1-48.窮地
グエンは半数ほどに減ったリクセン達の間を駆け抜けた。
ほどなくして、遠くで重い激突音が響く。
前方の明かりは止まることなく、なおも移動を続けていた。
(二人に当たらなくて良かった。直撃してたら、下手すりゃ即死だ)
ほっと胸を撫でおろすグエン。
やがて、キトに手を引かれて走るエリエラの後ろ姿が、視界に入った。
アーチ状の天蓋が飾られた入口までほんの数メートル。
息を切らしながら、エリエラが叫ぶ。
「ま、待ってください! 止まって!」
「え、え、わわ」
握っていた手を後ろに引かれ、キトが慌てて急停止する。
その瞬間、エリエラは止まったキトを抱え込み、咄嗟に背後へ庇った。
入口に面した橄欖石の両壁が、10m程の高さから崩壊する。
一抱えもあるサイコロ状の橄欖石が折り重なり、入口は完全に塞がれてしまった。
宝石の山の前で立ち尽くす二人に、グエンが追い付く。
肩を上下させ、乱れた呼吸を整えながら、目の前の光景を睨みつけた。
「はあ、はあ、やって、くれたな。はあ、はあ……。挟まれるぞ」
その言葉通り、背後からはガチガチと石畳を叩く大量の足音。
ハンドライトの照らすさらに奥、闇の中に群れの気配が蠢いていた。
「ど、どうしよ」
「瓦礫を撤去しましょう! 入口への道を開かないと!」
キトは両目に涙を溜め、体を震わせる。
恐怖に震える彼の肩を抱きしめてから、エリエラは入口へ向かい踏み出した。
駆け出す直前、グエンが彼女の肩を掴む。
「いや、その必要はない。……いいか、二人とも、俺がなんとしてでも隙を作る。入口が見えたら、迷わず飛び込めよ」
「いえ、その前に道を開かなければ……あ」
エリエラは、グエンの意図を察した。
崩れた橄欖石の山から、あの声が聞こえたのだ。
グエンは呼吸を整える。
(恐らく後ろのと同じようなデカブツか。……こんな所で命を懸ける羽目になるとはな)
橄欖石の山が蠢き始める。
サイコロ状だった橄欖石の角が瞬時に消え、丸みを帯び、隣接する橄欖石と合体する。
(まだ、肉厚すぎて核までが遠すぎる。人型になれば)
それは、5m幅の回廊を埋め尽くす巨大なオリーブ色の球体へと変わる。
スライム状の球体は、脈打つように姿を変え――。
「下がってろ! ……俺の軍刀を直視するなよ、光で目が潰れる」
再びグエンの左頬に火焔文様が浮かび上がった。
濡焔のクリアブルーの刀身が紅蓮に染まり、輝きを増し、橙へと変わっていく。
(体が重い……白焔状態は、もって数秒か)
球体を四本のしなやかな脚が押し上げ、馬のような円筒形の胴体が形作られる。
首の位置には人の胴体が生え、表面には鎧兜を模した凹凸が浮かび上がった。
橄欖石の塊は、大槍を持つ身の丈10m超の半獣の騎士へと変貌する。
「ああ? どっかの戦姫みたいな形しやがって……。殺意湧くねえ」
燃え盛る軍刀をだらりと構え、グエンはじりじりと間合いを詰めた。
巨人は大槍を腰だめに構え、その切っ先で狙いを定める。
爆音のような踏み込み。
轟音を纏い、大槍が放たれた。
同時にグエンの炎が鮮烈な光を放ち、白焔を上げる。
閃光が走り、半獣騎士の胴体が斜めに切断された。
落下した上半身は、石回廊に激突し、粉々に砕け散る。
「す、すごい……」
キトの照らしたライトが、立ち尽くす半獣騎士の半透明な胴体を透かす。
橄欖石の甲冑内に、斜めに切断された碧銀の塊が見えた。
だが息をつく間もなく、背後の暗闇から硬質な足音の群れが迫ってくる。
「今だ! こいつの横をすり抜けろ!」
グエンの声と同時に、キトとエリエラはまっすぐ入口へ駆けだした。
背後を顧みず、半獣騎士の足元へ近づく二人。
火焔文様が、ふっと光を失う。
クリアブルーに戻った濡焔を鞘に納め、重い脚を引きずりグエンも走り出した。
走る二人の背を追いながら、馬の胴体と四足を残す半獣騎士を見上げる。
微動だにせず佇む姿は、まるで橄欖石の彫像だ。
グエンの胸に、嫌な予感が走った。
「まさか」
エリエラの持つ重銀ランタンが、馬の胴体に潜む碧銀の塊を浮かび上がらせた。
騎士の胴体を失った半獣騎士は、前足を上げ、おもむろに立ち上がる。
「核が二つだと!」
「ひ」
キトの喉から、小さな悲鳴が漏れる。
その瞳は、頭上に振り上げられた前脚へ釘付けになった。
「まずい!」
グエンの頬に、一瞬だけ火焔文様が浮かび、消えた。
唐突の虚脱感が体を襲い、グエンは石畳に膝をつく。
「くそっ! こんな時に!」
「キトさん!」
反射的にエリエラが飛び出し、キトを抱きかかえる。
いざ振り下ろさんとする前足を、強烈なライトが照らした。
その光は入口の方から放たれていた。
「アァァァニキィィィィィ!」
野太い男の声と同時に、鎧の如き黒い装甲を纏うヘビークラストが飛び込んでくる。
タイヤが石畳の表面を擦り、甲高いスキール音をまき散らしながら急旋回。
次の瞬間、ヘビークラストは舞い上がり、無防備な馬の胴体へ、真横から渾身のドロップキックをぶちかました。
半獣騎士の胴体は九の字に折れ、壁へ向かって吹き飛ぶ。
崩れ窪んだ壁へ転がるその姿を見届け、グエンはようやく息を吐き出した。
「ふう、助かったな。誰かは知らんが」
流線型の黒装甲を纏ったヘビークラストの背から、大きな丸形ライトが伸びている。
強烈な光がエリエラとキトを包んだ。
「さ! 今のうちに逃げてくだせえ!」
「は、はい。ありがとうございます」
「あ、ありがと」
キトはエリエラに手を引かれ、目の前の入口へ走り出す。
アーチ状の天蓋をくぐり、二人は橄欖の間から脱出した。
ヘビークラストが橄欖の間、奥側を照らす。
そこには、背後に迫りくるリクセンの群れを睨み、膝をついたままのグエンがいた。
「ちっ、はなっから脱出しとくべきだったか……。熱烈歓迎にもほどがあるぜ」




