1-35.圧倒
ヘビークラストは急ブレーキをかけた。ブーツ底のタイヤがアスファルトを擦って甲高い音を立てて減速すると、タイヤを再駆動させて急旋回してみせる。
人の倍以上はある重銀製の黒い掌を広げ、グエンの胴を薙ぐように右アームを払う。
(受け止められるか? いや、この図体、おそらく止められん!)
グエンは小さく垂直に跳ぶ。視界の右端を走るモービルの姿を捉えながら、迫るヘビークラストの掌を蹴り、その反動を利用してモービルに向かった。
ヘビークラストから拡声されたデラダンの声が響く。
『ぬあ! オレの腕をジャンプ台にしやがった!』
モービルはグエンの横をすり抜ける算段だったが、ヘビークラストを利用したグエンの大跳躍に捕捉される。遠隔操作を補助していたユイークが、モービルに高圧電流を帯電させたが、グエンの軍刀には無意味だった。
大上段から振り下ろされた軍刀が、走行中のモービルのフロントフォークを切断する。
ユイークとジアが同時に悲鳴を上げた。
「あああ! あたしの完璧な作戦が!」
「わ~! 僕のモービルが~!」
ジアは自作のモービルを二台とも破壊され、しかもフロントフォークを切断されるという大きな被害にショックを受け、へなへなとその場に崩れ落ちる。
前輪を失ったモービルは横転し、回転しながらアスファルトの上を滑った。
バシュッ。
転がるモービルから発せられた射出音と共に、黒い影が飛び、グエンの脇を掠めていった。
離れた場所からユイークの悲鳴が上がる。
「あぎゃぎゃ!」
捕獲用スタンネットに絡め取られ、感電するユイーク。
(やはり、あのモービルでキトを狙っていたか……)
グエンはキトの方向へ振り向くと同時に走る。
火焔文様が燃え上がり、全身を熾火のような膜が覆う。超常的な身体能力を宿したグエンは、速度を爆発的に上げ、チーターのように疾走した。
向かうは、方向を変えてキトへ接近するデラダン機。
キトは自分が襲われることを想定しておらず、体を硬直させて声も出なかった。
「ひ」
小さな悲鳴が漏れただけで、モービルのシートに座ったままだ。
キトの目には、黒い鎧の巨人が覆いかぶさってくるように見えた。
デラダン機とキトの距離は、すでに三メートルまで縮む。
驚異的な速度でその差を縮めるグエンだが、ヘビークラストの方が一手速い。
モービルのシート上には、震えるキトとグエンの愛機【グランディア】を守るように、子犬のようなオライオンが四つ足で立っていた。
グエンが叫ぶ。
「オライオン! やれ!」
オライオンの耳がピクリと動く。
大きく息を吸い込むと、白い毛皮に覆われ、虎縞模様の浮かぶ小さな胸が膨らんだ。
耳と尻尾がピンと立つ。
そして、咆哮が轟く。
「アオォォォォォォォォォンッ!」
「ひぇっ」
大隧道内を駆け巡るサイレンのごとく、オライオンの咆哮がこだまする。小さな体から発せられたとは思えない大音量に、隣に座るキトは反射的に垂れ耳を押さえた。
大隧道の壁面にずらりと並んだ照明が次々と明滅し、消えていく。
横転したモービルのライトが消え、キトに迫るヘビークラストが目前で停止すると、周囲は完全な暗闇に包まれた。
闇の中に困惑の声が響く。
ユイークは感電しながら声にならない声を上げ、ジアは壁にもたれて言葉を失う。
完全に機能停止したヘビークラストの中でデラダンは叫んだ。
「おおい! 真っ暗じゃねえか! なんで止まりやがった! おい! 動け! このポンコツ! って、出れねえぞ! どうなってやがんだ!」
ヘビークラスト内の怒声は、重銀という金属製の棺桶に閉じ込められたようなもので、外にいるグエン達にその声は届かなかった。
キトも困惑しながら周囲をきょろきょろと見回すが、照明を失った高さ三百メートルもある大隧道内の闇は深く、何も見えない。
暗闇の中で、ぽうっと光が灯る。
グエンの纏う炎が、周囲を照らした。
「ふう。危なかったな。さすが相棒だ。一日一発の大技、使わせちまったなあ」
グエンは石像のように立ち尽くすデラダン機の真横まで歩み寄ると、軍刀でヘビークラストの脛を叩き、音を確認する。ゴンゴンと重く詰まった音が返ってきた。
