1-44.もっと下へ
都市遺跡の入口は二本の石柱が立ち、崩れかけた外壁が町全体を囲っていた。
石柱の間を抜けると、都市遺跡の内部には数々の照明が設置され、クエスタ隊員らしき人影がちらほら動いている。
石柱の前で停車すると、グエンの肩越しにキトが前方左方向を指した。
「あ、あっち。左の壁の、あれだよ」
彼が示したのは、外壁が途切れ、洞窟の壁との隙間にぽっかりと開いた一本の通路。
都市遺跡の明かりとは対照的に、そこには照明が無く、闇が静かに口を開けていた。
「この先に、ノダナ族の言う穴と崖があるのか?」
「うん。あの先に穴みたいな入口があって、崖があるよ」
「他に似たような地形はあるか?」
「うーん……穴はいっぱいあるけど……崖はここだけ」
「よし、十分だ。モービルでいけるか?」
「えっと、崖の途中までなら平気だよ。段差あるから、すぐわかるよ」
「さすがガイドだ。落ちそうな場所だけ早めに教えてくれ」
「えへへ。わかった」
「行くぞ!」
「うん!」
グランディアの重い鼓動音が唸り、車体が壁際の通路に滑り込む。
通路に入る際に、タイヤが数本のチェーンを乗り越えた。
(鎖を外して中に入ったのか? 大人しそうに見えたが……。エリエラって人は、行動と外見のイメージがどうも一致しないな)
丸目のライトが闇を掻き分ける。
通路内部は、地下都市と同じ石のブロックが組まれ、さきほどの下り坂より狭い。
グランディア1台分がやっとの道幅しかなく、傾斜も急だ。
「真っ暗だな! こんなところをエリエラって人は一人で進んだのか!」
「こ、こわいなあ……」
「ノダナ族はこの先まで一緒だったのか?」
「崖って言ってたから、この坂を下ったとこ……かなあ」
「なかなか神経を使う道だ!」
道そのものは石畳で整っているが、暗闇と急勾配が組み合わさると緊張が走る。
先の見えない闇の底へ、慎重に車体を傾けていった。
完全な闇を突き進むこと、およそ2分。
耳を澄ませていたキトが、ぴくりと顔を上げる。
「あ、音が変わってきた。もうすぐだよ」
「音? 下り坂は終わりか?」
「うん。崖がすぐ前にあるよ。すっごく危ないよ!」
「OK!」
ギアは2速のまま、ブレーキをゆっくりと効かせていく。
通路上部にアーチ状の天蓋が現れたかと思うと、坂は唐突に終わった。
そこは、幅5m程度の踊り場。
「おっと、狭いな」
大型のモービルであるグランディアの全長は約3.5m。
十分減速していたおかげで、踊り場の縁、石欄干の手前で停まることができた。
グエンはほぼライトと同じ高さの欄干の先を覗き込み、思わず息を呑む。
「あっ……ぶねえ。これは1人だったら死んでたな……」
欄干のすぐ後ろは、底の見えない奈落。
対岸の壁も目視できず、手を伸ばせば触れられそうな濃い闇だけが満たされていた。
「ふあ~、おっかなかった」
「これは確かにすっごく危ないな。いや、本当にキトをガイドに雇ってよかった」
「え、そ、そうかな」
「ああ……これは落ちたら助かりそうもない」
「ここ、事故があったから立ち入り禁止なんだ」
「転落事故だろうな……。俺とオライオンだけだったら、ここで旅が終わっていたぞ」
「あ、オライオンは?」
キトが立ち上がり振り返る。
シートの最後尾、角張った黒いパニアケースの蓋は静かに閉じたままだ。
「あいつは寝てるよ。大隧道の中で頑張って疲れたからな」
「大隧道の……あ、すっごい大きな声の? なんかすごかった」
「ああ。停電させたやつだ。あれをやると腹減って疲れるらしい」
「オライオンってすごいんだね」
「小さいけどすごい相棒だよ。で、これは左の方に進んでいいのか?」
言葉を交わす間にも、モービルはゆっくりと左旋回を始めていた。
石欄干に沿って続く石畳が、ライトに照らされて浮かび上がる。
キトは立ち上がり、グエンの肩に左手を添えて先の暗闇を指した。
「あ、うん。あっちを真っすぐ行くと壁があって、その上だよ」
「壁?」
「うん、ちっちゃい壁」
30mほど進むと、確かに小さな壁が姿を見せた。
壁の高さは1m弱。
グエンは壁の手前にモービルを停車させた。
「なるほど。ここも断層と一緒にズレたのか」
「あ……なんか……」
「ん? どうした?」
キトはヘルメットを取ると、垂れ耳をピンと立てた。
段差を超えた先からのわずかな異音を、その優れた聴覚が捉えたのだ。
「なんかいっぱい……わさわさ……動いてる」
「……俺には何も聞こえないが、急いだほうが良さそうだな。行くぞ!」
「う、うん!」
グエンがモービルから飛び降り、キトも続く。
1m弱の壁を一足飛びで駆け上がるグエン。
腰のベルトからハンディライトを引き抜いた。
強烈な光が閃光のように闇を照らす。
振り返ると、軽やかな跳躍と共にキトも壁の上へ駆け上がってきた。
「やるな、キト」
「えへへ。木登りとかジャンプは得意だよ」
「ここからは走るぞ。俺の後ろを付いて来い。危ないからな」
「うん」
グエンを先頭に、二人は深まる闇の奥へ駆けて行った。
石の回廊を叩く足音が、静かな闇に溶け込んでいく。




