1-43.謎の地下遺跡
六車線の大隧道路を、グエンの大型モービルグランディアが疾走していく。
二気筒特有の低い鼓動音が壁にぶつかり、何度も反響した。
グエンは耳にかけたインカムに話す。
『キト、聞こえるか?』
『う、うん』
『試しに何かしゃべってみてくれ』
『え、しゃべる……えっと。バ、バナーチが、とっても、おいしかったです』
『ははは、よし。クリアに聞こえるな。キトの耳にもちゃんと機能してるな』
『う、うん』
炙り酒で借りたワイヤレスのインカムは、耳に掛けるタイプ。
グエンはキトの垂れ耳につけられるのか心配していたが、通常とは反転させてつけたところ、ほどよく湾曲した形状がフィットした。グエンには言っていないが、キト自身、垂れ耳を少し締めて閉じればインカムを安定させられるのを発見していた。
大隧道路の壁、等間隔に設置された照明の点線が、前方で上方向にずれている。路面に視線を落とせば、同じ地点に六車線を横断する、濃いアスファルト帯の線が見えた。
キトはそれらを指さす。
『あ、もうすぐだよ』
『もう? ずいぶん近いな。ん、あの色が違うところか? 道が、ずれているのか』
『うん。あの段差の右に、ゲートがあって……』
『右だな』
『なるほど。確かに段差だ。でかい地震で地層ごとズレたのか? で……その手前か』
『うん』
フットブレーキとハンドルブレーキを操作し、モービルがゆっくりと減速する。
色違いのアスファルト帯に沿って右折すると、右手側の壁に巨大な亀裂があった。
亀裂の幅は十メートルほどだが、三百メートルある大隧道の天井まで伸びた亀裂は大きく、人間など豆粒サイズだ。
モービルはゆっくりと亀裂の中に入る。
花崗岩質、灰白色の岩肌。
亀裂の内側は外観よりずっと狭く、すぐに金属製のゲートが設置されていた。
開け放たれたゲートの傍らに守衛小屋があり、一人の見張りが立っている。
モービルの接近に気がつき、見張りのクエスタ隊員の青年が両手を上げて振り停止の合図を送った。
グエンは減速しながら、開いた門の前に立つ青年隊員に向かって叫ぶ。
「急いでる! エリエラという人が危険だ!」
「ここで照合を……え!? エリエラさんが!」
「通るぞ!」
「あ! ちょっと!」
「グエン・クロイドだ! あとでまた寄る!」
青年隊員の脇をグエンのモービルが通過する。青年は照合せずにゲートを通ってしまったグエンとキトの背を恨めしそうに眺めたが、愚痴るしかできなかった。
「あー! ちょ! ……もう! いっちゃったよー! って、エリエラさんて、あの人だよな。ったく、ノダナ族が一人で帰って来たからおかしいと思ったんだ。せっかくドーナツ奢ったのに!」
グエンの運転するモービルは観音開きのゲートを後にし、岩肌が露出した亀裂の内部へと進入する。
重く低い鼓動音がテンポを上げ、左曲がりに伸びた亀裂の奥へと消えていく。
亀裂内部はグエンが想像していた以上に走りやすかった。
壁には電線に直接つながった電球が点々と灯り、白みの強い花崗岩質の岩壁を照らしている。
灰白色の亀裂路は、奥で黒色に変わった。
天然の岩肌が終わり、人為的に切り出され、滑らかに磨かれた灰黒色の石ブロックの壁があった。壁は亀裂と同じ方向に割れ、四輪車両が入れるほどの隙間がある。
キトが隙間を指さした。
『あそこから地下遺跡だよ』
モービルが隙間に入る。そこは、タライほどの大きさに切り出された黒い石畳が敷き詰められた、古い講堂のような室内だった。
高い天井の奥、長方形の広間の果てには、祭壇のようなものが設置された一画が見える。
『なんだ、ここは。とんでもなく広いな。礼拝堂か?』
『あ、あの左のとこ』
シートに腰かけたキトが身を乗り出し、左前方を指さした。
祭壇の左脇、礼拝堂の壁面を穿つように空いた入口には、迫持アーチの天蓋が掛けられている。
『あっちだな』
モービルは迫持アーチをくぐり、幅五メートルほどのトンネルを進んでいく。
石ブロックで組まれたトンネルには苔が生え、湿り気を帯び、かすかな生臭さを含む緑の匂いを放っていた。
湿り気のある空気がひやっと冷たくなると、視界が一気に開ける。
グエンは感嘆の声を漏らした。
『おお、広いな! ノマドベースといい、山の中の洞窟がどれだけでかいんだよ。……それにしても……少し、ゴカ村の遺跡に似ているな』
トンネルを出た先は、高台だった。
眼下には、灰黒色の遺跡となった住居跡が広がっている。
ノマドベースと同等か、それ以上に高い大洞窟の天井には、地面に置かれた無数の照明の青白い光は届いていない。
高台には、遺跡群に降りる長い坂道が繋がっていた。
