1-37.男ならば
デラダンは巨躯を傾け、大きく振りかぶり、渾身の右ストレートを放った。
「舐め腐りやがってこのチビがっ!」
大きな拳に、全体重を乗せた一撃。
グエンは生卵でもキャッチするように両手でふわりと受け止めた。
「ク、クソ」
デラダンは掴まれた拳を振り払い、慌てて引く。
引き戻された右手に合わせ、グエンは全く同じ速度で大きく踏み込んだ。
密着するほどの至近距離、グエンの右拳がデラダンの鳩尾に深々とめり込む。
拳を引き終わった瞬間、巨人の如き巨躯はくの字に曲がり崩れ落ちた。
「うげ……え……」
「よっ、と」
グエンは、颶風にゆっくりと運ばれながら倒れるデラダンの襟首を掴んだ。
鳩尾を両手で抑えたデラダンは、腹部の痛みと痙攣で身動きが取れず、大人しく引きずられていく。
「俺はチビじゃない。お前がデカブツなだけだ。デカブツといえば、街に入るときにいたガングーってのより更にでかいなお前。しかし……重いな」
「グ、グエンさん」
キトが駆け寄ってきた。
垂れ耳をぴくりと動かして、デラダンの様子を伺っているようだ。頭に被っていたヘルメットは、首にかけて背中側に垂らしている。
「おう、やっと終わったぞ、キト」
「あ、あの、グエンさん……」
「なんだ、キトもこのデカブツをぶん殴りに来たのか?」
「え、え? う、ううん。そ、そんなことしないよ」
「いい心がけだ。殴るなら正々堂々、な。で、どうした?」
「あの、お金取るのは、許してあげてほしくて……」
「お金? あー……ああ! こいつから飯代を回収してやるって言ったやつか」
「う、うん。ぼく、ご飯、我慢できるから、悪いことはしないであげてほしいな……」
「ははは、忘れてた。そうだな、キトに免じて許してやろう。飯は俺のおごりだ。っと、ふう、重いな、ほんとに」
グエンは襟首を掴み引きずっていたデラダンを、大隧道の壁へ座らせた。
無言で去ろうとする背中に、デラダンが唸る。
「……ま、待ちやがれ……て……めえは何もんだ……」
「俺はグエン・クロイドだ。本日、クエスタ正規隊員にお取立て頂いたばかりの新人だよ。今後ともよろしくな」
「こ、このまま済むと思うなよ……てめえ」
「おいおい、なんだその情けない捨て台詞は。偉そうに男を語った口はどうした。ぶん殴られて恥と一緒に道路に落としたか?」
「ぐっ……う、うるせえ……」
「ま、男なら、明日の自分に笑われないよう生きろよ。今のままじゃ、だせえだろ、お前」
「……」
「男も女も関係ないとは思うが、けど、お前の中にもあるんじゃないのか? 答えが」
身も心も打ち据えられ、身の丈2m以上もある筋骨隆々な大男は、今や見る影もなく小さくうなだれた。
「二度目はないぞ。じゃあな」
グエンは横に立っていたキトに目配せすると、グランディアの方へと歩きだした。
キトは小首を傾げた。
立てていた垂れ耳を下ろすと、すぐにグエンの後を追って駆け出す。
モービルに戻ったグエンは、ベルトに吊っていた濡焔を外し、車体脇のホルスターに差し込み固定した。
手際よく支度を進めていると、背後の気配が全く動いていないことに気付く。
振り返れば、垂れ耳をピコピコと動かして自分を見つめているキト。
ヘルメットも被らず、棒立ちだ。
(キトを守れて良かった。が、エンブラ相手とは違って、ちょうど良く手加減するってのは骨が折れるな……白騎士相手の方がまだ楽だ)
グエンはヘルメットをキトの頭に被せると、緩んだ顎ベルトの長さを整えてやった。
そして、両脇に手を回してその小さな体を持ち上げ、シートに座らせる。
「ヘルメットはちゃんと被れ。危ないからな」
「う、うん。えへへ」
「んで、オライオンは……もうねぐらで寝てんのか。よく寝るなあ」
「あ、あの、ボクのせいで……ご、ごめんなさ」
伏し目がちで言うキトの言葉を、グエンは遮った。
「世の中ってのは、悪いことをするやつが悪いんだ。で、キトは悪くない。だろ?」
「……そ、そうかな。……あ、これ」
キトは青いツナギのポケットをまさぐる。
彼が差し出したのはサングラス。
グエンは受け取ったサングラスをかけた。
「おう。さあ、ガイドはこれからだ! 頼むぜ!」
「あ、あのね。ねえ、グエンさん、大隧道には何しにいくの?」
「あれ? 言ってなかったっけ? 依頼でさ、女の人を守りに行くんだよ。エリエラって人」
「守るの? そっかあ。グエンさんって守るの得意だね」
「……はは、そうだな。もっと上手くならないとな」
グエンはモービルをゆっくり発進させた。
大排気量の単気筒特有の鼓動音が、大隧道の壁面を叩き重低音を反響させ、三輪の大型モービルを加速させていく。
デラダンは壁にもたれかかったまま、大隧道奥へ向かう黒い車体に灯るテールランプを横目で追った。
壁に手をつきながらよろよろと立ち上がり、声を絞り出す。
「ち、ちきしょうめ。男なら……かよ……」
デラダンは拳を壁に叩きつけ、項垂れた。
グランディアの音が遠ざかったのを確認し、ジアとユイークが近くの非常扉を開けて顔を出した。
「ほら~、ユイーク~。もう大丈夫っぽいよ~」
「ふええん……う、ひっく、デラダンの兄貴は……? 生きてる?」
「ん~、大丈夫っぽい。ほら~、いこ~」
「う、うん……」
安全を確認したジアがユイークの手を引き、デラダンの元へと駆けて行った。




