1-35.圧倒
ゴーグルのレンズに映し出された数値を見て、ユイークは驚愕した。
「な、なんだこれ。熱エネルギー2100Mcell? つまりは3CeRaってこと?……はあ?」
ユイークの愛用のゴーグルにはめこまれたレンズ型ディスプレイ。彼女が開発した解析ツールは非常に精密な熱エネルギーの観測と分析が可能だった。
今、解析結果がはじき出された対象は生身のグエンだ。
「この数値、ジェットエンジン並みだっての……。なんかの間違い……やり直しても同じ数値って……あいつ、人間……か? バケモノだろ……」
ゴーグルを頭上に捲し上げ異常な結果を伝えようとしたが、目の前の光景に思わず息を飲む。
彼女の肉眼が捉えた景色に、グエンの姿がなかった。
そこにあるのは紅い残光が尾を引き、グエンらしき何かがジアに向かって高速で駆けていく姿だ。
「人間の速さじゃないだろ……」
瞬時に間合いを詰めたグエンが急ブレーキをかける。
タクティカルブーツの荒いブロックパターンが地面に食い込み、アスファルトとの摩擦で煙を上げるも勢いを殺しきれない。
スライドしたまま腰を落とし、軍刀【濡焔】の柄に手をかけた所で、ジアが取り出している武器の正体がはっきりと見えた。
(銃じゃない? やたらごついクロスボウ、だが……)
既に間合い内。
このまま濡焔を抜けばクロスボウごとジアを斬れる。
だが。
(警棒もモービルもスタンガンの発想だ。なら、クロスボウもそうか?)
刹那の間に逡巡し、濡焔にかけていた右手を離した。
咄嗟に右脇に差した小太刀【鐘岩徹】を逆手で掴み抜く。
顔を上げたジアは目前に迫っているグエンに気づき、腰を抜かさんばかりに驚いた。
「ひゃあっ!」
驚きよろけた反動で、クロスボウのトリガーが引かれたのとほぼ同時、小太刀の刃がクロスボウの弦ごと弓部分を断ち切った。
装填されていた矢は弦に触れることなく、地面に転がる。
その鏃は丸く、殺傷目的とは思えない形状をしていた。
紅蓮の炎を纏ったグエンは小太刀の刀身を肩に乗せ、納刀した濡焔の鞘を左手で叩くと、予想通りの光景に笑った。
「ははは、やっぱりその矢にも仕掛けがあったか。こっちを抜いていたら、そのクロスボウごとお前を斬っちまってたぞ。危なかったな」
「ひ、ひええ……」
「しかし、このままじゃ一人二人うっかり殺しちまいそうだな……」
腰を抜かした少年をそのままに、グエンは振り返った。
デラダンとプラズマを纏うモービルが、勢い衰えず猛進してきている。
小さくため息をつき、グランディアのシートに座るキトの腕に抱かれた小さな相棒に視線を移した。
「オライオン! お前の出番だ!」
白い毛並み、虎のような顔つきのオライオンは、犬に似た耳をピクリと動かした。
相棒の要請に応じ、キトの腕に抱かれたまま、小さな体いっぱいに空気を吸い込み吠えた。
「アオォォォォォォォォォンッ!」
「うわっ!」
大隧道内をかけめぐるサイレンのごとく、オライオンの咆哮がこだまする。
子犬ほどの体が発しているとは思えない大音量に、キトは反射的に抱いていた手を離し、ヘルメットの上から自分の耳を抑えた。
突然手を離されたせいで、キトは手を放してしまった。
オライオンはキトの足の上に着地すると、悪びれるどころか不満そうな顔で見上げた。
「あ、ごめん。でも、オライオンだって悪いよ。……びっくりしたあ」
大隧道の壁面にずらりと並んだ照明が、明滅しては消え、突如周囲は暗闇に包まれる。
そして、デラダン達の困惑の声が響いた。
「うおっ! なんだ今のでけえ遠吠えは……て、おい! なんで止まる! こいつ! おい! 動け! このポンコツブーツ! って、暗えぞ! どうなってやがんだ!」
「うひっ……あ? モービルが止まって……あれ? レンズも映らない! ……停電?」
デラダンは立ち止まり、停止したブーツを罵倒しながら暗闇に怒りをぶちまける。
一方、ユイークもオートドライブが停止してモービルが倒れてしまい、何も映らないレンズディスプレイに困惑し、暗闇の中でしゃがみこんだ。
闇の中で、紅蓮の炎を纏うグエンだけが、熾火のごとく仄かに照らされていた。
動揺する二人の声を聴き、満足げに微笑む。
彼のすぐ横で、腰を抜かしたジアが四つん這いで逃げようとしていた。
「そのまま逃げるなら見逃してやる。お友達にもそう伝えてやれ」
「ふぁ、ふぁいっ!」
ジアは振り返らず、もつれる足を必死に動かし闇雲に走った。




