1-33.排除命令
デラダンはニヤニヤと笑みを浮かべながら、グランディアの目前まで歩み寄った。
胸の前で丸太のように太い腕を組み、仁王立ちで立ち塞がる。
モービルに乗ったままのグエンを見下ろし、その後ろで頭を下げて小さくなっているキトをじろりと見た。
「降りな! なに、ちょっとした確認だ!」
「確認? ったく、面倒だな」
「あわわ……わ……?」
グエンがモービルから降りると、キトは慌てた。運転手を失ったモービルが倒れてしまうと心配したのだが、それは杞憂に終わる。
モービルはアクティブジャイロシステムが働き、無人でも直立したまま車体の姿勢を保っている。
安堵のため息をつくキトに、グエンはサングラスを手渡した。
「サングラスは割れると面倒だからな。しばらく持っていてくれ」
「あ、あの、ボクのせいで……ボ、ボクが獣人で外輪だから……」
「ん? 関係ないだろ、こういうのは。ははは、ま、俺に任せろ」
異変を察知したのか、オライオンが目を覚ました。
パニアケースの中から顔を出し、耳をしきりに動かして周囲の音を探る。モービルの傍に立つグエンと目が合うと、ねぐらから飛び出してシート上を駆けた。
キトの青いツナギを駆け上がって飛び越え、運転手のシートに着地する。
寝起きにもかかわらず俊敏なオライオンは、相棒へ胸を張るように見上げていた。
「モービルは任せろって顔だな? 留守は任せたぞ、オライオン」
「ウォン!」
オライオンは差し出された手のひらに頭を擦り付け、一声鳴いた。
グエンはモービルの車体から軍刀【濡焔】を外し、腰のホルダーへ固定すると、道を塞ぐスキンヘッドの大男、デラダンの前に立った。
グエンよりも頭一つ分以上大きいデラダンは、仁王立ちで睨みを効かせる。
入れ墨が彫られたスキンヘッド、がっしりとした顎骨、実年齢よりも一回り以上年上に見られる彫りの深い目鼻立ち。そして何より、215cmの身長を誇る筋骨隆々の巨躯は、腕を組んで立っているだけで圧倒的な威圧感がある。
デラダン・ジャフス。二十歳。自覚も見た目も、いっぱしのゴロツキだ。
対峙するデラダンはグエンを見下ろしながら、ユイークからの合図を待っていたが、一向に開始の合図が聞こえてこない。
一方、ユイークはピアスだらけの右耳を撫でながら、しきりに何かを呟いている。
一定のリズムで地面を叩く右のつま先に合わせ、腰まで伸びた栗毛のサイドテールが大きく揺れていた。その苛立たしげな様子に気づいたジアが彼女の傍に駆け寄ると、予想通り、不機嫌そうな悪態が聞こえてきた。
青いゴーグルのレンズディスプレイ、その内側では、テキストコードが高速で流れては消え、エラーコードを吐き出し続けている。
「はあ? あんだけデカい車体しておいて外部システムと一切同期してないって、何? いつの時代の鉄屑だよ……GLANDIA? 製造されたのは60年前の? とんでもないロートルじゃない!」
「グランディア~? やっぱり~、そうだよね~。一目見た時からそうじゃないかって、あのね~グランディアって~グランテの前進になった歴史的名車で~参考画像送るね~」
「ジア兄、うっさい! 今は機械オタクに話聞いてない! ああ、もう、なんだよ……どっか侵入できるとこないか……」
「いいもの見ると、落ち着くよ~。ほら~これ~。グランディア載ってるし~。すごいよね~、カイネ製六十六年式のモービルだって~」
「ちょっと! なにこの画像、邪魔! ああ、もう。……だめだ! 兄貴ー! それ奪えない! オフラインの鉄くず!」
「鉄くずじゃないよ~。名車だよ~」
ジアは一方的にモービルの電子カタログを送るが、ユイークはレンズディスプレイ上でそれを即座に消すと、デラダンに向けて両手を交差させて見せる。
失敗の合図を見たデラダンは、その太い中指でデッキブラシのような顎髭をかく。
「ちっ、しゃあねえ! ならプランBでいくぜ!」
「プラン? あのな、デカイの。こっちは検問ごっこに付き合うほど暇じゃないんだ。大した用が無いなら、ここを通して貰えるかな?」
グエンの声に緊張感はなく、まるで顔なじみの店員に声をかけるような口ぶり。
それはデラダンにとって初めての経験だった。デラダンの巨躯ですごめば、これまで対峙してきた人間は全員が怖気づいたからだ。
「ならよ、ちっとばかし痛い目を見なきゃわかんねえようだな!」
デラダンは右太ももにベルトで固定されたホルスターから、伸縮式特殊警棒【スタンロッド】を引き抜く。勢いよく振られたスタンロッドが、シャコンシャコンと音を立ててシャフト部を展開する。直後、伸びきったシャフト部が放電し、青白いプラズマを纏った。
バチバチと音を立てるスタンロッドが、キトへ向けられる。
「用があるのはおめえじゃねえ! そっちのガキだ!」
モービルのシートに乗るキトの肩が、大きく震える。
グエンが間に立っているとはいえ、武器を向けられるのは恐ろしかった。
ヘルメットに隠れた垂れ耳をキュッと閉じ、シートを掴む手に思わず力が入る。
面と向かう当のグエンは顔色一つ変えず、疑問を投げかけた。
「だから、何の用だって聞いているんだが? その、光る棒の即売会でも始めるのか? 夜道を照らすには普通の懐中電灯の方がいいんじゃないか? ん?」
「だ、だれがそんなことするか! ……そのガキは有名だからよ、知ってるぜえ。外輪労働者の亜獣人、キトだ。ユイーク! 説明してやれ!」
デラダンに促されたユイークは、ゴーグルレンズ上に映した文章を読み上げた。
「無知なお前ら! 美少女兼天才ハッカーのユイーク様が教えてやる! よく聞け! クエスタ公式の命令だよ! 大隧道内部全域に対し、クエスタ職員及び準職員に準ずる者以外の立ち入りを禁止する! これに従わない場合は、強制排除の対象とする! だってさ! ローガー会長のお墨付きだからね!」
言い終わる彼女の傍らで、ジアが小声で呟いた。
「ユイーク、そういう言い方あんまり良くないよ~」
「じゃあ、あんたが言い直しなよ。ほら」
「え~……なら~、いいかな~」
ジアは前髪に隠れた目を伏せ、ユイークの陰に隠れるように身を引く。
コソコソと交わされる二人の会話は、グエンとデラダンには聞こえていない。
だが、緊張感もなく弛緩したその表情と仕草は、グエンの目には稚拙に映った。
(おままごとでもしに来たのかね……こいつらは。どうしてやろうかなあ)
半ば呆れているグエンの胸中など知らず、デラダンは強気で話を進める。
「っつー訳でよ、ローガー会長の命令で、大隧道の中はクエスタの人間以外いちゃいけねえんだ。これはれっきとした公式依頼だぜ?」
「なるほど。そんな御触れがあったのか。知らなかったよ」
「おうよ。で、本当ならそっちの小僧は通れねえんだけどよ。まあ、けど今日は特別だ。それなりの【通行税】を払えば、奥に行かせてやるぜ」
通行税。この一言で、グエンはデラダン一味への対応策を固めた。
死なない程度にぶっとばそう、と。




