1-49.改心した男
ヘビークラストが前傾姿勢を取ると、ブーツ部底面のタイヤが空転し、白煙を上げ急発進する。向かう先は、グエンへ飛びかかるリクセン。
『アニキ!』
リクセンがヘビークラストのタックルで吹き飛ばされる。全長3.5メートル、重量7トンに及ぶ重銀装甲の塊に激突されたリクセンは、橄欖石の壁にぶつかり、リクセンの群れを蹴散らすと闇の中に消えていった。
リクセンの群れはヘビークラストに狙いを変える。
ヘビークラストは飛び来るリクセンを両腕で受け止め、その勢いのまま集団へ投げ返す。重い激突音とともに数体がドミノ倒しになるが、間髪入れず周囲のリクセンが次々と飛びかかっていった。
『うおおおお! アニキに手は出させねえぜぇ!』
漆黒の機体は両アームを広げて拳を握り、その場で高速回転した。巨体が竜巻のように旋回し、群がるリクセンを拳で殴り、腕で弾き、次々と闇へ叩き落としていく。
予想外のできごとに、グエンは呆気に取られてその姿を見上げた。
「お、おお? なんだかすげえな。で、アニキってのは……俺か?」
だが、押し返されたリクセンは数を増し、再び目の前まで迫っている。
デラダン機の攻防は凄まじかったが、リクセンへ損傷を与えるには至っていない。
『失礼しやす! あっしが運びやすぜ!』
「うお、た、助かる」
『ちいっと失礼しやす!』
ヘビークラストは膝をついていたグエンを片腕で持ち上げ、そのまま肩に担いだ。
黒いフェイス装甲越しに響く野太い声に、グエンは聞き覚えがあった。
腕を伸ばした大型リクセンの指先が、ヘビークラストの背に触れようとした瞬間。
機体は身を屈め、出口まで一直線に駆け抜けた。
橄欖石の床を過ぎ、石造りのアーチ状天蓋をくぐり、狭い通路を高速で走行していく。
後ろ向きに担がれたグエンの視界いっぱいを、石組みの壁が凄まじい速さで流れていった。
「うおおお、壁が近くてはええ。た、他人に運ばれんのめちゃくちゃこええ」
その声は、ヘビークラストの甲高いモーター音にかき消され、運び手には届かなかった。
五十m近い通路を抜けると、視界が一気に開ける。
左手には常闇の崖。右手には壁、正面には壁に沿って伸びる石畳の通路。
その中央にエリエラとキトが立っていた。
「グエンさん!」
「ああ、よくぞご無事で!」
二人のもとで、グエンはゆっくりと地面へ下ろされる。
「ふう、助かったよ。ありがとう。だが、まだ追手が」
「ちっと道を潰してくるんで待っててくだせえ!」
ヘビークラストは背中から杭状の武装を外し、右腕に装着すると、通ってきたばかりの通路へ引き返していった。
甲高いモーターの駆動音が、通路の奥へ遠ざかっていく。
それを追うように、エリエラが通路へ踏み出す。
しかし、グエンの鋭い声がその足を止めた。
「エリエラさん、もう向こうにはいけない」
「声が……遠ざかって……。もう聞こえません。わたくしを呼ぶ声が……」
「たぶん、爆発がある。さがるんだ」
「……はい」
「え? 爆発?」
きょとんとするキトの手をエリエラが引き、壁際へ下がる。
グエンも重い体を引きずりながら通路を一瞥し、二人のもとへ移動した。
通路内を遠ざかっていたライトの明かりが、完全に見えなくなった瞬間。
ドガァンッ!
金属と岩が激突するような衝撃音が響く。
数秒後、通路内で爆発が起きた。
激しい閃光と轟音が駆け抜け、衝撃波が三人を叩く。
「ひゃっ」
「きゃあっ」
耳を覆う二人の傍らで、グエンが膝をついた。
全身を襲う、激しい虚脱感。
水中に沈んだように、感覚が遅く、鈍い。
両足は電源を落とされたように応答しない。
周囲の闇が視界へ溶け込むように、見える範囲がじわじわと狭まっていく。グエンは抜き身の軍刀を杖代わりに地面へ突き立て、なんとか倒れまいと踏みとどまった。
(こんなに力を使い切ったのは久しぶりだな……ここで気を失うと……まずい……)
「どうぞ、私の手を。立てますか?」
柔らかな声とともに、手が差し出された。
グエンは無意識にその手を取っていた。
「……?」
闇に埋め尽くされようとしていた視界から、一気に帳が取り払われていく。
虚脱感が薄れ、足に力が戻る。
それと同時に、握った右手から柔らかな温もりが伝わってきた。
グエンは突然の復調に困惑しながら、ゆっくりと立ち上がる。
「歩けそうですか?」
「あ、ああ。急に、調子が良くなってきた……?」
「良かった。真っ青な顔で心配しました」
グエンはエリエラに右手を支えられながら、左手の濡焔を鞘に納めた。
「こうなると、一週間は意識が飛ぶのを覚悟してたんだが……ん」
グエンは、自分の右手を両手で包み、温もりを注ぐように見つめる彼女の顔を正面から見た。エリエラは視線を感じ、顔を上げる。優しさを湛えた、柔和な微笑みだ。
その表情に、グエンはほんの一瞬、心を奪われる。
(おっと……。とびきり良い女ってのは、男を癒す力がある……なわけないか……)