「この音と、股間部分から膝までの長さを察するに、たぶん膝から下は全部機械だな。なら、脛ならぶった切っても平気だろ」
軍刀【濡焔】を振りかぶり、ヘビークラストの左脛へ振り下ろす。
ガギィンッ。
クリアブルーの刃先が黒い装甲に食い込みはしたが、ほんの数センチで止まった。
「硬いなあ。重銀製か。……ってことは、鋼鉄製よりもずっと重いだろ。何トンあるんだこいつ。受け止めなくて正解だったよ」
グエンを覆う炎が勢いを増す。
熾火のような炎は揺らめき、逆巻く炎を上げると、グエンを炎の柱と化した。
炎がクリアブルーの刀身に集まると、蒼氷の刃は紅蓮へと染まり、黄色、そして白い焔へと変化した。
グエンは腰を落とし、大きく右足を踏み出していたヘビークラストの両脛へ刃を振るう。
白焔の尾を引く一文字斬り。
太腿ほどの太さがある重銀装甲製の両脛が断ち切られ、ヘビークラストはゆっくりと横へ傾き、重い振動と共にアスファルトへぶつかると、機体は左右に揺れ仰向けに倒れた。両脚グリーブ装甲の断面は溶断されて赤熱し、暗闇にうっすらと浮かび上がる。
グエンは仰向けのヘビークラストの脇を通り、モービルのシートに座るキトの前に立った。
「キト、走れるか?」
「え、う、うん」
「なら、俺のあとについてくるんだ。あ、オライオンを抱いててやってくれ。さっきのでたぶんヘトヘトだ」
「わ、わかった」
「クゥゥン」
キトはモービルから降りると、オライオンを抱き上げる。尻尾を下ろして元気のないオライオンは、大人しくキトの腕のなかに収まった。
グエンは軍刀【濡焔】を赤く燃やして松明代わりに照らし、駆け出す。
キトはその炎を頼りにあとを追った。
大隧道路の壁際では、ジアが暗闇の中で手探りでクロスボウをいじくり回している。通常であれば電源スイッチを押すと、スコープの液晶パネルなどに明かりが点くのだが、いまはなんの反応もなかった。
「え~、な、なんで~。充電式だから停電関係ないのに~。あ、アハテルもそう燃料シリンダーだから関係な……」
足元が赤く照らされているのに気づき、ジアは顔を上げる。
目の前に、炎の軍刀を携えたグエンが立っていた。
悲鳴を上げるよりも早く、グエンは右ベルトから小太刀【鐘岩徹】を引き抜いて、クロスボウの弦を切ってしまった。
弓部分が弾けた反動でジアはクロスボウを地面に落とし、尻もちをついた。
「あ、あわわわ。い、いついつきききたの」
グエンは炎で照らされたクロスボウを凝視する。装填された鏃が特殊だった。尖った鏃ではなく、鏃にしては大きな円筒形の平たい物がついている。
「その鏃、もしかしてそいつも警棒やモービルみたいに麻痺するやつか?」
「そ、そそそ、そそ」
ジアは恐怖で震えて言葉にならないが、グエンは肯定と受け取った。
肩に燃える軍刀を乗せ、大きくため息をつく。
上方からふっと光が注ぐ。消えていた大隧道の照明が点いた。
ユイークはネットに絡め取られ、アスファルトに倒れたままレンズディスプレイを見て唖然とした。
ゴーグルが捉えているのは、火焔文様を頬に浮かべ、炎の軍刀を持つグエンの姿。
「な、なんだこれ。銀圧探知に反応……熱エネルギー2100Mcell?」
銀圧反応とは、重銀を燃料、または原料にした熱反応を探知すること。つまり、エンジンなどの熱量を色や数値で測ることができる。
「この数値、ジェットエンジン並みだっての……。なんかの間違い……やり直しても同じ数値って……あいつ、なに……? 人間じゃないでしょ……これ」
ゴーグルを頭上に捲し上げ、異常な結果を伝えようとしたユイーク。
明かりがつき、明瞭になった眼前の光景に息を飲む。
ジア自慢の、治安維持部隊と同性能を持つヘビークラストが破壊され、倒れていた。オートドライブで動かしていたモービルも二台とも転倒し、すでに使い物にならない。
よく見れば、兄のジアもグエンの足元で小太刀を突き付けられ、腰を抜かしていた。
事態を呑み込み始めた途端、ユイークの中に恐ろしさがこみ上げ、青いゴーグルの下、栗色の大きな瞳から涙が溢れる。
「ば、ばけものじゃん……。な、なんなのよお……う、うう」




