1-51.帰路
グエンはインカムを耳にかけ、キトにヘルメットを被せると、モービルの最後部シートに設置してある黒いパニアケースの蓋を開けた。
中を覗き込むと、オライオンが白い小さな体を丸め、麻色の毛布の上で寝息を立てている。
キトが横から覗き込んだ。
「まだ寝てるの?」
「ああ、大仕事をしたからな。こいつも変わった力があるが、まだ子供だからすぐ疲れて寝ちゃうんだよ」
「オライオン、大丈夫……?」
「キトと一緒に腹いっぱい食って、たっぷり寝てるからすぐに元気になるさ」
「えへへ、よかったあ」
「さて、あっちはなんか話してるのかな」
キトがエリエラとデラダンの方を見る。右手でヘルメットを浮かせると、ロップイヤーをぴくりと浮かせ、二人の会話に耳を澄ませた。
「んっとね、お姫様……がなんかって聞こえたよ」
「お姫様? この距離で聞こえるのか。俺には……うん、何も聞こえないぞ。すごいな。まだ話してるのか?」
「ううん」
「そうか」
グエンはパニアケースの蓋を静かに閉じると、段差前に立つエリエラへ視線を向ける。
視線に気づいたエリエラが駆け寄ってきた。
「おまたせしました」
「いや、ぴったりのタイミングだったよ。さて、エリエラさんは俺と一緒にモービルで行こう。乗ったことはあるか?」
「馬には乗ったことがありますから、大丈夫かと思います」
「馬とは優雅だね。なら運動神経は良さそうだ。デラダン、念のため後ろからついてきてくれ。あの坂道、エンストしないとは思うが支えが欲しい。モービルは問題ないが、俺の方がガタついてるから、運転が少し心配でね」
「へ? エンストって、まさかアニキのモービル、マニュアルなんすか?」
「ああ」
「マジっすか! 超絶レアっすね! やべえ値段で売れやすぜ!」
「金には換えられないロマンが詰まってるんだ。頼むぜ」
「うっす! このデラダンに任せて下せえ!」
グエンがモービルのエンジンをかけ、ライトを点ける。
デラダンはそれを合図に、ゆっくりと入口方向へ移動していった。
モービルの横に立っていたキトが声をかける。
「グエンさん、乗っていい?」
「キトは一番後ろだ。エリエラさん、俺とキトの間に乗ってくれ。スカートがタイヤに巻き込まれると大変だからな、念のため車体の中央に座ってもらう」
「はい。あの、グエンさん、わたくしのことはエリィとお呼びください」
「ん、エリィさん」
「ただ、エリィと」
「呼び捨てがいいのか? じゃ、エリィ乗ってくれ。キトは乗るの手伝ってやってくれ」
「うん」
キトがエリエラの横に駆け寄る。
モービルの車体横で、小さな折りたたみ式のステップを引き出して指さした。
「ここから乗れるよ」
「キトさんも、わたくしのことはエリィと呼んでくださいね」
「え? ぼ、ぼくも?」
「ええ」
「は、はずかしい……」
「ふふふ、お願いします」
「じゃ、じゃあ、エリィさ……エリィ、ここに足置いて乗るといいよ」
「はい、キトさん。ありがとう」
キトはエリエラの乗車を見届けてから、モービルへ飛び乗る。計三人が乗り込んでも、エリィとキトの小柄な体格のおかげで、シートにはまだ余裕があった。
「ぼくもキトでいいよ?」
「キトさんと呼ばせていただけませんか? 淑女の嗜みですから」
「しゅく……の、たし……ってなに?」
「淑女の嗜み、そうですね……」
「男で言う、かっけえから、だよ」
「あ、そっか」
「そうなんですか?」
「ははは、たぶんな」
「ふふふ」
「さて、行くぞ。デラダンが待ちくたびれてる」
グエンはスロットルを回しながら、クラッチをつなげる。
旋回する車体のライトが照らす先、回廊の始点に立つデラダンが見えた。
坂道の入口、崖を背負った踊り場に二つの丸目ライトが煌々と輝いている。
『アーニキー! いつでも行けやすぜ!』
グエンの操るモービルは、重い鼓動音と共にゆっくりと坂道へ滑り込む。
そのあとをヘビークラストがついていった。
二本の前輪と、極太の後輪がしっかりと路面を駆動し、車体を力強く推し進める。
三人を乗せたモービルは急坂路を何事もなく登り終えた。
念のためにと追従していたヘビークラストの出番はなく、一行は地下都市へ戻る。
グエン達が出てきた通路の付近には、多数のクエスタ隊員が集まっていた。
千切れた封鎖用の鎖を踏み越えてきた姿を見て、一人の隊員が声をかける。
「おいおい! そこは立ち入り禁止だ! 安全が確保されていないんだ!」
グエンは通路を登り切ったモービルを徐行させ、声を張った。
「確かに刺激的だった。おかげで救出作戦も大盛り上がりだ。引き続き封鎖しといたほうがいいぞ、ここは」
