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世界樹の巡り人  作者: 蔵人
第1章 邂逅のバナーバル
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1-39.ノマドベース

 グエンの運転するモービルが、大隧道(だいすいどう)内の道路を走行すること約5分。

 壁面を覆う照明が壁ごとなくなり、300mを超す大隧道の天井が途切れた。


 直後、トンネル内部とは思えないほど広大な空間が広がる。

 スタジアムを照らすような強烈な照明が、はるか上部の天井から吊り下げられ、白く四角い建物群をくっきりと浮かび上がらせていた。

 建物は1階建てから5階建てと高さにばらつきはあるものの、どれも白く四角く、意匠が統一された組み立て式の簡易的な建築物だ。


 モービルの速度を緩め、グエンは道路脇の空き地入口へ車体を寄せ、静かに停車する。

 サングラスを押し上げた彼は、思わず感嘆の息を漏らした。


「へえ、山の腹ん中にこんなものがあるとはな。建物がちょっとあるくらいかと思っていたが、想像以上にちゃんとした町だな」

「う、うん。ここがノマドベースだよ。お店とかなんでもあって、ここに住み着いて仕事してるって、隊員の人が話してた」

「文字通りの拠点なわけか。宿泊施設があるなら、俺たちもここで泊まってもいいな」

「宿泊……ホテル? うわあ……初めて。楽しみだなあ」


 人生初のホテル宿泊に心を躍らせたキトだったが、香ばしい肉の香りが鼻先をくすぐり、反射的に鼻をひくつかせた。

 次の瞬間、腹の虫が盛大に鳴いた。


 ――グウウッ。


 キトはあまりに大きな腹の音に驚き、声にならない声をあげて慌てふためく。


「――!」

「ん、なんだ。オライオンが唸ったのかと思ったら、キトの腹か。ははは」

「う、うう……はずかしいなあ……うわっ」

「ウォンッ!」


 名を呼ばれたオライオンがねぐらから飛び出し、キトの肩をジャンプ台にして、グエンの肩に飛び乗った。

 鼻を鳴らしながら、香ばしい肉の在りかを探っている。

 その様子に、グエンは苦笑しながら頷いた。


「なるほど。食い物の匂いを嗅ぎつけたのか。食い物に関してはオライオンのガイドも優秀だからな。で、どっちだ? 飯の匂いは」

「ウォンッ! ウォンウォンッ!」


 オライオンは前方に向かって盛んに吠える。

 相棒のナビを受け、グエンはクラッチをつなぎ、モービルをゆっくり前進させた。

 200mほど進んだ先、前方右手、歩道の真ん中に大鷲を冠した石柱が姿を現す。

 その石柱のすぐ脇。

 松明の火が揺れ、店先にはサンドバッグのような干し肉が幾重にも吊るされていた。


「あ、あの鷲の。あそこに炙り酒ってお店があるよ」

「炙り酒? あの松明と、肉の店か?……あれは、肉屋か?」

「え? ううん、隊員の人達がよくいく……酒場、かな」

「ほ~。あの店、うまいのか?」

「え、えっと、ぼくは行ったことないから……いい匂いだけど……」

 消え入りそうな声でキトは答えた。

「そうか。ならキトは初めての炙り酒ご来店ってわけだ」

「え?」


 グエンはキトの返事を待たず、モービルを減速させる。

 車体を傾けてゆっくりと右折した。

 炙り酒の奥側に位置する駐車場へ入ると、空いているスペースにモービルを滑り込ませる。

 エンジンを止めると、グエンはモービルから飛び降り、キトに笑いかけた。


「さ! 飯にしよう! 俺のおごりだ!」

「え、……う、うん!」


 一瞬戸惑ったキトだが、含みの無いグエンの笑顔を見て、すぐに笑顔で頷く。

 キトはヘルメット脱ぎ、シートの上に置いた。

 グエンは外したサングラスを胸ポケットにしまい、キトが脱いだばかりのヘルメットを手に取った。

 後部シート最後尾にある、オライオンのねぐらの手前。

 黒いパニアケースのふたを開け、ヘルメットを収めて鍵をかける。

 キトはグエンの動作をじっと見つめていた。


「どうした? なんか珍しいのか?」

「え? あ、あの、鍵をかけるんだなあって」


 グエンは鍵を閉めたパニアケースの蓋に視線を落とす。


「ああ、ここは治安が良さそうだから、鍵はいらないかな。が、万が一ヘルメットが盗まれるとキトが危ないからなあ」


 モービルから降りたキトは、言葉の意図がわからず、首を傾げてグエンを見上げる。

 キトの垂れ耳が、ちょこちょこと動いていた。


「俺がノーヘルならまだいいが、キトをノーヘルで乗せるのは、な」

「えっと、あの……ぼくとグエンさんだと……何か違うの?」

「ははは、大違いだろ。キトは子供だからな。安全第一だ」


 笑うグエンは、手のひらでキトの頭をポンポンっと軽く叩く。

 肩掛けカバンの影に隠れて入れているキトのシッポが、喜びに合わせて左右に揺れた。


「えへ、へへへ」

「ほら、行こうぜ。腹ペコだー」

「ウォンッ!」


 我先にとグエンの前を歩くオライオン。

 二人は、まるでオライオンに先導されるように店へと向かう。

 グエンは尻尾を立てて歩く相棒の後ろ姿を見て、ふと一つの疑問が浮かんだ。


(そういや、オライオンは……店内に入れるのか? まあ……怒られてから考えるか)


 1人納得するグエン。

 キトは降りた際にズレた肩掛けバッグの位置を直しながら、グエンの後に続いた。

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