グエンの大型モービル【グランディア】は、安山岩を切り出して敷き詰められた、長い石畳の坂道をゆるやかに下っていく。下り坂は岩壁をくり抜いて作られ、九十九折を設け、遺跡群まで続いている。
繊細なブレーキワークと見事なハンドリングで、超重量級のモービルは危なげなく進んだ。重銀製のエンジンを包む空気は重い鼓動音に震え、地下都市の冷たい風が車体を抜けていく。
『あ、あの』
『ん? 何だ?』
インカムから返答はない。
しばらくの沈黙の後、おずおずとした声が再び響いた。
『あ、あの、なんでボクを助けてくれたの……かなって』
『それは、クエスタ本部でのことか?』
『うん』
『そりゃあ、キトが困ってたからだ』
『……困ってたら、助けるの?』
『誰かを助けるのに大層な理由なんていらないんだよ。ただ、なんでもかんでも助けてたら、手が足りなくなる。しょうがないから、俺はオライオンを頼る』
『オライオン?』
『そう。あいつは、生きるのに絶望してるやつの匂いがわかるんだよ』
モービルが九十九折に差し掛かり、減速した車体が傾きゆっくりとU字のカーブを曲がると、再び坂道を下る。
右側に広がっていた地下遺跡の景色が、左に移った。
『絶望……? 悲しいのがわかるってい、言ってたやつ……?』
『そうだ。自分の感情で、自分を殺しちまう。そんなやつだ。オライオンがキトを嗅ぎ分けた。まあ、さすがにキトみたいな子供が仕事くださいって、泣きながら頭下げてたからなあ。あんな場面に遭遇したら、オライオンが見つけなくても、俺は首を突っ込んだろう』
『ボク、必死で……なんとかしなくちゃって……』
『キトは大したもんだよ。泣きながらでも前に進んだからな』
『……うん』
再び、インカムが静かになった。
太古の遺跡群が、青白い照明に照らされてゆっくりと流れていく。
灰黒色、一階建ての石造りの建築物が並ぶ遺跡群。その奥では、半分崩れた塔が融解した断面を闇から覗かせていた。
『しかし、見事なもんだな。この地下都市。石の文明って、いつの時代だ』
『あ、二期文明の遺跡だよ』
『ん? 二期? ってのはなんだ?』
『え? えっと、今が三期クトファの時代で、その前が二期アクタモトファ、一期がデネクトファで……』
『へえ、前の時代ってことか。っていうか、キト詳しいな!』
『え? えへへ……』
『で、旧時代の文明が解明されてるのか? 俺がいたゴカ村じゃ、クロイド遺構が旧時代の物だろうって、調査団の噂話程度にはあったが』
『えっと……んーと、クロイド遺構と、シュシュ砂漠の南起筋もだよ。守護山脈からもいくつか見つかってて、この地下ダンジョンは同じ年代なんだって』
『ほう?』
考古学に疎いグエンは、南起筋が何かはわからない。キトが分かっているならそれで十分だなという認識だったので聞き返しはしなかったが、キトの知識には心底驚いた。
キトは饒舌に言葉を続ける。
『地下都市の遺跡は、世界樹の根っこがあった場所にあるって。【根を巡らば星の裏側、世界の中心へとたどり着くであろう】って、本に書いてあった』
『へー! おいおい、キト、詳しいな! 学者か? 普通に驚いたぞ!』
『え、えへへへ。全部、本に書いてあったよ』
『本って、そのカバンにくくりつけてるやつか? 例の、世界樹巡行記だっけ』
『う、うん。住むとこすぐに変わるから、無くさないようにいつも持ってるんだ』
『そうか……宝物だな』
『うん! あ、あのね、いつかね、ボクの本棚買ってね、本を並べるのが夢なんだ』
『いいな。なら、ガンガン稼いででっかい本棚買おうぜ』
『え、ほんと?』
『ああ、しかもキトよりでかい本棚だ。たくさんしまえて、扉みたいにスライドするやつ』
『スライドする? 本棚って動くの?』
『おうよ。何冊でも置けるぞ』
『わあ……じゃあ、全巻置けるかなあ』
『何冊あるんだ、それ』
『わかんないけど……たっくさん』
『ははは。集める楽しみができたな』
『うん! 世界樹のこと、これでわかるかなあ……』
『全巻揃えたらわかるかもな。さっきの話じゃ、地下遺跡が根の痕跡で、それを辿れば世界樹に辿り着くんだろ。世界樹をキトが見つけるのも夢じゃない』
『え? ボクが?』
『ああ、見つけたらキトの方が本を出した方がいいな。その方が有名になるぞ』
『ボクが……世界樹見つけて、本……?』
幾度もの折り返しを抜け、モービルはついに平地へ降り立った。
坂を下りきった先、崩れかけた石柱が並び、地下都市の入口が見える。
グランディアのエンジンが低く唸り、金属の鼓動がシート越しに伝わる。
その鼓動に揺り動かされ、少年の胸の奥で、小さな希望が静かに灯り始めていた。