「だから、入るなって話をしてるんだ。それよか、救出? 何かあったのか?」
「何があったもなにも」
『アニキ!』
続く言葉を遮って、デラダンの駆るヘビークラストが通路から飛び出す。
落ちていた鎖を拾い、壁の留め具へ引っ掛けて通路への封鎖を施した。
ヘビークラストから拡張された音声が発せられる。
『さ、アニキ、ここは急ぎやしょう』
「ん? そうか?」
「あ! その声! デラダンか! また勝手にヘビークラストなんて持ち出しやがって、どうせ申請してねえだろ、この悪たれが。その、アニキってのはなんだよ?」
『うるっせえ。こっちゃ忙しいんだ! 邪魔するぜえ!』
「そんな訳でね、お暇させてもらうよ」
男性隊員の声を無視して、デラダンのヘビークラストが移動を始める。
グエンのモービルもそれに続いた。
「あ! おい!」
「ごきげんよう」
「へ? あ、ど、どうも」
通り過ぎるモービルのシートから、エリエラが小さく手を振る。
思いがけない言葉に戸惑ったクエスタ隊員は、言葉を詰まらせた。
「ごきげんようって……変わったねえちゃん連れて。しかも、後ろにいたのは外輪の……?」
「おーい! 地底湖湖畔への通行許可が出たぞー!」
「んお、オッケーオッケー。ならこっちは他の連中に任せてボチボチいくかー」
男は見慣れぬ一行の背をしばらく目で追っていたが、仲間の呼ぶ声に踵を返し、その場を後にした。
デラダンのヘビークラストを先頭に、一行は遺跡群を後にすると、高台に続く長い壁伝いの坂道を進む。左側に広がる地下都市遺跡を横目に、グエンはインカム越しのキトに尋ねた。
『他にもクエスタ隊員が来てるんだな』
『うん。毎日いっぱいいるよ』
『大隧道に人が多いのかと思っていたが、こっちの方が隊員は多いのか?』
『え、えっと、大隧道の奥は工事の人とかがいっぱいだよ。掘ったり運んだり』
『そうか、基本的な採掘や工事は専門業者か。キトはどっちで働いてたんだ?』
『ずっと工事の手伝いしてたよ。でも、ここが見つかってからこっちも』
『ここは見つかって日が浅いのか……。この地下都市はどこまで繋がっているんだ? さっきの連中、地底湖とか言っていたような気がするが。あ、地下ダンジョンか』
『んー……わかんない……? バナーバルの下とか、山の方にも……とか?』
『詳しくはまだ調査中ってことか。下手したら外まで続いてそうだがな……』
『そとって?』
『バナーバルの外壁より外だな。守護山脈を超えてはいないだろうが、ないとも言えない』
『あのね、あのね、本には地下ダンジョンもでてくるんだよ』
『キトの本に? どんな内容だ?』
『世界樹の根が大地を割ったときに、その隙間に住んだ人がたくさんいたって』
『世界樹の根、か。……根が割ったなら、世界樹まで続いている可能性もあるかもな』
『でねでね、だからね、ぼく地下ダンジョンを探検したいなって……』
『あ、じゃあ、そういう依頼があったら見てみるか、一緒に』
『え! うん!』
『ははは、いい返事だ』
インカムから返ってきた元気いっぱいの声に、グエンは口元を緩めた。
ハンドルミラーに映るエリエラのはためく髪に視線を移す。
ミラーの位置を調整し、彼女の姿を映した。エリエラは風に暴れる髪の毛を抑えながら、眼下に広がる地下都市の遺跡を見つめている。
風切り音に阻まれ、二人の会話は彼女には届いていない。美しい横顔だったが、遠くを見つめる彼女のその表情に、グエンはどこか怯えているような印象を受けた。
九十九折の長い坂道が終わり、高台を経由し壁に掘られたトンネル通路へ進む。
トンネルは礼拝堂へ続く小道。
グエンのモービルはヘビークラストの先導に続き、地下遺跡群を後にした。
礼拝堂を抜けた後、岩壁に括られた簡易照明に照らされ、ぼんやりと灰白色に光る花崗岩の亀裂路を抜ける。
開け放たれているゲートをくぐった時、モービルを見たクエスタ隊員の青年が叫んだ。
「あ! エリエラさん! 良かったー! 無事で!」
両手を振る青年隊員を、デラダンのヘビークラストは素通りしていく。
後に続くグエンのモービルは、ほんの少し速度を緩めた。
ハンドルから左手を離し、彼に手を上げて挨拶を送り、そのまま通過する。
その後ろで、エリエラはすれ違う彼に笑顔で手を振っていた。
「うおおおお! あざーす! また来てくださーい!」
走るモービルのミラーには、両手を大きく振り回す青年隊員が映っていた。
その姿を見て、グエンは小さく呟いた。
「あ、あとで照合するって言ってたの、忘れてたなあ。彼もだが」




