1-39.ノマドベース
グエンはデラダン一味を後にし、モービルで大隧道路を走行していた。
シートの後ろにはキトが乗り、オライオンはシート最後部の黒いパニアケースの中で休んでいる。
照明が壁面ごとふっと消え、視界が広がった。
三〇〇mを超す大隧道よりも高い天井が顔を見せ、トンネル内部とは思えない広大な空間が現れる。
遥か上部、頑強な花崗岩質の岩盤で形成された白い天井部からは、スタジアムを照らすような強烈な照明が点々と吊り下げられ、眼下に広がる白く四角い建物群をくっきりと浮かび上がらせていた。
大隧道内の一大拠点、通称ノマドベース。
建物は1階建てから5階建てと高さにばらつきはあるものの、どれも白く四角く、意匠が統一された組み立て式の簡易的な建築物だ。
モービルの速度を緩め、グエンは道路脇の空き地入口へ車体を寄せ、静かに停車する。
サングラスを押し上げた彼は、思わず感嘆の息を漏らした。
「へえ、山の腹ん中にこんなものがあるとはな。建物がちょっとあるくらいの集落程度かと思っていたが、想像以上にちゃんとした町だな」
「う、うん。ここがノマドベースだよ。お店とかなんでもあって、ここに住み着いて仕事してるって、隊員の人が話してた」
「文字通りの拠点なわけか。宿泊施設があるなら、俺たちもここで泊まってもいいな」
「宿泊……ホテル? うわあ……初めて。楽しみだなあ」
人生初のホテル宿泊に心を躍らせたキトだったが、香ばしい肉の香りが鼻先をくすぐり、反射的に鼻をひくつかせた。
次の瞬間、腹の虫が盛大に鳴る。
――グウウッ。
キトはあまりに大きな腹の音に驚き、声にならない声をあげて慌てふためく。
「――!」
「ん、なんだ。オライオンが唸ったのかと思ったら、キトの腹か。ははは」
「う、うう……はずかしいなあ……うわっ」
「ウォンッ!」
名を呼ばれたオライオンがねぐらから飛び出し、キトの肩をジャンプ台にして、グエンの肩に飛び乗る。さきほどの大仕事で、すっかり腹ぺこだ。
鼻を鳴らしながら、香ばしい肉の在りかを探っている。
その様子に、グエンは苦笑しながら頷いた。
「なるほど。食い物の匂いを嗅ぎつけたのか。食い物に関してはオライオンのガイドも優秀だからな。で、どっちだ? 飯の匂いは」
「ウォンッ! ウォンウォンッ!」
オライオンは前方に向かって盛んに吠える。
相棒のナビを受け、グエンはクラッチをつなぎ、モービルをゆっくり前進させた。
二〇〇mほど進んだ先、白一色の街並みの中に、焦げ茶色の建物があった。
焦げ茶色の太い木材と、白漆喰の壁がよく目立っている。
グエンはモービルの速度を緩め、歩道の真ん中に立つ大鷲の像を通り、店の前を進んだ。
松明の火が揺れ、店先にはサンドバッグのような干し肉が幾重にも吊るされている。
「あ、ここ。炙り酒ってお店だよ」
「炙り酒? 松明と、肉の店か?……これは、肉屋か?」
「え? ううん、隊員の人達がよくいく……酒場、かな」
「ほ~。この店、うまいのか?」
「え、えっと、ぼくは行ったことないから……いい匂いだけど……」
「そうか。ならキトは初めての炙り酒ご来店ってわけだ」
「え?」
グエンはキトの返事を待たず、モービルを減速させ、車体を傾けると駐車場に向かって右折した。炙り酒の奥側に位置する駐車場へ入ると、空いているスペースにモービルを滑り込ませる。
エンジンを止めると、グエンはモービルから飛び降り、キトに笑いかけた。
「さ! 飯にしよう! 言ったろ、俺のおごりだ!」
「え、……う、うん!」
一瞬戸惑ったキトだが、含みの無いグエンの笑顔を見て、すぐに笑顔で頷く。
キトはヘルメットを脱ぎ、シートの上に置いた。
グエンは外したサングラスを胸ポケットにしまい、キトが脱いだばかりのヘルメットを手に取った。
後部シート最後尾にある、オライオンのねぐらの手前。
黒いパニアケースのふたを開け、ヘルメットを収めて鍵をかける。
キトはグエンの動作をじっと見つめていた。
「どうした? なんか珍しいのか?」
「え? あ、あの、鍵をかけるんだなあって」
グエンは鍵を閉めたパニアケースの蓋に視線を落とす。
「ああ、ここは治安が良さそうだから、鍵はいらないかな。が、万が一ヘルメットが盗まれるとキトが危ないからなあ」
モービルから降りたキトは、言葉の意図がわからず、首を傾げてグエンを見上げる。
グエンはキトを案じて、栗毛の頭をぽんと撫でた。
キトの垂れ耳が、ちょこちょこと動いている。
「俺がノーヘルならまだいいが、キトをノーヘルで乗せるのは、な」
「えっと、あの……ぼくとグエンさんだと……何か違うの?」
「ははは、大違いだろ。キトは子供だからな。安全第一だ」
「えへ、へへへ」
「ほら、行こうぜ。腹ペコだー」
「ウォンッ!」
我先にとグエンの前を歩くオライオン。
二人は、まるでオライオンに先導されるように店へと向かう。
グエンは先頭で尾を立てて歩く相棒の後ろ姿を見て、ふと一つの疑問が浮かんだ。
(そういや、オライオンは……店内に入れるのか? まあ……怒られてから考えるか)
グエンは顎に手を当て頷くと、考えるのを止める。
最後尾、キトはグエンの後ろにぴったりとくっついて歩く。
肩掛けカバンの影に隠れる、長い栗毛の尻尾が、喜びに合わせて左右に揺れていた。




