1-61.いざ報酬を①
菖蒲色の天幕に包まれた六角錐の館を後にし、グエン一行は外へ出た。
グエンが周囲を見渡して言う。
「さすがにこんな奥まったとこじゃ、銀行はないよな。キト、場所わかるか?」
「あ、えっと、銀行……行ったことないかも」
「そうなのか? デラダン、わかるか?」
「銀行っすね。さっきのムロージ商会ん中にありやす。戻りやしょうか」
「ム、ムロージ商会ならわかるよ」
「では、キトさんにお願いしましょう。ね」
エリエラは柔らかな笑みを皆へ向けた。
誰も拒む者はいない。
「だな。頼むよ、キト」
「うん!」
キトを先頭に、一行は裏路地へ足を踏み入れる。
細い通路を抜け、ノマドドーム中央へ向かった。
立ち並ぶ店舗の隙間から、灰青色に鈍く光る巨大なアーチ状天蓋が姿を現す。
一区画を丸ごと占める、巨大なムロージ商会ノマドドーム支店だった。
デラダンは石円柱の間をすり抜け、そのまま店内へ進む。
「こっちっす」
彼の後を追い、一行は店内奥に設けられた換金所兼ノマドドーム銀行支店へ向かった。
銀行支店も他の店舗と同様、切り出された安山岩のカウンター内で営業している。
だが、他店と決定的に異なる点が二つあった。
一つ目は窓口の数だ。
ほかの店舗が一つか二つなのに対し、ここでは二十のカウンターが一直線に並び、係員たちが絶え間なく商談をさばいている。
そして、もう一つは巨大金庫だった。
「でっかい金庫だ……すごいなあ」
口を開け、双眸を瞬かせて驚くキト。
石造りのカウンター奥、壁そのものが金庫となっている。
カニクレーンがそのまま搬入できそうな鋼鉄扉の脇には、人一人が通れる小扉が備え付けられていた。
若い女性行員が応対するカウンターが空き、デラダンが前へ進む。
「アニキ、団子ヘアの女の子のとこ、空きやしたぜ! どうぞっす!」
「お、悪いな」
促され、グエンはカウンター前へ立った。
応対した若い女性は、真っ白なブラウスを纏い、栗色の巻き髪を後頭部で結い上げている。
ピンで留めた前髪の数房が、わずかに額へこぼれていた。
「よ、ようこそ、ムロージ銀行ノマドドーム支店へ。私、ラナが担当いたします。今回はどのようなご用件でしょうか?」
「あ、これはどうも。グエンです。換金を頼みたい。この手形なんだけど」
「あ、約束手形の換金ですね。手数料として年利6%いただきますが……。あ! こ、こちらは……祖式印? もしや、お客様は、サーラ様のご関係者でいらっしゃいますか?」
「ん? 本人に碧銀核を買い取って貰ったが。それ、なんかまずいのか?」
「い、いえ! 初めて見たものでつい! ほ、本日、全額現金化をご希望でしょうか」
「ああ、できれば」
「しょ、少々お待ちください。上の者に確認してきますので」
ラナは深々と一礼すると、小走りでカウンターを離れた。
店の奥、壁のような金庫の脇に立つ壮年の男性行員へ駆け寄る。
白髪混じりの彼のワイシャツの二の腕には、袖を留める細帯が巻かれていた。
差し出された約束手形を確認すると、男は静かに頷き、金庫の扉を開けて中へ入っていく。
重い扉が閉じるのを見届けたあと、ラナが足早に戻ってきた。
「お待たせいたしました。ただいま準備しておりますので、少々お待ちください!」
「ああ。ゆっくりで大丈夫だよ」
かしこまった対応に、グエンは小さく笑う。
カウンターへ軽く体を預け、デラダンの方へ振り向いた。
「あ、そうだ。デラダン、クエスタ隊員なら口座作れるのか? ここで」
「もちろんっすよ。つか、アニキの口座あるんじゃねえすか? 隊員登録の時に、報酬を振り込む用に作ってるはずですぜ」
「そうですね。わたくしも隊員登録の際に、口座を作っていただきました。グエンさんもあるのでは?」
「なるほど? ……キト、ちょっと。モバイルをだな……」
「あ、うん。いいよ。でも、ぼくもわかんないかも……」
手招きされ、キトが駆け寄る。
グエンからモバイルを受け取り、操作を始めた。
小さな液晶画面を、自然と皆が覗き込む。
「なんか、いっぱいお手紙来てるよ」
「またおすすめ依頼とかか? 邪神復活とかへんなやつだろ」
「んーと……ユイナさんって人? から。ほら」
「どれ。……うわ、エリィの護衛状況報告しろって、めっちゃ来てる。……怒ってるかもな、これ……。ちょっと、あとですぐ返そう」
「あら、わたくしも忘れていました」
「ユイナさんって、あの副会長の側にいる人っすか?」
「そうそう、その人」
「まじっすか! ガチお偉いさんっすよ!」
「あー、確かに、そんな感じはしたな」
「アニキ、なんでそんなのとコネがあるんすか? アニキもどっかのおぼっちゃんとか」
「いやいや、俺は全然違うよ。まあ、エリィの護衛を引き受けた縁、かな」
「そうなんすか。あ、この画面で見れやすよ。ほら」
キトが持つモバイルの画面に、デラダンの太い指が触れる。
画面が切り替わり、口座情報が映し出された。
「ほんとだ。んー、この入金済みの8万ギンってなんだ? 覚えがないが」
「なんすかね。……護衛料ってありやすぜ」
「は? 護衛料? ……月8万は安すぎないか?」
「……アッシにはなんとも」
「ねえねえ、エリィ、8万て安いの?」
「そうですね。ちょっと控え目かと思います」




