1-29.専属ガイド契約
(オライオンが嗅ぎつけるほどつらい思いをしているのか……)
キトとオライオンの様子を見守りながら、グエンは一拍おいて口を開いた。
「キト、何か困っているのか? 俺が力になるぞ」
「え……えっと……あの、ぼく、追い出されちゃうから」
「追い出される? 家からか?」
「う、ううん。バナーバルから……」
「そりゃ大事だな。何かしたのか?」
「えっと、ぼく、難民で、難民は仕事をしてないと住んじゃダメだって」
「キト、何歳だ?」
「えっと……10歳だよ」
「10歳にこの仕打ちか。……キトは毎日仕事してるのか? 生活費は自分で稼いでるのか?」
「う、うん。でも、難民はお金貰えないから、秘密でお手伝いとかしてお金貰ってたの」
「秘密で。ああ、その秘密がバレて何かおきたのか」
「う、うん……そ、そしたら、難民じゃなくなって、も、もう、住んじゃダメだって……ううう……」
会話の途中、キトは堪え切れずに涙をこぼし、視線を落とした。
すぐにオライオンが頬を舐め、溢れ出る雫を追い払う。
見かねたグエンの口から、反射的に言葉が漏れた。
「キト、お前は俺が守ってやる」
「……え」
「どこをどう考えても、まだ小さなキトがこんなに苦しんでいるのはおかしい。俺がなんとかしてやる。安心しろ、俺が守ってやる」
「え、え……」
聞き慣れぬ言葉に、キトは何を言われているのか理解できなかった。
グエンとしても、断片的な情報だけでは状況が把握できていない。
だが、泣いている少年と、慰めるオライオンの姿を見て黙ってはいられなかった。
「キトはバナーバルに詳しいか?」
「え、と、あの、大隧道で仕事してるから」
「よし、なら、大隧道のガイドとしてキトを雇おう。今から、キトは俺のガイドだ!」
「ガイド……って、何をすれば……。あの、勉強とか苦手だから……」
「大丈夫だ。頼みたいのは、大隧道への案内。もちろん、キトのわかる範囲でかまわないよ。俺はこの町に来たばかりだから、キトの助けがあると嬉しい。実を言うと、さっきクエスタの正規隊員になったばかりの新米でね」
穏やかな声で語り掛けながら、持っていた紙袋から銀色のエンブレムを取り出し、ジャケットの襟元へ留めた。
青みがかった銀のエンブレムの意匠は、クエスタの象徴である交差した剣とツルハシ。
そのデザインを見て、キトは小さく頷いた。
「ほ、ほんとだ。あんない……あ、えっと、そ、それならぼくでもできる、かなぁ……」
「さてガイド料だが、一日あたりいくらあればいい?」
報酬の交渉を進めながら、グエンは右の腰に固定されているダガーを撫でた。
(俺の手持ちは20万。いや、こいつを買って残り19万ギン……。初任給の20万ギンは一か月後。俺とオライオン、キトの三人で一か月をしのげば、なんとかなる……。まあ、いざとなったら、この掘り出し物を売ろう。少し心は痛むが……)
見上げていたキトは首を傾げた。
「い、いくら? ……えっと? ガイド料って……?」
「報酬、金の話だ。前の仕事ではお金はいくら貰っていた?」
キトは表情を曇らせてうつむく。
「あ、あの、ご飯とか作業服とか貰えるのがお仕事だから……わかんなくて」
「……現物支給ってことか。どういう労働環境なんだ」
「あ、あの、働けば住む部屋があって、ご飯が貰えるから……」
彼の置かれている状況を知るにつれ、グエンはわずかに顔しかめた。
だが、悪気はないとはいえ、ここで憐憫を表情に表すことは、彼を傷つけてしまうかもしれない。
そう考えたグエンは、努めて平静を装う。
「じゃあ、こうしよう。ひとまずは寝るところと食い物を提供しよう。まあ、俺と一緒の部屋になるかもしれないが……これから依頼をこなしていく中で、キトの力を借りていく。たくさん手伝ってくれれば、部屋とご飯以外にも、キトの活躍に応じて現金を支払う。……とかで、どうだろうか」
(現金をなんとか早めに稼がないとな)と、グエンは心の中で言葉を付け加えた。
待遇の提案を受けたキトは、ぱっと表情を輝かせた。そして、両手の拳を強く握りしめる。
「う、うん! えっと、夜はテントとかで寝れるの?」
「テント? いやいや、安めだろうが、ホテルとかちゃんとしたとこに寝かせる。衣食住の心配はいらないさ」
「う、うん。やったあ。……ホテルなんてはじめてだ」
グエンは広げた右手をキトに差し出した。
「よし、交渉成立だ。頼むよ、キト」
「は、はい。ぼ、ぼくの方こそ、えっと、お願いしますです」
「ああ、俺の方こそよろしく頼む」
(……あ、これもチームってことになるのかな。四人ねえ……)
二人は握手を交わした。
すると、オライオンがキトの膝から、グエンの肩へと駆け上っていく。
「ウォン! ウォン!」
「う、うん。よろしくね」
