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世界樹の巡り人  作者: 蔵人
第1章 邂逅のバナーバル
71/98

1-40.見えない壁

 店の正面、歩道のど真ん中に建てられた純白の石柱。その頂点に、大鷲の像が翼を広げていた。

 羽一枚一枚が見事に再現され、爪を立てる石柱にも、本物と見紛うほど生命力に満ちたツタの彫刻が施されている。その高さは5m以上ある。

 威厳すらある佇まいに、通り過ぎざまのグエンも思わず目を奪われた。

 大鷲の立ち姿へ食い入るような目を向けるグエンを、キトが見上げて言う。


「それ、大隧道の途中で見つかった地下ダンジョンにあったんだよ」

「地下ダンジョン? 名前は聞くけど、もしかして近いのか?」

「うん。大隧道の奥に行くと、壁の隙間から行けるんだ」


 大鷲の彫像を通り過ぎ、グエンは店舗の敷地に足を踏み入れた。

 しかし、後ろに続いてくるはずの足音がない。

 振り返るグエン。


「どうした?」

「え、えっと、あの」


 炙り酒の店先、頭上に吊るされた肉カーテンの前でキトが立ち尽くしていた。

 たれ耳はこれ以上ないほど倒れて栗毛色の髪に埋もれ、尾は濡れた麻縄みたいに、力なく萎んでいた。

 腹の前で指を絡ませて言葉に詰まる姿を、オライオンが心配そうに見上げている。


「そ、あ、あの、うう……」


 言葉にならない声を漏らすその視線の先には、木製の柱にかけられたマークがあった。

 二重の円が描かれ、外側の円が点線になっているシンプルなデザインだ。


「このマークがあると問題があるのか?」

「う、うん……」


 キトは目を伏せ、俯いてしまった。

 状況が理解できないグエンは、マークの描かれたプレートを外して右手に持ち、店内へ入っていった。


「邪魔するよ! 店の人、いるかい?」


 昼食時間にはまだ早く、店内にはほとんど客がいなかった。

 カウンターに立っていた白髪初老の男性が顔を上げる。


「いらっしゃいませ。どうしましたか?」

「連れがこのマークを見て様子がおかしくなってね。なんか理由がありそうなんだが、わかるかい? えっと、あなたはここのマスターかな?」


 白髪を後頭部でまとめ、白い口髭を蓄えたマスターが笑顔で応対する。


「はいはい、マスター兼責任者です。そのマークは、クエスタ本部から設置を義務付けられている標識なんです。外輪者の立ち入り禁止を意味しています」

「外輪者? ああ、なんか何度か聞くなあ、その言葉。なんなんだ? 外輪ってのは」

「その様子ではバナーバルに来て日が浅そうですね。おや」


 グエンの襟元に光る銀色のエンブレムを見つけ、マスターは頷いた。


「外輪の方は多くの規制を受けています。でも、正規隊員の同行者であれば、外輪の方でも店内へ入れますよ。どうぞ」


(キトは10歳と言っていたな。こういう話はキトがいないうちに聞いておきたいが……いや、店先に一人で長々と待たせるのは可哀そうだな。あの様子じゃ尚更だ)


「ひとまず、連れてくる。あ、子犬みたいなやつも一緒だけど、店内に入ってもいいかな」

「カウンターに上ったり、粗相がなければ大丈夫ですよ」

「ありがとう。助かるよ」


 優しく微笑むマスターに礼を言うと、グエンは店外へ急いだ。


 肉のカーテンの前、キトとオライオンはさっきと全く同じ姿勢でそこにいた。

 グエンは柱から外したプレートを戻すと、朗らかな笑顔でキトの手を取る。


「よーし、飯食うぞ! オライオンも来い」

「え」

「ウォン!」


 手を引かれたキトは、驚いた表情で大きな肉のカーテンの下を歩いていく。

 足元で先導する、小さな白い背中と、手を引く大きな背中を交互に見ていた。


 炙り酒店内。

 グエンはキトの手を引いたままカウンターへ直行した。

 水の入ったグラスが置かれたカウンター席に腰かける。

 左側の、小さな背もたれのついた固定椅子を軽く叩き、隣の席に座るよう促した。


「ほら、キトはここ。オライオンは、俺の膝だ」


 まるで言葉を理解しているように、オライオンはグエンの膝に飛び乗る。

 一呼吸開けて、キトが椅子によじ登って腰かけた。


(さて、外輪ってのがなんなのか、詳しく聞けそうだが……)


 未だにキトのたれ耳も尻尾も、力なく萎れたままだ。


「まずは腹ごしらえだな。マスター、入口に吊るされている干し肉のカーテンは圧巻だったね。スパイスの効いたのがありそうだったけど、あれは食えるのかい?」

「もちろん。辛いのと、甘辛いのがあるけど、どっちが良いかね?」

「そりゃあ、辛いやつで!」

「お二人分で良いかな?」

「あ、キトはどうする? 干し肉食うか? 辛いのと甘辛いの、どっちがいい?」

「え、あの……ボクも食べていいの……?」

「そりゃそうだろ。両方か?」

「あ、甘いのが気になる……」

「じゃ、マスター俺が辛いので、キトは甘辛い方。あと、膝にいる相棒に、軽くローストした赤身肉を頼めるかな。硬ければ硬いほど良い」

「かしこまりました。すぐにお持ちしますか? まだ食事前で暇ですから、メニューをご覧になってお待ちいただいても良いですよ」

「ならお言葉に甘えようかな」

「それでは、少々お待ちを」


 会釈をするマスターの肩越しに、カウンター内にも肉が吊るされているのが見えた。

 大きな金属製の鉤爪で豪快に吊られた肉の列は、入口よりも色味が深く鮮やかだ。


(うわ、あっちのやつを頼めば良かったな。熟成が進んでて旨そう……お)


 吊るし肉をねめ上げるグエンの心の声を察したのか、マスターはカウンター内の干し肉を大振りのナイフでそぎ落としていく。


(ラッキー! 旨そうな方が食えるぜ!)


 思わず舌なめずりをするグエン。

 横では、キトがメニュー表にある一枚の写真にくぎ付けになっていた。


「ん? キト、それが食いたいのか? バナーチ……ってやつか?」

「う、うん。これ、配られて食べたことあるんだけど……小っちゃくてパサパサしておいしくないんだ。でも……ちゃんとしたお店のは、すっごく美味しいんだって……」


 写真を食い入るように見つめて答える姿に、グエンは思わず笑ってしまった。


「ははは、じゃあ、バナーチを頼もう。他には? あ、ミックスジュースだってよ! これフルーツのジュースだろ? ランカ入りだって。うまそうだな」

「え? ランカのジュース? ぜ、贅沢品だあ……」

「わかる。フルーツをジュースにするなんて贅沢だよなあ」


 ゴクリッと喉を鳴らすキト。

 自分を見つめる視線に振り向くと、歯を見せて笑うグエンと目が合い、釣られて笑う。


「贅沢、しちゃうか?」

「え……う、うん!」

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