1-44.奈落の縁へ続く坂
地下遺跡にモービルが到着する。
灰黒色の遺跡群は、全体を包む石壁の外郭を持ち、崩れかけた石壁の入口には、二本の石柱が立っていた。石柱の間を抜けた先、都市遺跡の内部にはクエスタによって数々の照明が設置され、隊員らしき人影がちらほら動いていた。
グエンは石柱の前で停車する。
隊員たちは、進入してきたモービルに気づき顔を向けた。
だが、すぐに視線を外し会話を続ける。
石柱の奥にたむろする隊員達の会話から、断片的な言葉が聞こえた。
グエンは聞き耳を立てる。
『東の更に下、地下ダンジョンの――で、黒い人影――墨影の噂――』
『――のほうか? あの洞穴はどこにも塞がって――見間違い――』
(ん、墨影と言ったか? 聞き間違いか?)
墨影という言葉に、興味をそそられたグエンが隊員の方へ振り向く。
奥の隊員へ声をかけようとした時、キトが肩越しに前方左方向を指した。
『あ、あっち。左の壁の、あれだよ』
キトが示したのは、遺跡群を包む巨大洞窟のある西壁、外郭である石壁の角だ。
洞窟の壁と、石壁との隙間に一本の通路が見える。
遺跡を照らす明かりとは対照的に、そこには照明が無く、闇が静かに佇んでいた。
グエンは石壁の角に隠れた通路を目指してモービルを走らせ、インカムへ話す。
『あの先に、ノダナ族の言う穴と崖があるのか?』
『うん。あの先に穴みたいな入口があって、崖があるよ』
『他に似たような地形はあるか?』
『うーん……地下ダンジョンは広くて、誰も行ったことない場所ばっかりだし、穴はいっぱいあるけど……崖はここだけ』
『よし、十分だ。モービルでいけるか?』
『えっと、崖の途中までなら平気だよ。段差あるから、すぐわかるよ』
『さすがガイドだ。落ちそうな場所だけ早めに教えてくれ』
『えへへ。わかった』
『行くぞ!』
『うん!』
グランディアの重い鼓動音が唸り、石壁の角を曲がり、壁際の通路に車体が滑り込む。
通路に入る際に、タイヤが数本のチェーンを乗り越えた。
グエンは視界の端でモービルが踏んだチェーンを見た。
(わざわざ鎖を外して中に入ったのか? 大人しそうに見えたが……。エリエラって人は、行動と外見のイメージがどうも一致しないな)
丸目のライトが闇を掻き分ける。
通路は、すぐに途切れ、壁にぶつかる。壁には岩肌を繰り抜いたような丸いトンネルが口を開けていた。トンネルは通常の半円型の入口ではなく、ほぼ円を描いている。
円状の入口をくぐると、すぐに急な下り坂にぶつかった。
(なるほど。これは丸い入口に、急な下り坂。確かに穴っぽい)
下り坂は地下都市と同じ灰黒色の安山岩ブロックが組まれていた。
高台の下り坂よりもずっと狭く、大型のグランディアでも壁が近く、圧迫感がある。
急な傾斜は地の底へ誘うようだ。
『真っ暗だな! こんなところをエリエラって人は一人で進んだのか!』
『こ、こわいなあ……』
『ノダナ族はこの先まで一緒だったのか?』
『崖って言ってたから、この坂を下ったとこ……かなあ』
『なかなか神経を使う道だ!』
道そのものは石畳で整っているが、暗闇と急勾配、そして三五〇㎏を超えるグランディアの車体が組み合わさり、グエンの神経を削った。二速だったギアを一速へ落とし、エンジンブレーキをフル活用して速度をコントロールする。
先の見えない闇へ、車体は慎重に降りていった。
ライトが映す石畳を下っていると、キトの垂れ耳がぴくりと動く。
『あ、音が変わってきた。もうすぐだよ』
『音? 下り坂はもう終わりか?』
『うん。崖がすぐあるよ。すっごく危ないよ!』
『OK!』
グエンは強めにブレーキを効かせていく。
通路上部にアーチ状の天蓋が現れたかと思うと、坂は唐突に終わった。
そこは、奥行き五m程度の踊り場。
『おっと! 狭いな』
大型のモービルであるグランディアの全長は約3.5m。いつでも停止できるようにと十分に減速していたおかげで、踊り場の縁、石欄干の手前で停まることができた。
