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世界樹の巡り人  作者: 蔵人
第1章 邂逅のバナーバル
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1-58.七変化

「おんや、今度はまともな商談のようじゃ。サーラの館へよう来た。ほれ、見せてみい。価値ある石なら、なんでも買うぞ」


 とろんとした瞳で見つめながら、サーラは腕輪だらけの右手を差し出す。

 座臥に横たわったまま、左手で頭を支え、口には金色のパイプを咥えていた。


「ああ、確認してくれ。ちょっと傷つけちまったが」


 グエンはジャケットのポケットから碧銀色の核を取り出し、差し出された手のひらへ、慎重にそっと置いた。

 その様子を、斜め後ろに立つデラダンが凝視している。

 視線の先は、ローブのはだけた奥に覗く豊満な胸元だった。


「なんじゃ! この核は!」


 突然の大声に、見入っていたデラダンはびくりと肩を震わせる。

 サーラは飛び起き、座臥の上にあぐらをかいた。

 顔の目前に核を持ち上げ、その表面を凝視する。


「リクセン式構文がかき消されておる。このバナーバルで、儂以外にこんな真似ができようはずもないわ。ヌシら……」


 額の宝石が、青白く瞬いた。

 次の瞬間、サーラの全身を包むように淡い光の泡が生まれる。

 光の泡は瞬時に広がり、サーラを中心に、グエン達を余すことなく包み込んだ。


「これで、ヌシらは儂の傀儡じゃ」


 さらに小さな泡が、サーラ自身を包んでおり、その二重の光る泡の表面には、菖蒲色の無数の古代文字が浮かび、滑るように巡っていた。


 光を纏ったまま、サーラは座臥を降りる。

 彼女の姿は徐々に縮み、先ほどまでの妖艶さは剥がれ落ち、少女のような体躯へと変わった。

 纏っていたローブをたくし上げてマフラーのように首へ巻くと、フードを外す。

 露になった銀の髪、胸と腰をわずかに覆う薄いヴェール。

 ルビーやサファイア、黄金に彩られた腕輪と指輪。

 雪のように白い肌、その胸元に揺れるダイヤのペンダントトップ。


「どれ、見せてもらおうかのう」


 金色のパイプを咥え、広げた右手に碧銀核を乗せると、腰をくねらせて歩きだす。

 一番後ろに隠れていたキトの前へと歩み出た。

 少女の姿で、同じ背丈になったキトの瞳を正面から覗き込む。

 鼻先が触れそうな距離まで迫られたキトだったが、焦点の合わない目で、瞬き一つせず立ち尽くしていた。


「亜獣人の子……ただのぼうやじゃ。次は」


 サーラが纏う光の泡の表面を、菖蒲色の古代文字が浮かんでは流れ、消えていく。

 一部の文字が一瞬その場に留まり、滑るように消えると、また新たな古代文字が生まれた。

 少女の背丈は伸び、大人びた体つきへと変わり、エリエラと全く同じ身長まで成長する。

 腰を左右に振り、両手を躍らせるとその場でターンして見せた。

 そして、石像のように固まったエリエラの顔を覗き込む。


「……ほう、ほうほう、ダニア優先民か。懐かしい血じゃのう。この星の世界樹も、そろそろ収穫期に入ったようじゃな。じゃが、ヌシに構文を消すなぞ……無理な話じゃのう」


 振り返り、大股で歩くサーラの周囲を、古代文字が舞った。

 一歩進むごとにその身は大きくなる。

 華奢だった骨格は太く変わり、胸は豊満に、肩や腕、太ももには筋肉の凹凸が刻まれていった。

 身長は二メートルを超え、デラダンと比較しても遜色のない巨躯となった。


 豊満な胸を自慢げに揺らし、サーラはデラダンの正面に立つ。

 デラダンは両目と口を大きく開いたまま、石のように固まっていた。

 その目を覗き込むと、仰け反って笑う。


「あっはっは、ただの乳臭い小僧か。かわいいもんじゃ。なら、やはり赤毛の男かの」


 スキンヘッドを軽く叩き、サーラは身を翻す。

 彼女を包む光の泡が、さらに強く輝いた。

 首に巻いた黒いローブがはためき、右手に乗せた碧銀核が太陽のごとき光を放つ。


「見せてもらうかのう。祖式構文を消すなぞ、原生ダニア人ではあるまい。イリリアンカの縁者であろうが……」


 その骨格は再び変容し、体は縮んでいく。

 筋肉質だった四肢は滑らかな曲線美を帯び、その背はグエンの目線に合わせて収束した。

 グエンの前に立ったサーラの手に輝く碧銀核。

 いまだ青白く眩い閃光を放ち続け、小さな太陽のように館内を照らしていた。


 光を携えたサーラは、品定めするように、グエンの顔を下から、横からと観察する。

 あまりの眩しさに、グエンは目を細める。


「眩しいのは、ほとんど裸のそれを隠すためか? そういうサービスは予約してないんだが」

「の?」


 間の抜けた声。

 直後、サーラを包んでいた光の泡は弾けるように消え、古代文字は霧散した。

 同時に、手にした碧銀核の光も失われる。

 グエンは苦笑し、サーラの豊満な胸元を指さす。


「いや、そういうのはいいから、とりあえずさっきみたいに隠してくれ。そのローブで」

「な、ななな、なんじゃヌシは! 黙って見ておったのか! ずっとか!」

「キトに近づいたときに子供の姿だったから、敵意がないのかと観察しちまったよ。あと、なんか……口を出していい空気じゃなかった」


 サーラは顔を紅潮させ、両手で体を隠しながら肩を震わせ、一歩、二歩と後ずさった。

 ローブを深く被り直し、首に巻いたローブを解いて、全身を覆う。


「い、いや、それどころじゃないわい! なぜ動けるのじゃ!」

「なぜと言われてもな。その祖式構文とやら、俺は詳しくはないし……」


 慌てふためくサーラを前に、グエンは頬を掻いた。

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