1-36.矛盾する矜持
グエンは右手に持っていた小太刀を鞘に納め、手ぶらでデラダンの方へ歩いていく。
高機動具足【颶風一式】は完全に沈黙しており、デラダンは今や鈍重なだけの具足を履いた状態だった。
両手にそれぞれ一本ずつの鉄パイプを握りしめ、ガニ股歩きでグエンへ歩み寄る。
「くそっ! 脱げもしねえ! ったく、このタイミングで故障とはよ、てめえも運の良い野郎だぜ。お? ……なんか、おめえ光ってねえか?」
「お前も逃げるなら見逃してやるぞ? そろそろ諦めろ」
「うっるせぇ! このチビが! 誰がてめえなんぞから逃げるかよ!」
デラダンはグエンに向けて右手の鉄パイプを力任せに振り下ろした。
事も無げに避けられ、空を切る鉄パイプ。
逆上し両手の鉄パイプを力任せに振り回し続けるが、空気を切る音が大きくなっただけだ。
軍刀の護拳に左手を添えたまま、グエンは刀を抜くでもなくただデラダンの攻撃を避け続けていた。
次第にデラダンの動きも鈍り、大きな肩は荒れた呼吸で上下し始める。
この間も、グエンの頬には紅の火炎文様が浮かび、体には熾火の如く輝く、膜のように薄い赤い炎に包まれていた。
「く、くそが! はあ、はあ、な、なんだってんだ! てめえは!」
「俺が誰か聞きたいなら、まずはお前が自己紹介すべきだろ。襲ってきたくせになあ」
「さっきのやたら速え動きに、その赤いの……妙なガラスの剣は感電しねえし、俺様の攻撃はあたらねえし! どうなってやがんだ! てめえ!」
「ん、あと、そのブーツやモービルも止めてやったしな」
「あ? な、なんだと? あれは故障……」
消えていた大隧道内部の照明が付き始めた。
「まあ、細かい話はいい。そろそろ、いいだろ。ほら、尻尾を巻くの手伝ってやるから、もう帰れ。お仲間はもう戦意喪失してるぞ」
グエンが親指で示す壁際には、肩を寄せてしゃがみこんでいる小さな二人の人影があった。
ジアが壁にもたれかかる様にうずくまり、ユイークがその背を抱いてゆすっている。
「う、うう……」
「ジアお兄ちゃん! ケガした? 大丈夫? ねえってば!」
「こ、怖くて……おなか痛くなっちゃってぇ……」
「ケガはない? おなか痛いだけ?」
「そ、そう」
「……もう! びびらすなよ! ダメジア! あたしだって暗いの怖かったんだからあ」
ゴーグルを頭にかけたユイークは、指で涙を拭いながら兄の背中を叩く。
そのまま力なくしゃがみこむ兄に肩を寄せ、妹もへたり込んでしまった。
「盗賊ごっこも潮時だ」
「くっ……! ジア! ユイーク! おめえらは逃げろ!」
「あ、兄貴も逃げようよお。びえええ」
泣き出すユイークの横で、ジアも頭を大きく上下に振っている。
デラダンは二人の視線を受け止め、眉間に深い皺を寄せながらグエンを睨むと、仲間の姿を遮るように立ちはだかった。
「男が背中を見せられっか! 行け!」
ジアとユイークの二人は互いに目を見合わせ小さく頷くと、支え合いながら立ち上がり、よろよろと大隧道の奥を目指して歩き出した。
「ぶっ潰してやるぜ!」
相も変わらず力任せに振るわれる鉄パイプはかすりもしない。
「おいデカブツ。殺るつもりなら黙ってやれ。わざわざ宣言するな」
「うるっせえ! はあ! はあ!」
「ったく、エンブラ相手なら、ただぶった斬ればいいから楽なんだが……」
痺れを切らしたグエンは濡焔を抜き、両方の鉄パイプを斬り飛ばす。
握り部分だけを残し、切断されたパイプは地面に落下し金属音を響かせた。
グエンは転がる鉄パイプを一瞥し、持ち主の目を見据える。
「ほら、言い訳は作ってやったぞ」
「鉄パイプをちくわみてえに斬りやがって……な、なんなんだってんだ、てめえはよ……」
「いや、もう逃げろって」
「う、うるっせえ! 男に二言はねえ! 俺様がてめえをぶっ潰す!」
「男? ほう、キトみたいな子供をいじめるのが、お前の言う【男】ってやつか?」
「……そ、それは、クエスタの仕事だからだ!」
「弱い者いじめの依頼を受ける、いっぱしの男なんているのかねえ」
「う、うるっせえ! じゃあ、てめえはなんだ! クエスタの人間のくせに、命令を無視するってのか!」
「キトを守ると約束したんでね。男なら、約束は守るもんだと思わないか? だいたい、俺はそんな命令知らん」
「約束だあ? んなもん……」
「よーし、わかった。もう面倒だ。その性根、直接叩き直した方が早そうだ」
グエンは濡焔を鞘に納めると、胸の前で両拳をぶつけて見せる。
その頬に火焔文様はなく、体を覆う膜のような炎も消えていた。
「俺様の……性根を叩きなおすだとおおお!」
デラダンの顔が紅潮すると、みるみるうちにスキンヘッドに血管が浮き上がり、ハートをモチーフにした刺青が歪む。




