1-36.矛盾する矜持
仰向けに倒れていたヘビークラストが動き出した。
体をよじってうつ伏せになり、四肢で巨体を支えて立ち上がろうとする。しかし、脛から下を失っているため、体勢を崩して転倒した。
数回同じ動作を繰り返したのち、四つん這いの状態で停止する。背面部から頭頂部までの装甲が開き、中からデラダンが這い出した。
「く、くそ! なにがどうなってやがんでえ! な、なんだ、こりゃあ……よ」
自らの足で立ったデラダンは、ヘビークラスト両脚のグリーヴが切断されていることに気づき、言葉を失った。
グエンは軍刀と小太刀を鞘に納めると、オライオンを抱いたキトを引き連れ、デラダンの方へ歩いていく。キトを後ろに控えさせ、グエンは一人、デラダンと対峙した。
ジアとユイークはすでに戦意を喪失しており、ただ成り行きを目で追うだけだった。
デラダンは仲間の状態に気づく。目の前まで来たグエンから視線を外さないまま数歩後退すると、ふと大隧道路の壁際に落ちている鉄パイプを見つけた。
走って拾い上げ、グエンへ鉄パイプの先端を向けて吠える。
「わけがわからねえが、このまま終わるかってんだ! 覚悟しやがれ!」
「もう負けたんだよ、お前は。大人しく諦めろ。キトにちゃんと頭を下げるなら、これくらいで勘弁してやるぞ」
「うっるせぇ! このチビが! 誰がてめえなんぞに負けるかってんだ!」
デラダンはグエンに向け、鉄パイプを力任せに振り下ろす。
事も無げにかわされ、鉄パイプが空を切る。
逆上して鉄パイプを振り回し続けるが、けたたましい風切り音を響かせるだけだった。
グエンは軍刀の護拳に左手を添えたまま、刀を抜くでもなく、ただデラダンの攻撃を避け続ける。
次第にデラダンの動きは鈍り、大きな肩が荒い呼吸に合わせて上下し始めた。
その間も、グエンの頬には紅の火焔文様が浮かび、体は熾火の如く輝く膜のような薄い炎に包まれていた。
「く、くそが! はあ、はあ、な、なんだってんだ! てめえは! 燃えてるしよ!」
「俺が誰か聞きたいなら、まずはお前が自己紹介すべきだろ。襲ってきたくせになあ。デラなんとかさん? だったか」
「デラダン・ジャフスだ!」
「ああ、俺はグエン・クロイドだ。よろしくな」
「う、うるせえ! テメエの名前何てどうだっていいんだよ!」
「お前らが殺る気を見せてたら、俺ももっと楽ができたんだがな。ま、細かい話はいい。そろそろ、いいだろ。ほら、尻尾を巻くの手伝ってやるから、もう帰れ。お仲間はもう戦意喪失してるぞ」
グエンが親指で示した壁際には、肩を寄せてしゃがみこむ二人の小さな人影があった。
ジアが壁にもたれかかるようにうずくまり、ユイークがその背を抱いて揺すっている。
「う、うう~……」
「ジアお兄ちゃん! ケガした? 大丈夫? ねえってば!」
「こ、こここ怖くて~……おおなか、痛くなっちゃって~……」
「ケガはない? おなか痛いだけ?」
「そ、そそ、そ~」
「……もう! びびらすなよ! ダメジア! あたしだって暗いの怖かったんだからあ」
ゴーグルを頭にかけたユイークは、指で涙を拭いながら兄の背中を叩く。
そのまま力なくしゃがみこむ兄に肩を寄せ、妹もへたり込んでしまった。
グエンは困ったような表情を浮かべ、デラダンへ向き直る。
「な? 盗賊ごっこも潮時だろ」
「くっ……! ジア! ユイーク! おめえらは逃げろ!」
「あ、兄貴も逃げようよお。び、びえええ……。怖いのやだよおお」
泣き出すユイークの横で、ジアも頭を大きく上下に振っている。
デラダンは二人の視線を受け止めると、眉間に深い皺を刻みながらグエンを睨む。
そのままグエンと仲間の間に立ち、両手を広げて立ち塞がった。
「男が背中を見せられっか! おめえら! 行け!」
ジアとユイークは互いに目を見合わせ、小さく頷く。
兄妹は互いを支え合いながら立ち上がり、よろよろと大隧道の奥を目指して歩き出した。
デラダンは鉄パイプを力いっぱい握り締め、グエンを睨み、なお鉄パイプを振り回す。
「ぶっ潰してやるぜ!」
「おいデカブツ。本気で殺るつもりなら黙ってやれ。わざわざ宣言するなよ」
「うるっせえ! はあ! はあ!」
「ったく、エンブラ相手なら斬ればいいが、こういう手合いは勝手が違うな……」
痺れを切らしたグエンは濡焔を抜き、振り下ろされた鉄パイプを斬り飛ばす。
握り部分だけを残し、切断されたパイプが地面に落ちて金属音を響かせた。
グエンは転がる鉄パイプを一瞥し、持ち主の目を見据える。
「ほら、言い訳は作ってやったぞ」
「鉄パイプをちくわみてえに斬りやがって……な、なんなんだってんだ、てめえはよ……」
「それはいいから、な。もう逃げろって」
「う、うるっせえ! 男に二言はねえ! 俺様がてめえをぶっ潰す!」
「男? ほう、キトみたいな子供をいじめるのが、お前の言う【男】ってやつか?」
「……そ、それは、クエスタの仕事だからだ!」
「弱い者いじめの依頼を受ける、いっぱしの男なんているのかねえ」
「う、うるっせえ! じゃあ、てめえはなんだ! クエスタの人間のくせに、命令を無視するってのか!」
「キトを守ると約束したんでね。男なら、約束は守るもんだと思わないか? だいたい、俺はそんな命令を受けていないし、受けていても、知らん」
「約束だあ? んなもん……」
「よーし、わかった。もう面倒だ。その性根、直接叩き直した方が早そうだ」
グエンは軍刀を鞘に納めると、胸の前で両拳をぶつけた。
その頬から火焔文様は消失し、体を覆っていた膜のような炎も霧散する。
デラダンは大きな肩を震わせた。
「お、俺様の……性根を叩きなおすだとおおお!」
デラダンの顔がみるみるうちに紅潮する。
スキンヘッドへ血管が浮き上がり、ハート型の刺青がぐにゃりと歪んだ。




