1-41.初めてのバナーチ
「はい、おまたせしました。美味しい所を見繕ってきました。辛い方が黒鉄干し、甘い方が琥珀仕込みです。小さなお客様には、ミルクのサービスです」
マスターは戻ると、スライスされた肉を盛り付けた皿を二つ、カウンターに並べた。
さらに、グエンの右横の椅子にランチクロスを広げ、ぶつ切りにして焼き目のついた赤身肉と、ミルク入りの小皿を乗せたプレートを置く。
「ありがとう。おお、うまそう! って、ああ、慌てるなって。ほら」
ご馳走を目の前に興奮してバタつくオライオンを宥めつつ、椅子の上へ移動させてやった。
小さな体に似合わず大きく口を開け、豪快に赤身肉へかぶりつく。
「マスター、追加でバナーチ二つと、ミックスジュースも二つ頼むよ」
「かしこまりました。少々お待ちを」
会釈して厨房に戻っていくマスター。
彼は厨房へ入ると、スタッフに注文を伝える。
受けたスタッフがこちらを一瞥し、キトを見て一瞬怪訝な顔を見せた。
(本部といいさっきのデラダンってのといい、キトへの目が違うよな。けど……あのマスターのキトを見る目は普通だな)
木をくりぬいた四角い皿に、スライスされた干し肉がふわりと盛られている。
グエンは添えられたフォークで数枚の肉を刺し、口に運んだ。
赤身が差した黒褐色の肉は、縁に粒状の赤黒いスパイスが残っていた。
胡椒の香りと塩のシンプルな味かと思えば、香料と燻製が交じり合い、わずかな苦みと芳醇な香りが鼻の奥に余韻を残す。
歯を跳ね返す程よい弾力と、滲む脂の甘さが心地良い。
「これは、旨いな……。燻製とスパイスの香りが、赤身にも脂にもよくしみ込んでいて俺好みだ」
「ひゃわらかくてあまくておいひい」
グエンもキトも、そしてオライオンも、あっと言う間に皿を空にしてしまった。
そして、両腕を組み、戦闘時以上の真剣な面持ちで空の皿を睨むグエン。
おかわりをすべきかどうか。
その問いと葛藤はしばらく続いた。
ほどなく、マスターが料理を運んできた。
グエンの足元では、とっくに食事を済ませたオライオンが小さな寝息を立てている。
「さあ、できたてのバナーチです。熱いうちにどうぞ」
白い口髭を蓄えた口元を綻ばせ、マスターは両手を広げて料理を促した。
乳白色の長方形の皿に乗せられたバナーチ。
湯気の上がるボイルしたての極太のウィンナーが、きつね色に焼かれた厚めのクレープ生地と板状のチーズ、生地からはみ出した大きなレタスに包まれている。
レタスは生地の先端から三角状に飛び出し、まるで松明の火を表現しているようだ。
チーズとウィンナーの間には、刻んだタマネギの入った真っ赤なソースがたっぷりと塗られ、スパイスの効いた香ばしさが鼻をくすぐる。
左の席から、つばを飲み込み、喉を鳴らす音が聞こえた。
ふと見れば、キトが背筋を伸ばして椅子に座ったまま微動だにせず、目の前に置かれたバナーチとミックスジュースを凝視している。
「キト、熱いうちに食べよう」
「うん!」
キトは勢いよく頷いてバナーチを両手で掴み上げた。
口をめいっぱい広げたキトはバナーチにかぶりつく。
小さな口では頬張りきれず、バナーチを噛み切ったキトの口元は、大量の赤いソースにまみれた。
「お、おいひいでふ」
「はははは、良い食いっぷりだ」
ソースで汚れることなど意に介さず、尻尾を勢いよく振りながら、熱々のバナーチを夢中で食べるキトの姿にグエンは微笑んだ。
次いで、グエンもバナーチにかぶりつく。
熱々のウィンナーから肉汁が弾け、千切りタマネギとチリペッパーの効いた挽き肉ソースが舌へ絡む。予想外の旨さに、グエンは思わず声を漏らした。
「ん~~、甘い生地と辛いソースが肉とよく合うなあ。うまい」
「んぐっ……はぐっ。うおいひい」