グエンはほぼライトと同じ高さの石欄干の先を覗き込み、思わず息を呑む。
丸目ライトの光は、ただ闇を照らすのみ。
崖の底はおろか、対岸の岩壁すら光は届かなかった。
『あっ……ぶねえ。これは1人だったら死んでたな……文字通り、奈落の底だ』
『ふあ~、おっかなかった』
『これは確かにすっごく危ないな。いや、本当にキトをガイドに雇ってよかった』
『え、そ、そうかな』
『ああ……これは落ちたら助かりそうもない』
『ここ、事故があったから立ち入り禁止なんだ』
『転落事故だろうな……。俺とオライオンだけだったら、ここで旅が終わっていたぞ』
『ならくさか、っていうんだって』
『ああ、奈落坂だな。きっと。名前、先に聞いておけばよかったよ』
『そうなの? あ、オライオンは?』
キトが立ち上がり振り返る。
シートの最後尾、角張った黒いパニアケースの蓋は静かに閉じたままだ。
『あいつは寝てるよ。大隧道の中で頑張って疲れたからな』
『大隧道の……あ、すっごい大きな声の? なんかすごかった』
『ああ。樹銀関係のを全部停電させたやつだ。あれをやると腹減って疲れるらしい』
『オライオンってすごいんだね』
『小さいけどすごい相棒だよ。で、これは左の方に進んでいいのか?』
言葉を交わす間にも、モービルはゆっくりと左旋回を始めていた。
石欄干に沿って続く灰黒色の石畳が、ライトに照らされて浮かび上がる。
――奈落淵。
この地下空間はグエンの想像以上に広かった。
右手には、底なしの闇が広がる奈落。
左手は絶壁の崖。その崖の中腹を抉り、縫うように、足元から幅五メートルほどの石畳がまっすぐ奥へと伸びている。岩壁自体は、天井も底も目視では確認できない。
(まるで星の裂け目に迷い込んだようだな……)
石畳の通路を進む。
モービルのライトも、エンジン音も、深い地の底に吸い込まれるようだ。
キトは立ち上がり、グエンの肩に左手を添えて先の暗闇を指す。
『あ、うん。あっちを真っすぐ行くと壁があって、その上だよ』
『壁?』
『うん、ちっちゃい壁』
三〇〇mほど進むと、確かに小さな壁が姿を見せた。
壁の高さは一メートル弱。
グエンは壁の手前にモービルを停車させた。
『なるほど。ここも断層と一緒にズレたのか』
『あ……なんか……』
『ん? どうした?』
キトはヘルメットを取ると、垂れ耳を立てた。
栗毛に覆われた犬型の垂れ耳の先端に隠れ、耳の内側、乳白色の地肌がちらりと見える。
段差を超えた先からのわずかな異音を、その優れた聴覚が捉えた。
『なんかいっぱい……わさわさ……動いてる……のかな……?』
『……俺には何も聞こえないが、急いだほうが良さそうだな。行くぞ!』
『う、うん!』
グエンがモービルから飛び降り、キトも続く。
グエンは一メートル弱の壁を一足飛びで駆け上がると、腰のベルトからハンディライトを引き抜いた。強烈な光が閃光のように闇を割く。
光を左手の壁に這わせ、天井が見えないものかと、試しに上方を照らす。
光はそこにあるべき天井を映し出すことはできず、ただ闇に飲み込まれるだけだ。
振り返ると、軽やかな跳躍と共にキトも壁の上へ駆け上がってくる。
『おお。余裕で飛び越えたな』
『えへへ。木登りとかジャンプは得意だよ』
『やるな、キト』
グエンは笑顔を浮かべるキトの頭を軽く撫でた。
ふと胸ポケットの中で震えるモバイルに気づく。
取り出して画面に触れると、メッセージが表示された。
『安否確認? クエスタからのか』
『あんぴ?』
『元気ですかー?って確認だな。はい、って場所を触ればいいのか……よし』
『そんなのあるんだね』
『だな。さ、ここからは走るぞ。俺の後ろを付いて来い。危ないからな』
『うん!』
グエンを先頭に、二人は深い闇の奥へ駆けて行った。
石畳を叩く靴音が、静謐な闇に響き溶け込んでいく。




