1-43.謎の地下都市
大隧道路をグランディアが疾走していく。
単気筒特有の低い鼓動が壁にぶつかり、幾度も反響した。
「キト、聞こえるか?」
「う、うん」
「試しに何かしゃべってみてくれ」
「え、しゃべる……えっと。バ、バナーチが、とっても、おいしかったです」
「ははは、よし。クリアに聞こえるな。キトの耳にもちゃんと機能してるな」
「う、うん」
炙り酒で借りたワイヤレスのインカムは、耳に掛けるタイプ。
キトの垂れ耳につけられるのか心配したが、通常とは逆向きにつけたところ、ほどよく湾曲した形状がぴたりとフィットした。
「あ、もうすぐだよ」
「もう? ずいぶん近いな」
「あの段差の右に、ゲートがあって……」
「右だな」
正面、大隧道路の地面に小さな傾斜が現れた。
「でかい地震で地層ごとズレたのか? で……その手前か」
「うん」
フットブレーキとハンドルブレーキを操作し、モービルがゆっくりと減速する。
路面の段差の先、右手側の壁に巨大な亀裂が走っていた。
人間が豆粒に見える裂け目に、鉄骨で補強されたゲートが設置されている。
開け放たれたゲートの傍らに守衛小屋があり、一人の見張りが立っていた。
モービルの接近に気がつき、見張りの隊員が両手を上げて振る。
「ここで停止だ! 照合する!」
減速しながら、グエンは叫んだ。
「急いでる! エリエラという人が危険だ!」
「え! エリエラさんが!」
「通るぞ!」
「あ! ちょっと!」
「グエン・クロイドだ! あとでまた寄る!」
「あー! ちょ! ……もう! いっちゃったよー! って、エリエラさんて、あの人だよな。ったく、ノダナ族が一人で帰って来たからおかしいと思ったんだ。せっかくドーナツ奢ったのに!」
グエンの運転するモービルは観音開きの扉をくぐり、岩肌が露出した亀裂の内部へと走り込んだ。
重く低い鼓動がテンポを上げ、亀裂の奥へと消えていく。
「ここから地下ダンジョンだよ」
亀裂内部は、グエンが想像していた以上に広かった。
隙間を縫って進むような細い通路を思い描いていたが、だが実際は、想像を裏切る広さだった。
入口こそ割れた岩の隙間だったが、モービルが踏んでいるのは、タライほどに切り出された黒い石畳だ。
敷き詰められた床は講堂めいており、高い天井の奥、長方形の広間の果てには祭壇のような建造物が見える。
「なんだここは。とんでもなく広いな。礼拝堂か?」
「あ、あの左のとこ」
シートに腰かけたキトが身を乗り出し、左前方を指さした。
祭壇の左脇、礼拝堂の壁面を穿つように空いた入口には、アーチ状の天蓋が掛けられている。
「あっちだな」
右手側に、光を失った巨大な街が広がっていた。
グランディアは長い坂道をゆるやかに下っていく。
繊細なブレーキワークと見事なハンドリングで、超重量級のモービルは危なげなく進んだ。
重銀製の車体を包む空気は鼓動に震え、地下都市の冷たい風が抜けていく。
「あ、あの」
「ん? 何だ?」
インカムから返答はない。
しばらくの沈黙ののち、おずおずとした声が再び響いた。
「あ、あの、なんでボクを助けてくれたの……かなって」
「それはクエスタ本部でのことか?」
「うん」
「そりゃあ、キトが困ってたからだ」
「……困ってたら、助けるの?」
「誰かを助けるのに大層な理由なんていらないんだよ。ただ、なんでもかんでも助けてたら、手が足りなくなる。しょうがないから、俺はオライオンを頼る」
「オライオン?」
「そう。あいつは、生きるのに絶望してるやつの匂いがわかるんだよ」
「絶望……?」
「自分の感情で、自分を殺しちまう。そんなやつだ。オライオンがキトを嗅ぎ分けた。まあ、さすがにキトみたいな子供が仕事くださいって、泣きながら頭下げてたからなあ。あんな場面に遭遇したら、オライオンが見つけなくても、俺は首を突っ込んだろう」
「ボク、必死で……なんとかしなくちゃって……」
「キトは大したもんだよ。泣きながらでも前に進んだからな」
「……うん」
再び、インカムが静かになった。
モービルがカーブを折り返し、右に見えていた地下都市が左手へと移る。
太古の遺跡群が、青白い照明に浮かび、ゆっくりと流れていった。
遠くで崩落した塔が、熔けた断面を闇から覗かせていた。
「しかし、見事なもんだな。この地下都市。石の文明って、いつの時代だ」
「あ、二期文明の遺跡だよ」
「ん? 二期? ってのはなんだ?」
「え? えっと、今が三期クトファの時代で、その前が二期アクタモトファ、一期がデネクトファで……」
「へえ、前の時代ってことか。っていうが、キト詳しいな!」
「え? えへへ……」
「で、旧時代の文明が解明されてるのか? 俺がいたゴカ村じゃ、クロイド遺構が旧時代の物だろうって、調査団の噂話程度にはあったが」
「えっと……んーと、クロイド遺構と、シュシュ砂漠の南起筋もだよ。守護山脈からもいくつか見つかってて、この地下ダンジョンは同じ年代なんだって」
「ほう?」
「地下都市の遺跡は、世界樹の根っこがあった場所にあるって。【根を巡らば星の裏側、世界の中心へとたどり着くであろう】って、本に書いてあった」
「へー! おいおい、キト、マジで詳しいな! 学者か? 普通に驚いたぞ!」
「え、えへへへ。全部、本に書いてあったよ」
「本って、そのカバンにくくりつけてるやつか? 例の、世界樹巡行記だっけ」
「う、うん。住むとこすぐに変わるから、無くさないようにいつも持ってるんだ」
「そうか……宝物だな」
「うん! あ、あのね、いつかね、ボクの本棚買ってね、本を並べるのが夢なんだ」
「いいな。なら、ガンガン稼いででっかい本棚買おうぜ」
「え、ほんと?」
「ああ、しかもキトよりでかい本棚だ。たくさんしまえて、扉みたいにスライドするやつ」
「スライドする? 本棚って動くの?」
「おうよ。何冊でも置けるぞ」
「わあ……じゃあ、全巻置けるかなあ」
「何冊あるんだ、それ」
「わかんないけど……たっくさん」
「ははは。集める楽しみができたな」
「うん! 世界樹のこと、これでわかるかなあ……」
「全巻揃えたらわかるかもな。さっきの話じゃ、地下遺跡が根の痕跡で、それを辿れば世界樹に辿り着くんだろ。世界樹をキトが見つけるのも夢じゃない」
「え? ボクが?」
「ああ、見つけたらキトが自分で本を出した方がいいな。世紀の発見、一躍有名人だ」
「ボクが……世界樹見つけて、本……?」
幾度もの折り返しを抜け、モービルはついに平地へ降り立った。
坂を下りきった先、崩れかけた石柱が並び、地下都市の入口が見える。
グランディアのエンジンが低く唸り、金属の鼓動がシート越しに背骨へ伝わった。
その振動に揺さぶられながら、少年の胸の奥で、小さな希望が静かに灯り始めていた。




