1-46.ペリドットリクセン
グエンの瞳が赤く輝き、紅蓮に燃える火焔文様が左の頬と首筋に浮かび上がる。
肌を這う熾火が煌々と灯り、紅い髪が熱気に揺れた。
「遊んでやるよ。人形ども」
赤眼の残光が虚空に尾を引く。
刹那、巨躯のリクセンが碧銀核ごと縦一文字に両断されていた。
崩れ落ちるリクセンの傍らで、リクセンナイトが橄欖石のサーベルを抜く。
兜の奥、口と思われる部分にぽっかりと親指大の穴が開き――。
「ギィィィィィィィイィィィッツ!」
ガラスと金属を力任せにこすり合わせたような、耳の奥を搔きむしる悲鳴が響き渡る。
キトは恐怖に震える。
「ひ、ひええ……う、ぐす……」
「大丈夫ですよ」
キトの小さな体を、エリエラがそっと抱き寄せた。
その直後、リクセンナイトは四つん這いに地面を這い、石畳を削りながらグエンに猛進する。
「イギィィィィィッ!」
「這いずりやがって。虫が」
吐き捨てるように言い放ったグエンは、すでにリクセンナイトの頭上。
蒼氷の刃が正確に碧銀の核を貫き、その勢いのまま橄欖石の騎士を石畳に縫い付けた。
核を貫かれた瞬間、その体は手にしたサーベルごと崩壊する。
巨躯のリクセンも同じように、オリーブ色の残骸と化していた。
グエンの体を包んでいた薄い炎と、火焔文様が消える。
「圧倒的な速度と力、そして愛刀濡焔。こいつで斬れないものはないぜ」
刀身の先から碧銀の塊を手で引き抜き、濡焔を鞘に納めた。
その手にある碧銀の塊は、冷たく、沈黙したまま。
「やっぱりこの核がキモか。しかし、この光沢……まさかとは思うが……。まあ、後でゆっくり調べるか。ふう……」
塊をジャケットのポケットへ押し込み、深く息を吐く。
残骸への警戒を解かずにいると、エリエラがキトの手を引き駆け寄ってきた。
「ありがとうございました。白鯨騎士団の折といい、二度も窮地を救っていただきました。わたくし、エリエラ……。エリエラ・アグナスタと申します」
「無事で何よりだ。俺はグエン・クロイドだ。で、そっちはガイドのキト」
キトは慌ててエリエラから手を離すと、グエンの陰に身を隠しおずおずと答えた。
「あ、あの、あの。……ボ、ボク、キト……キニックです」
「ふふふ、はじめまして」
「クエスタからの依頼でエリエラさんの護衛を引き受けた。ギリギリだったが、間に合ってよかったよ」
「まあ、貴方が。護衛の方がいらっしゃるとはユイナさんから聞いていました。心強い限りです。どうぞよろしくお願いしますね」
「こちらこそ。で、護衛の到着も待たずに、なんでまたこんなところまでお一人で? 一人で散策したい気持ちもわかるが、随分と足を延ばしたもんだ」
「わたくしを呼ぶ声を辿っていたら、この場所まで来てしまいました」
「声? このリクセンってやつが? まさか、さっきの虫じみた鳴き声か?」
グエンは地面に散らばる橄欖石の残骸を指さした。
エリエラはゆっくりと首を横に振った。
「いえ、わたくしを呼んでいるのはもっと大きな者です。この壁からも、かすかに声が聞こえますが……」
「壁から声が?」
「声?」
キトがいち早くヘルメットをずらし、垂れ耳を立てると、ライトを当てて壁を見つめる。
グエンもキトの視線の先、目前の壁に目を凝らした。
オリーブ色の壁、半透明に輝く内部に浮かぶ無数の碧銀核。
その輝きには見覚えがあった。
グエンはジャケットのポケットから、リクセンの核を取り出す。
拳よりも少し大きな碧銀の塊には、濡焔の刃によって貫かれた穴が開いていた。
「この壁にあるの、まさか、これか? ……この独特な光沢、重銀っぽいが」
「あ、重銀の核が弱点だよ」
「ん、リクセンの話か?」
「うん」
「つまりこれが重銀核、リクセンの弱点だと」
「うん」
「これ見よがしに核があったからな。弱点丸見えじゃねえかこいつ。しかし……この壁、この色は……。キト、さっきのリクセンと同じ素材だと思うか?」
「う、うん。ペリドットだよ。大隧道でもたまに採れるよ」
「そうですね。ペリドット、橄欖石とも呼びますが、これほど巨大な塊……いえ、宝石の壁は生まれて初めて見ます」
グエンはふと、エリエラの髪を彩るジュエルチェーンに目を移した。
重銀ランタンの白光に照らされ、ルビーやサファイアが艶やかに輝いていた。
「俺は石に明るくないが、二人とも詳しそうだ。しかし、この壁が全部、リクセンの材料とか言わないよな……?」
その言葉に合わせ、キトは両脇に聳え立つ壁を交互に照らす。
光を反射し輝く両壁の内部には、星々のように輝く無数の重銀核。
グエンは背中に冷たい汗が流れるのを感じた。
「暗くて見えなかったが、この数はまずい。早くここを」
「! また声が……地の底から……!」
エリエラが耳を抑えた瞬間、地鳴りが響く。
グエンは素早くキトにヘルメットを被せ、二人の肩を抱き寄せた。
「伏せろ!」
直後、地面がうねり橄欖の間が揺れた。
「わわわ!」
「きゃあっ!」
激しい縦揺れの地震に、体が突き上げられる。
グエンが二人に覆いかぶさり、三人は一塊になって衝撃をやりすごした。
幸い、橄欖石の両壁は耐え、崩落を免れた。
「この壁が丈夫で助かったな」
グエンは二人を立ち上がらせる。
恐る恐る顔を上げたエリエラが、震える声で呟いた。
「わ、わたくしを迎えに……? 地の底から……大きな声が……」
「地の底から声? 地鳴りのことではなさそうだな。キト、聞こえるか?」
キトはヘルメットをずらすと垂れ耳を立てる。
耳を澄ませながら、小首を傾げた。
「ううん、聞こえないよ。でも……壁がパキパキしてる」
「壁がパキパキってのは……どうあってもまずいな。逃げるぞ!」
「え?」
「は、はい」
状況が理解できずに茫然とするキト。
エリエラがその手を取り、入口に向かって駆けだした。
「キト! 全速力でモービルの場所へ戻れ! エリエラを頼んだぞ!」
「え、あ、えっと、あ、と。……う、うん!」
手を引かれて走っていたキトは、一気に速度を上げた。
すぐにエリエラを追い抜き、逆に彼女を引っ張って進んでいく。
壁の間を駆け抜けながら、エリエラが叫んだ。
「か、壁が来ます!」