「オライオンもわかってるのかもな。さーて、最初のガイドだ。キト、バス停ってどこにあるんだ? モービルを置いてきた商業地区とやらに戻りたいんだが」
「えっと、ここに止まるのはクエスタ本部の正面で、乗る所は左側の駐車場の手前にあるよ」
「おお、さすが専属ガイド。やるな」
「へへへへ」
照れ隠しに笑うと、早速ガイドを始めようと駆け出した。
オライオンも肩から飛び降りて、一緒に走り出す。
「こっちだよ!」
「ウォン! ウォンウォンウォン!」
「すぐに走るやつが二人になっちまったか。こりゃあ想定外だ。大人はそう頻繁に走るもんじゃないんだが」
元気よく並んで走るキトとオライオンの後ろ姿が、小さく跳ねる。
グエンは嬉しそうにぼやき、ベルトに吊るした軍刀を左手で抑えると、渋々駆け出した。
無事にバス停についたグエン達の前へ、循環バスが時刻通りに滑り込んだ。
開いた昇降口に乗り込む直前、手持ちの小銭で足りるかと乗車賃を計算しはじめたグエンに、キトが助言する。
「あ、グエンさん、モバイル。モバイルで払えるよ」
「なに? あ、そんな説明を受けたような気もするな。……やるなあ、キト」
「え、えへへへ。あとね、クエスタの隊員さんたちはバス乗るのタダだよ」
「な、なんだと……。なんでも知ってるじゃないか。よし、キトの分だけモバイルで支払おう。が……どうやって?」
グエンはモバイルを片手に困惑した。
モバイルの液晶を指でなぞり、裏返してもみるが、要領がつかめない。
立ち止まっているのが待ちかね、オライオンがグエンの肩によじ登り、側に立つキトと一緒に画面を覗き込む。
「あ、ここだよ。ここにモバイルをかざして」
「ほう、本当にやるなキト……。これは自動で後払い……かな、きっと。差し込んだりしないのか……おお」
グエンは促されるままに、昇降階段脇に設置された機器にモバイルをかざした。
チャリンッと乾いた電子音が鳴った。
表示が切り替わり、通過を許す。
昇降階段を上り、車内の時計を見れば、13時手前。
利用者の少ない時間帯のおかげで車内は無人、貸し切り状態だった。
キトは一番奥の席へ走り、窓側に陣取った。
続くオライオンは膝の上に丸まり、グエンはのんびり歩いてその隣へ腰を下ろした。
ほどなくして走り出す循環バス。
椅子に座って間もなく、グエンのモバイルからシンプルな電子音が鳴り始めた。
「なんだ? これ」
グエンはモバイルを取り、画面を見ると『依頼案内』という文字が表示されていた。
「キト、これはなんだかわかるか?」
「んと、えっと」
キトはモバイルの液晶を数度タップすると、通知内容を選択し展開した。
内容は、グエン宛てに送られてきたクエスタの依頼一覧だった。
「えっと……グエンさんのお気に入り依頼だって」
「お気に入り? どういう意味だ? どれ」
『依頼案内』
・邪神ヌリヴガルミューの血盟書探索
・信奉者の地下塔発掘の護衛
・永燐の剣レプリカ作成補助
・古代ダニア語辞典デネエピナエ収集
・求む!呪いの解き方
・床下収納から悪霊が出た
画面に並ぶ依頼名を見た瞬間、グエンの表情が固まった。
「なんか、偏ってないか、色々と……こう、オカルトばかりだな……」
「うわあ……こわそうなのばっかり……」
「まともそうなのはないからな……っていうか、こんな案件どこで仕事するんだよ」
「えっと、たぶん、大隧道に繋がってる地下ダンジョン……かな」
「まさか実在するのか? ……なるほど。しかし、なんでこんなマニアックな依頼ばかり……あ」
さきほどのクエスタ隊員登録時に、ユイナがグエンに代わりモバイル操作をしていたのを思い出した。
その際に『グエンさんにぴったりの案件を優先的にお届けします』と彼女は言っていた。
(俺にぴったりの案件が邪神に悪霊? この胡散臭いラインナップがぴったりだと?)
グエンは呆れながらも案件をタップしてみた。
長々とした文章の内容は、存在するかもわからない邪神の遺物を探すというもので、グエンの興味をそそるようなものではなかった。
(食指を動かすというもんじゃ……ん?)
しかし、成功報酬50万ギンの項目を見つけた途端、その指がぴたりと止まった。
「マジか。これ、50……」
「あ、それ、ヌリブは、死んだ人を動かす怖い神様だよ」
横からモバイルをのぞき込んでいたキトが、依頼文を見て即座に反応した。
「お、おう、詳しいなキト」
「えへへ、この本に載ってるから」
キトは嬉しそうにカバンに括り付けてある『世界樹巡行記Ⅰ』を撫でた。
その屈託のないはにかんだ表情を目の当たりにしたグエンは、いつかこの案件を受けるかもしれないなと覚悟した。
「一発で50万ギンはでかいぜ……」
グエンとキト、オライオンを乗せたバスは、エアサスペンションの柔らかな乗り心地で、内輪地区の入口でもある六番環状擁壁へと向かった。




