表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世界樹の巡り人  作者: 蔵人
第1章 邂逅のバナーバル
90/98

1-59.おつかいなのだな

 石像のように、身じろぎ一つしない仲間たち。


「まさか、さっき店の前にいたラリったやつも、おたくがやったのか?」

「退屈での」

「飽きたら戻してやれよ」

「そう、本来ならワシが戻さん限りもとには戻らんのじゃ。……危険すぎるのう、おヌシ。儂の手に余るなど。……過ぎた存在は、危険因子でしかないのじゃよ」

「俺はただ、その核を金に換えたいだけなんだが……」

「儂はの、この快適な塒でもうしばらくはのんびりしたいんじゃよ」

「ああ、バカンス中だったのか。しばらくって、10年くらいか?」

「ほっほっ、千年くらいかの」

「……祖人には寿命がないと、聞いたことがある」

「寿命はある。が、星よりも長く生きる儂ら、ヌシらから見れば永遠と同義じゃろうて」

「お星さまとおしゃべりできるってのは光栄だね。で、買い取りの話をしたいんだが」

「だからこそじゃ。天壌無窮(てんじょうむきゅう)の安寧、その平らな水面(みなも)を乱す、泡沫(うたかた)の如き淀み。ヌシのような存在には、敏感なんじゃよ」

「俺は年寄りの話も最後まで聞く、可愛いタイプの若者なんだが……。どうもおたくは、若者の話を聞かないタイプの年寄りっぽいな。ポエミー過ぎて、何を言ってるのかわからん」

「ぬかせ」


 深く被ったフードの下、額の晶曜石(しょうようせき)が青白く瞬いた。

 祖式構文(そしきこうぶん)起動。

 フードから垂れた銀髪、緩く結わえられた毛先が揺れると、ローブがはためき、サーラの身体を光の泡が覆った。輝く光の膜の表面を、菖蒲(あやめ)色の古代文字が滑走する。


「見た所、腕に覚えがありそうじゃ。その落ち着きは、儂のような女に負けるわけがないという自信からじゃろう? じゃが、人の身一つで、バナーバル全ての人間を相手にできるかのう?」

「なに?」

祖式構文(そしきこうぶん)とは“世界を書き換える力”じゃ。物も、人の意識も、記憶も、すべては儂の思うがままよ」


 サーラを包む光の泡、その表面を滑る古代文字が加速する。

 爆ぜるように、光の泡が臨界を越えて拡大した。

 グエンを含め、その場にいるすべての人間の体をすり抜けて、光は奔流のように広がる。

 館を包んでも収まらず、ノマドベースを呑み込み、錯乱男を連行中のイオルとガングー、炙り酒のマスター、さらには大隧道の壁をすり抜け、内輪地区を丸ごと覆い、外境ゲートにまで到達した。