声なのかうめきなのか判別のつかない音を出しながら、キトは一心不乱にバナーチにかぶりつき堪能した。
そして、思い出したかのようにバナーチを皿に置くとグラスに手を伸ばす。
よく冷えたグラスの表面には無数の水滴が浮かび、黄身色の液体がなみなみと注がれていた。
桃をメインにいくつものフルーツがよく混ざり合い、とろみのあるミックスジュースだ。
表面に浮かぶ深紅の粒は、ランカの果肉。
両手でグラスを掴むと、キトは喉を鳴らしてミックスジュースを飲む。
口と鼻に広がる芳醇な甘さと柔らかな酸味に、うっとりとした表情で悦に浸った。
「ぷっはあ……こ、こんなに美味しいものがあったんだあ……ふああ……」
「ははは。酒飲み顔負けの飲みっぷりだ」
カウンター越し、グラスを磨きながら二人の食事を見守っていたマスターが微笑む。
「喜んでもらえて良かった。バナーチは、もとはバナーバルトーチと呼ばれていてね。鉱山には欠かせないトーチ、松明を表現しているんです。私の幼いころからある名物だよ」
「はあ……バナーチってほんとはこんなにおいしかったんだなあ……」
(確かにうまい飯だ。だが、普通の食事だ。……飯の内容まで、外輪ってのは区別されているのか……)
グエンとマスターは、キトの食事を穏やかな目で見守る。
バナーチとミックスジュースの虜になったキトは、二人の注目の的になっていることも意に介さず、グエンがさらに追加で注文したバナーチもあっと言う間に平らげてしまった。
キトは二杯目のミックスジュースをちびちびと飲んでいた。
バナーチの余韻を味わいながら、甘さの幸せに身を任せている。
足元で眠る相棒と、一心地ついたキト。
「そうだ、マスター。クエスタ隊員になったら、四人集めてチームを作れって言われたんだが」
「大隧道内部で活動する正規隊員は、皆さんチームですね」
「あいにく俺にはツテがなくてね。斡旋する場所があるって聞いたけど、何か知ってるかな」
「ええ、ええ、ありますとも。それなら、ノマドドームへ行くといいですよ」
「ノマドドーム?」
「ここノマドベースの中心にある白いドームです。ムロージ商会を始めとする小売業者から、クエスタ支部、宿泊施設、病院に銀行と一通りが揃っていますよ」
「へえ、そこに斡旋所もあると」
「ええ。困ったことがあればクエスタ支部へ行けばなんとかなります。私のほうでも、顔なじみに話を広めることはできますがね。どうします?」
「そうだな。……まずは一度ノマドドームとやらに行ってから……ん?」
不意に胸のあたりが震え、グエンは胸ポケットをまさぐった。
ジャケットの胸ポケット内で、モバイルが激しく振動している。
「んん、こいつ、どうすりゃいいんだ?」
振動するモバイルを取り出したはいいが、操作方法がわからず困惑するばかりだ。
グラスをカウンターテーブルに置き、キトがモバイルの画面を覗き見た。
「なんかいっぱいメッセージが来てるよ。ほら」
「いっぱい?」
キトはモバイルの液晶を操作し、数あるメッセージをスライドして見せた。
最新のメッセージが開かれ、その内容を読んだグエンは首を傾げる。
「はあ? 護衛対象が行方不明? 大隧道の最奥へ……って、いや、なんで護衛される側のやつがそんな勝手に動き回ってるんだよ。てっきりどっかで待ってるもんだと思ったが」
「え、ど、どうしよ」
「護衛だからな、探しに行かなきゃならんが、どこへ……」
「こてつー」
「!」
背後から名を呼ばれ、グエンは反射的に振り返った。
【コテツ】は、グエンが過去に捨てた名。今や、その名を知る人はいないはずだった。
声の主が見当たらないまま、店内を見渡すグエンの足元で、もう一度声がした。
「こっちなのだな」
はちみつをたっぷりかけたドーナツを持つノダナ族が、椅子の足元に立っていた。