心の中でそう嘯き、グエンは微笑み返した。
ライトを手にしたキトが、グエンの傍らへ駆け寄ってくると、左側に立ち、ちらちらと二人の顔を見比べた。
意図を察したエリエラが、優しく微笑みかける。
「キトさんも支えてくださるんですね。では、肩を貸して差し上げてはいかがでしょう?」
「う、うん!」
「助かるよ」
頷くと、グエンはキトの左肩に左腕を回した。
「ありがとう。さて、念のためだ。二人とも、リクセンとやらの気配はするか?」
「いえ……何も聞こえません」
「うん、なんにも」
二人の言葉を受け、グエンは静かに頷く。
爆発のあった通路の奥から、再び光が差し込んできた。
甲高いモーター音と、ゴム製のタイヤが石畳を踏みしめる音が近づいてくる。
ほどなくして、脇にリクセンナイトの頭を抱えたヘビークラストが姿を現した。
ライトの光量を落とし、三人の正面で足を止める。
キトがグエンの背後に回り、隠れながら様子を窺う。
仁王立ちする巨体に、グエンは笑顔を向けた。
「よお、デラダンだったか。助かったよ」
「や、やっぱり!」
その言葉に、キトはグエンの背中に隠れながら飛び跳ねた。
ヘビークラストのフェイス装甲が、首筋から頭頂部にかけて蝉の抜け殻のように開く。そのまま頭部が首関節から前へ倒れ、胸部装甲に鼻先をつけるように折れた。
露わになったのは、ハートの入れ墨が入ったスキンヘッドに、デッキブラシのような顎髭。
デラダンの目が一瞬泳ぎ、やがてゆっくりとキトへ向けられる。
「う、うっす」
「ひゃ、ひゃあ」
グエンの背から顔だけ出していたキトは完全に背中に隠れる。
エリエラの手はまだ、グエンの右手を握っていた。
デラダンはバツの悪そうな顔で俯き、地面を見つめる。
やがて意を決すると、デラダン機は岩の床に片膝をつき、抱えていたリクセンナイトの頭を地面へ置く。
直後、ヘビークラストの背中がプシュッと音を立てて開いた。
中からデラダンがのそりと体を出し、開いた装甲へ手をかけて地面へ降り立つ。
そして、その場で正座すると、石畳に両拳を突き立て、深々と頭を下げた。
「キト! すまねえ! 許してくれと言える立場じゃねえが、許してくれ!」
「え、ええ……?」
グエンの背から、キトが恐る恐る顔だけを出す。
目の前では、二メートルを超える大男が石畳に額をつけていた。
事情を知らぬエリエラは、口に手を当てて声もなく驚いている。
キト自身も訳が分からず、答えを求めてグエンの顔を見上げた。
「えっと……ボ、ボク、どうすればいいの……?」
「これはキトが決めればいい」
「ボ、ボクが……? え……で、でも……」
「デラダンはキトに悪いことをしたと反省して、キトに謝るためにここまで俺たちを追ってきたみたいだな」
「う、うん」
「で、結果的に俺たち三人を助けてくれた」
「……あ、そ、そっかあ……。じゃあ、許したげるのが、いい……の?」
キトはグエンの背に隠れたまま、顔色を窺うように見上げている。
グエンは笑った。
「ははは、とはいえ、助けたのはたまたまだ。今は、許すか許さないかだけ答えればいいんじゃないか? 許さない、でも助けてくれてありがとうってのも、俺は間違っていないと思うぞ」
「あ、そっか……。んっと……。許さないとどうなるの?」
「キトの自由にしていいんじゃないか? その覚悟で首を差し出してるんだろ、こうして」
グエンは左手で、軍刀【濡焔】の柄を軽く叩いた。
「ただ、大の男が間違いを認めて、頭を下げに来る。俺は嫌いじゃないけどな」
「……う、うん……ちょっと、わかる……」
その間も、デラダンは頭を下げたまま指一本動かさない。
キトは石畳に額をつけた大男の姿を、じっと見つめていた。
もう一度グエンの顔を見上げ、次にエリエラをちらりと見る。
二人とも静かに微笑んでいた。
キトは再びデラダンへ視線を戻すと、グエンに隠れたまま小さな声で答えた。
「も、もうひどいことしないなら……許しても、いい……よ」
デラダンは勢いよく顔を上げた。
じっとキトの目を見つめ、腹の底から大声を張り上げる。
「ありがてえ! もう二度と悪いことはしねえ! 男と男の約束だ!」
「ひゃ、ひゃあ……」
あまりの大声に、キトは両目を瞑った。
デラダンはすぐに上体を起こすと、今度はグエンへ向き直る。
「グエンのアニキ! このデラダン! アニキの心意気と強さに惚れやした! どうか、あっしを弟分にしてくだせえ! おねげえしやす!」
デラダンは再び石畳へ土下座し、そのまま岩の床へ額を叩きつけた。
その様子に、グエンは苦笑いを浮かべる。
「……アニキって、やっぱり俺のことだよな。まあ、断る理由もないが……そうだな、キトへの約束を果たせるならいいぞ」
「おおおお! もちろんでさぁ! さっすがアニキ! 器がでけえっす!」
「男と男の約束だ。キトとの、守れよ」
「うおおおっす! このデラダン、今の今をもって生まれ変わりやすぜ!」
「期待してるぜ」