 守護山脈の山肌から膨らんだ光の泡が、瞬く間にバナーバル市すべてを覆い尽くす。


「さあ、バナーバルにいるすべての民よ! グエン・クロイド、こやつを殺せい!」


 サーラの声が、都市全域を貫いた。

 直後、キト、エリエラ、そしてデラダンが、同時にグエンへ振り向く。

 焦点の合わぬ三人の目が、グエンを見つめた。

 それだけではない。

 全方位から、波のように意識が押し寄せる。

 目に映らない波が熱を帯び、意思を宿したまま肌に貼り付く、濃霧めいた感覚。


 グエンの左頬に紅蓮の火焔文様が浮かぶ。

 その瞬間。

 入口の幕が開いた。


「あー、こてつなのだな」


 張り詰めた場にそぐわない、のんびりとした、子供めいた幼い声。

 幼児ほどの背丈、黄色いヘルメットを被った三等身弱の獣人が立っていた。


 グエンに向かって動き出したばかりの三人が、ぴたりと止まる。

 慣性だけが残り、体がわずかに揺れた。

 サーラは驚きのあまり、胸の前に右手を掲げたまま、静止している。

 ノダナ族の姿に、全員の視線が釘づけになった。


 ノダナ族はキトの横を通り抜け、グエンの足元へ歩み寄る。

 目線の高さにあるグエンの膝を、ポンポンと叩いた。


「おしごとで、いそがしいのだな。たいへんなのだな」

「あ、お、そうか。仕事……ん? 酒臭いぞ? まさか、ずっと炙り酒で飲んでたのか?」

「まだのめるのだな」

「仕事の前の一杯だったのか。随分と飲んだなあ」

「おしごとして、えらいのだな。ほめてもいいのだな」

「ん……? あ、ノダナ族が仕事して偉いってことか」

「ほめるか? ほめるか?」


 両腕を組み、胸を張る。

 ちらちらとグエンを見上げ、言葉を待っていた。

 紅蓮に燃えた左頬の火焔文様は、もう消えている。


 二人のやりとりを前に、サーラは目を見開いたまま、見守ることしかできない。


「ああ、そうだな。ノダナ族は仕事して、偉いな。すごく偉い」

「ぬんっ」


 組んでいた両腕を解き、腰に当てて胸を張る。

 満足げな笑みを浮かべ、グエンの膝をもう一度ポンポンと叩いた。


 体ごと向きを変え、サーラの足元へ。

 背負っていたリュックを下ろして口を開けると、両手を無造作に突っ込んだ。

 小さな両手に、砕けた碧銀核の欠片を山盛りにして差し出す。


 サーラはフードを下ろし、すぐさま膝立ちになる。

 両手を皿のように広げ、ノダナ族の小さな手から、碧銀核の破片を受け取った。


「もってきたのだな」

「か、かたじけのうございます」

「えらいか?」

「は、はい、それはもう」

「てれるのだな」


 小さな手が再びリュックへ伸び、破片が次々と載せられる。

 やがて、青白い光沢を放つ山ができあがった。


「ムロージのおつかいおわったのだな」

「そ、それでは、お土産を。こちらを召し上がってくだされ」


 サーラは、壁の棚へ移動すると、空いていた丸い深皿に碧銀核の破片を流し入れる。

 次に、下の棚に置かれた藤蔓(ふじつる)細工の篭を手に取った。

 彼女は腰を下ろすと、ノダナ族の前で篭の蓋を取り、中身に掛けられた白い布巾を外す。

 鼻をスンスンと鳴らしながら、ノダナ族が身を乗り出して覗き込む。

 そこには、きつね色に焼かれたドーナツが敷き詰められていた。


「わるいのだなあ」


 言い終える前に、手が伸びる。

 黒いかぎ爪で一つ掴み、にっこりと微笑み、頬張る。


「うまいのだな。うれしいのだな」

「喜んでいただけて何よりです」

「んもっ、んもっ」


 一つ、二つと平らげる。

 口の中にドーナツが残ったまま、両手に一つずつドーナツを確保した。


「ありがとうなのだな」

「またドーナツを食べにきてくだされ」

「なのだな」


 出口へ向かい、ふと立ち止まる。

 両手に持ったドーナツとグエンを見比べ、小さく尋ねた。


「……こてつも食べたいか?」

「お、ドーナツくれるのか?」


 しゃがんで目線を合わせる。

 ノダナ族はドーナツを飲み込み、右手を差し出した。


「ひとくちならいいのだな」

「ええ? 一個くれないのか?」

「よ、よくばりはよくないのだな」

「もらい!」


 かぶりつく。

 丸いドーナツの、四分の一が欠けた。


「わ、わわ。くちがでかいのだな。たべすぎなのだな」

「あー、確かにうまいな。昔貰ったやつとそっくりの味だ」


 濃厚な甘さと、鼻腔を抜けるバターの芳醇な香り。

 五十四年前、カガミの前でかぶりついたドーナツの記憶。

 風化していた思い出が、香り立つように蘇った。

 同時に、呼び覚まされた感情が胸を詰まらせ、目頭を熱くさせた。

 堪えるように、必死でドーナツを飲み込んだグエンに、ノダナ族が首を傾げる。


「はらぺこか? なら、くえくえ」

「……いや、一口でおなか一杯になったよ。ありがとう」

「ほんとか? うまいとうれしいぞ」

「ああ、本当だよ」

「んー……はらへったら、またやるのだな」

「おう、またな」

「なのだな」


 欠けたドーナツを咥え、手を振ると、入口へ向かっていく。

 自動で開く幕を抜け、ノダナ族は館を後にした。

 小さな背が消えるまで、室内は静寂に満ちる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