきます」
「ああ、頼むよ」
頷くグエンへ笑顔を返し、ラナはカウンター裏の端末操作を始めた。
ラナの働きぶりを一瞥してから、グエンは仲間たちへ向き直る。
「で、二人にも、500万と、ちょっとずつ」
「うおおおお、アニキまじっすか! あざーす!」
諸手を挙げてガッツポーズを取るデラダン。
その隣で、エリエラはかすかに微笑み、小さく首を横に振った。
「いいえ、こんな大金、いただけません。わたくしは何もしていませんから」
「いや、これは俺が受け取って欲しいんだ。実は頼みがあってね」
「グエンさんが、わたくしにですか?」
「ああ、あと、キト、デラダンもだ」
「ぼくも?」
「なんでも言って下せえ!」
「このバナーバルで活動するのに、四人チームを作れと本部に言われてね。とは言え、俺もここにきたばかりだ。人脈などあるわけもないから、困っていたんだ。どうだろう、俺とチームを組んでくれないか? この金は、チーム結成の依頼金みたいなもんとして受け取って欲しい」
「もちろんでさあ! アッシはどこまでもアニキについていきやすぜ!」
「ぼくも!」
「ありがとう。エリィはどうかな?」
「……わたくしは、グエンさんに護衛をお願いしている立場です。わたくしの方が、グエンさんに支払うのが自然ではないでしょうか」
「いや、護衛はするが、そもそも四人チームを組まないと、隊員として活動するなって契約でね」
「わかりました。では、わたくしもグエンさんのチームの一員になります」
「おお、ありがとう」
「ですが、やはりお金は受け取れません」
まっすぐな視線。
柔らかさの奥に揺るがぬ芯を宿した声音だった。
表情を変えぬよう努めながら、グエンは内心で頭を抱える。
(が、頑固だなあ……。いや、それより、大金を受け取るのを、こんなに拒否する人間がいるなんて……マジか……。俺ならとりあえず貰っとくぞ)
どう説得するべきか思案する横で、デラダンが勢いよく口を開いた。
「姐さん! これはアニキの面子の話っすよ!」
「え、そうなのですか?」
「そうっすよ! グエンチームは、報酬は山分けでいくぞっつーのを、アニキは示してるんですぜ! ここはアニキの顔を立てて下せえ! 頼んます!」
ブンッ、と風を切る勢いで頭を下げるデラダン。
天井から降り注ぐ白い灯りが、磨かれたスキンヘッドを照らした。
エリエラは、そこに刻まれたハートモチーフのタトゥーへ視線を落とす。
そして、静かに微笑んだ。
「わかりました。それでは、受け取らせていただきます。志を無下にするところでした」
「姐さん、あざっす!」
「わたくしの方こそ、礼を言います。ありがとうございます」
互いに頭を下げ合う二人を見ながら、グエンは胸の内でそっと拍手を送った。
(おお、なんとかなった。すごいぞ! デラダン!)
思いがけない方向でまとまった会話。
デラダンは分け前を自身の口座へ入金すると、エリエラの入金作業にも手を貸した。
「へえ、やるなあ」
グエンは思わず声を漏らす。
説得に入金の手伝いにと、巨躯に似合わぬ細やかな甲斐甲斐しさ。
グエンは感心しきりで、二人の様子を見守った。




