1-50.新たな仲間たち
言い終えると、グエンはゆっくりと視線を落とした。
デラダンの足元に転がる、橄欖石でできたリクセンナイトの巨大な頭部を指さす。
「で、それは? 見覚えがあるんだが、どこにあったんだ?」
「あ、こいつっすか? この道を突っ走ってたら飛んで来たんすよ。思わず受け止めたはいいんすけど、捨てるのはもったいないんで拾ってきやした」
頭部は、流線形の簡素な騎士兜を象った造形だった。
だがその形は完全ではなく、鼻から下の部分が割れ、欠け落ちている。
「あ! 切り落としたあと、あのデカブツリクセンが踏んづけてぶっ飛ばしてたな。だから割れてんのか。そんなもん受け止めてよく無事だったな……。一体、何kgあんだそれ」
「そうっすね、ざっと二〇〇~三〇〇kgはありそうっすね。って、アニキが切ったんすか! リクセンを切るなんて、聞いたことねえっすよ! それこそ完全武装したヘビークラストでもなきゃ……。へへへ、アニキ、やっぱり半端ねえぜ!」
「まあ、確かに骨が折れた。しかもあんなにうじゃうじゃ出てくるなんて、予想外だった。しかし、二〇〇~三〇〇kgもの塊を受け止めるとは……ヘビークラストってやつは、やっぱり頑丈だな。文明の利器ってやつか」
「へへへ、そうなんすよ。ちっと乗り込むんで、待ってて下せえ」
デラダンは片膝立ちで停止しているヘビークラストの背後に回り、蝉の抜け殻のように開いた装甲の間から中へ入り込む。装甲が閉じ、首関節部で前面へ中折れしていたフェイス装甲が起き上がり、デラダンの顔と頭部を覆った。
ヘビークラスト越しに拡張されたデラダンの声が響く。
『ヘビークラストがすげえってのもありやすが、ジアの腕がまたいいんすよ! ちなみに、あの場所にアニキがいるって突き止めたのも、ユイークの仕事っすから!』
「へえ? どうやって?」
『安否確認のメールに偽装してなんとかって言ってやしたぜ』
「安否確認、あったな。しかしあれでどうやって場所がわかるんだ? いや、……まあ、あとで落ち着いたら聞かせてもらうよ」
『うっす! んじゃまず、移動がてらこいつをノマドベースで金に換えたらどうっすか?』
「ペリドットの頭をか? すぐ売れるもんなのか?」
『いけやすぜ! ムロージ商会が何でも買い取るんでさあ!』
「そうか。あんだけ死ぬ思いで戦ったんだ。報酬が無きゃ嘘だぜ。売れるなら、さっさと売っちまいたい。案内を頼めるか」
『あっしに任せてくだせえ!』
「バナーバルは今日が初めてで、右も左もさっぱりだ」
『今日隊員になりたてって言ってやしたね。しっかし、そのエンブレム、正規隊員っすか? 今日の今日で正規隊員ってのは、すげえっすよ』
「そうなのか?」
『そうっすよ。って! 姐さんもじゃねえっすか!』
デラダンは、フェイス装甲内に映るディスプレイを見て驚く。エリエラのブラウスの胸元には、淡く光るエンブレムが輝いていた。
エリエラは自身の胸元へ視線を落とし、控えめに首を横へ振る。
「わたくしの場合は縁戚の推薦ですので。分不相応で心苦しいことです」
『あいやいや! 姐さんを悪く言うつもりなんて、ねえんで!』
「あの、姐さんというのはどういう意味でしょうか?」
デラダン機のフェイス内ディスプレイには、グエンの右手をしっかりと握るエリエラの手が映っていた。
『兄貴がいれば、姐さんがいるってもんですぜ!』
「そういうものなんですか?」
『そうっすよ!』
「そうなんですね。勉強になります」
グエンと繋いでいた手を放し、エリエラは胸に右手を当てて軽く会釈した。
その何気ない所作から、自然と洗練された気品がにじみ出る。
(しかし、随分と育ちの良い女性だな。お偉いさんの身内ってのは、やはりこういうものか)
グエンは彼女の立ち居振る舞いに感心し、小さく頷いた。
『アニキ! 善は急げでさあ! 行きやしょう!』
「お、おう。会話の温度差がすごいな」
『? そっすか! んじゃ、あっしが先導しやす!』
言い終わるより早く、デラダンはわずかに前傾姿勢を取る。
静かに立ち上がるモーターの駆動音を纏い、ヘビークラストが地面を滑るように動き出した。真っ暗闇の石回廊を、丸目のライトが切り裂くように照らす。
右手には岩棚の壁、左手には底の見えない奈落の崖が迫っていた。
「さあ、わたくしたちも」
「あ、ああ」
グエンは、右手をエリエラに、左手をキトに取られたまま歩き出す。
(両手を同時に引かれるなんて、なかなか無い経験だな……少し歩きにくいが)
数歩進んだところで、それとなく伝えようと口を開きかける。
だが、その前にエリエラの声が重なった。
「一人だけであれほどの大群を退けたのです。どこか痛むところはありませんか?」
「ん、ないかな。……たぶん。炎を使うと、多少の痛みとか無くなるんだよ」
「それは戦いの最中、アドレナリンが出て痛みを感じないということではありませんか? 気が付かないだけで、どこか痛めているかもしれません」
「あー……かもなあ。まあ、でかいケガはないと思うよ。それより、今は安全な場所に行くのが優先だ。道を潰したとは言え、油断はできない。で、二人とも、この手だが……」
「グエンさん、すごかったね。あんなにたくさんのリクセン見たのはじめて」
左手を握るキトが、グエンの手を両手で高く掲げる。
「ん、そうか?」
「すんごい光って、ぶわって燃えて、バババッてリクセン斬ってた! カッコよかった!」
「濡焔は特別な刀だからな」
「すごかったよ! 火がすごかったもん! リクセンが斬られるの初めて見た!」
「この炎も、特別だからな。こうして使えるようになるのに長い時間がかかった」
「すんごい練習したの?」
「ああ。みっちり五四年は練習したな」
「五四年……? すごいなあ。グエンさんてそんなに年上なの?」
「うふふふ、冗談ですよ。すごくたくさん練習したという意味ですよね」
「いや、言葉の通りだよ。俺は丸々五四年、戦い続けてこの力を手に入れた」
「うわぁ……すごいなあ」
エリエラはグエンの右手を握ったまま、小首を傾げる。
左手を握るキトは、彼女とは対照的に、高揚した表情のままグエンの手を誇らしげに掲げていた。
「すごいなあ。いっぱい練習すれば、ボクもグエンさんみたく強くなれるかなあ」
「……俺みたいな苦労はして欲しくないが、いくらでも強くはなれるさ」
「……ほんとに?」
「強くなる方法はたくさんあるしな。ヘビークラストもその一つだ」
グエンは前を行くデラダンへ視線を移す。
ヘビークラストに搭乗しているとはいえ、三百キログラム近い物体を、小脇に抱えるという不安定な保持方法でありながら、デラダンは軽々と歩を進めていた。
ヘビークラストが一瞬、身を沈める。
重い着地音とともに一メートルほどの段差を跳び降り、滑らかにその場で旋回して振り向いた。
『アニキのモービルに着きやしたぜ!』
「車体は無事か?」
『ぱっと見、異常ありやせん! ここらにゃリクセン共も見当たらねえっすよ』
ブーツのタイヤを使って数度旋回し、周囲を索敵する。
両肩に備えられた丸目のライトが岩壁や対岸、奈落の底を照らすが、異常はなかった。
キトはグエンの手を離すと、小さく駆け出し、一足先に段差を飛び降りる。
「さあ、グエンさん、わたくしが支えますからどうぞお先に」
「レディファーストで行きたかったが、お言葉に甘えるよ」
グエンが身を屈めるより早く、デラダンが段差の前へ移動した。
膝をつき、リクセンナイトの頭部を地面に置く。
何事かと見守るグエンたちの前で、段差の壁際にヘビークラストの右の掌が差し出された。
『ヘビークラストの手と膝を階段にしてくだせえ。下手な階段よりずっと丈夫なんで、安心してくだせえ!』
「ありがとう。悪いな。まるでレディになった気分だよ」
『ぜんぜんっすよ! 足元にお気をつけくだせえ!』
グエンはエリエラから手を離し、ヘビークラストの肩に手をかける。
右手、右膝を階段代わりにして段差を降りた。
金属製の四肢は万力のように固定され、微動だにしない。
その剛性が、確かにグエンの体重を受け止めていた。
「しかし、そのヘビークラストってのは……やっぱりとんでもないな。そんだけ重いもん持って、この段差を飛び降りて、なんともないのか?」
『ジアとユイークのスペシャルな機体っすから! あっし専用の超特別仕様っす! 旧式の機体をベースにしてやすが、なかなかのもんっすよ!』
「自慢の仲間なんだな」
『そっす! 今も通信中っすよ!』
「ん、会話してるのか?」
『こっちの声を聴いてあっしをサポート中っす!』
「そうなのか。じゃあ、デラダンじゃなくて、デラダン達に助けられたんだな」
『そうっす! ささ、姐さんもどうぞ! 足元にお気をつけ下せえ!』
「ふふふ、頼もしい近衛ですね」
『あざっす! ……姐さん、このえってなんすか?』
「近衛は、ナイトのような者ですよ」
エリエラはデラダンの左手にそっと手を添え、右手でスカートの端を支える。
ゆったりとした足取りで、段差を降りていった。
「わたくしの国では、姫の窮地を三度救うナイトの物語があるんです」
『へ、へえ』
ヘビークラストには高性能カメラが搭載されている。フェイス装甲の内側は、搭乗者の視界をぐるりと囲うようにディスプレイが展開され、詳細な画像が映し出されていた。
デラダンはディスプレイに映る彼女の優雅な所作に見とれ、フェイス装甲の中で口を開けたまま左アームを差し出していた。
重金属の手甲に、エリエラがそっと手を預ける。
段差を降り切った彼女は、柔らかく微笑んだ。
「ありがとう」
「ど、どど、どういたしやした!」
エリエラはスカートの裾を整え、顔を上げる。
その視線の先には、モービルに跨るグエンの姿があった。
右手を胸に当て、誰にも届かぬほど小さな声で呟く。
「一度、二度と救われた姫は、三度目で運命を理解し、騎士と結ばれるんです。年頃の娘がみな、一度は憧れる寝物語」




