1-32.大隧道へ
正午前の内輪地区、三番道路。
真新しいアスファルトが敷き詰められた道路を、グエンの駆るモービル【グランディア】が走行していた。
暖かな風が赤髪をなびかせ、燦燦たる陽光に照らされて輝く白雲が、サングラスのレンズの中を流れていく。
「これが、大隧道とやらか」
モービルのハンドルを握りながら呟く。
サングラス越しの黒みがかった視界の先には、片側三車線、計六車線の道路を飲み込むように大口を開けた巨大なトンネル【大隧道】があった。
大隧道の背後には平均標高5000mを超える守護山脈が、地平の彼方まで続いている。
グエン達はクエスタ本部前からでバスに乗った後、内輪地区から商業地区へ移動していた。
駐車していた愛車グランディアを回収し、今に至る。
グエンの座る運転手シートの真後ろ、縦一直線に並ぶシートの中間にキトが座っている。
ぶかぶかのヘルメットの角度を直しながら、グエンの肩越しに大隧道を見つめていた。
古びたゴーグルの奥、その瞳は何を捉えるわけでもなく落ち着かない。
「だ、大丈夫かなあ……」
不安に押し出された言葉が、つい口から洩れてしまった。
しかし、80kmほどで走行するモービルの風切り音は大きく、小さな不安の声などあっという間に飲み込んでしまった。
グエンが叫ぶ。
「キト! このまま大隧道に入るぞ!」
「う、うん」
大きく頷いた黒いヘルメットが、バックミラー越しに動いて見えた。
キトの返答を確認し、グエンはグリップを回す。
グランディアの空気を震わせる重低音が路面を叩き、重い車体を滑らかに加速させた。
「……が、外輪のボクがいても……大丈夫、かなあ……うう……」
「ウォン!」
強風の中、ねぐらから抜けだしたオライオンがシートの上にちょこんと座っていた。
キトは風にはためく白く柔らかな体毛を撫でた。
「ウォフ」
撫でられ上機嫌になったオライオンは気の抜けた声で鳴いた。
おもむろに踵を返すと、運転中のグエンの背中をするりとよじ登り左肩に座る。
オライオンの白く柔らかな毛並みが強風に激しくなびく。
グエンはハンドルから左手を離し、相棒の鼻先を撫でた。
「お前はさすがに身軽だな。キトとの会話を繋いでくれると助かるんだが」
グエンの耳にキトの言葉は届いていなかった。
だが、声の節々は聞こえており、何かをしゃべっていることぐらいはわかった。
(モービルで移動するなら、インカムがいるな。クエスタの支給品に無いか聞いてみるか。キトの小さな声じゃ何を言ってるか、わかんねえからなあ)
高さ300mを超す大隧道は接近するほどに大きかった。
モービルが突入しても、あまりに巨大な構造のせいでグランディアの重い鼓動音が反射してこない。
トンネル壁面には照明が規則的に並び、ひたすらまっすぐ伸びた六車線の道路が、合わせ鏡に映る無限鏡像を思わせた。
「異世界に続くと言われた信じられそうな光景だな」
大隧道内の広大な内部を照らす照明は、その壁面に散りばめられ、風を切り走るグランディアの黒いボディに映り込むと、流星群のように煌めいていた。
大隧道内を走ること10分弱。
変わらぬ景色に飽きたオライオンは、ねぐらに戻って寝てしまった。
走行中すれ違う車両のほとんど、が採掘した鉱石を満載に積んだダンプばかりだった。
他は、グエン達のように少人数で移動するモービルと、クエスタ隊員の為に定期運行されているバス。
どれもが内から外へ行く車両で、外部から内部へ移動する車両は見かけない。
変わらず規則的に配置された壁面の照明が視界を流れていく。
時折、壁面側に設けられた非常口扉が見えた。
ふと、進路上に強い光が差す。
「サングラス越しでも眩しいじゃねえか。なんだ、あれは」
明らかに走行を妨害する意図を感じるライトを受け、グエンの眉間には皺が寄る。
グエンの肩越しに前方を見ていたキトも目を細めた。
300m、200mと距離を縮めるにつれて光源が明らかになった。
前方には、三台のモービルがこちらを向いたままライトをハイビームにして右側三車線を塞いでいる。
細目で凝視していたキトがはっとして声を上げた。
「グ、グエンさん。止まっちゃダメ」
キトの小さな声は風音にかき消された。
前方に立ち塞がる三台のモービルの前には、展開された蛇腹状のバリケードが道を封鎖している。
「なかなか挑発的だな、こいつら。反対車線に出て迂回もできるが……ま、止まってみるか」
「外輪狩りだ……ボクがいるから……」
「外輪狩り?」
速度を緩めたおかげで、小さく震えるキトの声が聞こえた。
グエンはブレーキをゆっくりと握り、バリケードの1m手前でモービルを停車させた。
アイドリング状態のモービルにまたがったまま声を張り上げる。
「ご丁寧に足元照らしてくれてありがとよ! で、お前ら! 俺たちに何の用だ!」
精悍なグエンの声はよく響いた。
道路を塞ぐ3台のモービルは一斉にライトを消す。
大型のモービルを中央に据え、両脇に中型のモービルが並び、それぞれに運転手がいる。
三台とも同じカラーリング。黒色をベースに、フロントカウルとフェンダー、シートカウルにエメラルドグリーンの差色が入っていた。荒いブロックパターンも同じ。
最初に、中央のひときわ大きな車両に跨っているスキンヘッドの大男デラダンがモービルから降りた。
「おうおう! 待ってたぜ!」
デラダンの身長は2mを優に超えている。
クエスタ隊員の制服、カーキ色のフライトジャケットの上からでも、分厚い胸板と隆起した肩、丸太のような腕の筋肉が圧倒的な存在感だ。ベージュ色のズボンからも、はち切れんばかりの大腿四頭筋の陰影がはっきりわかる。
スキンヘッドにはハートを模した刺青が施され、口と顎にはデッキブラシのような髭が生えていた。
続いて両サイドのモービルから、デラダンの舎弟である双子の兄妹ジアとユイークが降りる。
「今なら周囲に車両なーし。クリアー!」
「ほ、ほんと~? だ、だいじょぶかな~……いやだな~……」
「まーた、ウジウジジアのぼやきがはじまった。天才のあたしがサポートするんだから、大丈夫に決まってるってーの!」
二人とも華奢な体つきは共通しているが、外見と性格は対照的だ。
兄のジアは栗毛の前髪が大きく垂れ、目はおろか鼻先まで隠れている。
灰色の作業着は大きく、ぶかぶかでサイズがあっておらず、腰のツールベルトには大量の工具が刺ささっていた。
一方、妹のユイークは栗毛を左側頭部で無造作に縛り、大きな青いゴーグルをかけていた。
白衣をコート代わりに羽織り、へそ出しの黒い短いハーフトップと、黒いショートパンツ姿。
ユイークは、ゴーグルにはめられたレンズディスプレイを凝視する。
映し出されては流れるテキスト形式の情報を、ひたすら目で追いかけ、レンズ越しに映るグエンの愛機、グランディアを解析していた。
「何あのモービル……完全にオフラインって、どうなってんの?」




