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世界樹の巡り人  作者: 蔵人
第1章 邂逅のバナーバル
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1-19.護送車内

 グエンを乗せて走る幌車。

 治安維持部隊の隊列は、世界樹広場から繋がる幹線道路を通り、バナーバル北側に位置するクエスタ本部へ向かっていた。

 幌車内には、運転席を正面に見て両側の壁にそれぞれ一つずつ長椅子が設置されていた。そのうちの右側にグエンは座っている。

 グエンを挟むように両脇をオレンジ色の戦闘服姿の隊員が二人座っていた。

 正面の同じ作りの長椅子には二人の隊員が座り、グエンを注意深く監視している。

 幌車の後方は扉がない作りで、外の様子が丸見えだった。

 グエンは外の流れる景色を眺めている。

 神妙な面持ちで外を見つめる彼の目には、54年前の惨劇が蘇っていた。

 突如、ゴカ村に攻め込んできたエンブラ兵。死んだ恋人、裏切った親友、家族同然の人々の死。

 グエンの記憶の中では、故郷の景色は火と血で赤く染まり、生きている姿を思い浮かべることはでき かった。脳裏に蘇るのは、地に伏した亡骸だけだ。


(今の力が、あの時にもあれば……過去は違っていた。皆を守れたのにな……)


 グエンは膝の上で組んだ両手を開き、数度開閉させた。


(しかし、さっきのは少し危なかったか。あのまま一人ずつ相手をしていたら、じき俺がガス欠になっていた……。俺一人で部隊を潰せる手段を増やさないとな)


 グエンが思案していると、護送車の速度が緩やかに落ち、停車した。

 運転席の方向から会話らしきものが聞こえると、ほどなく幌車の後部口からユイナが車内に乗り込んでくる。

 オレンジ色の戦闘服が詰める幌車内に、ヒールを鳴らして歩くスーツ姿はいささか場違いだった。


「移動中でしたが、少々失礼いたします」


 ユイナはグエンの正面、隊員が二人座っていた席の中央に腰を下ろした。

 両側の男性隊員は、腰を浮かせて彼女の座るスペースを広げる。

 再び発進する輸送車両。

 ユイナは背筋を伸ばし、凛とした声を発した。


「私はユイナ・ユナイアと申します。クエスタ本部、本部長の補佐を務めております。本部までは三十分とかかりませんが、その前にお話を伺いたく参りました」

「……俺は連行されている身だ。尋問ならそちらの都合で行えばいい」

「本意ではありませんが、形式上こうせざるを得ませんでした」


 自分を連行したことを言っているのかと、グエンは自分の両手に視線を落とし車内を見回す。


「手錠も拘束もせず車内も広い。VIP待遇だ。これ以上は追加料金を取られそうだ」

「グエン・クロイドさん、あなたが我がクエスタ職員と市民を救出するため、商業区でも戦闘行為に及んだことは把握しております」


 グエンは名前を呼ばれて眉をひそめたが、一瞬考えてうなずく。


「……ああ、俺の名前はロッドという彼から聞いたのかな。確か救援を呼ぶと言っていた」

「はい。また、入門時の登録情報をもとに、出身地を調べさせていただきました。アウルカ国ゴカ村出身ですね」


 ゴカ村という言葉を聞き、ユイナの両脇に座る隊員たちの表情が動いた。

 グエンは彼らの表情から、その心証を察してうなずく。


「エンブラ憎しでケンカをしかけた。と、ご理解いただけたのかな?」

「ゴカ村は、エンブラの武力侵攻により甚大な被害を受け、壊滅したと伺っております。生き残りの方であれば、あなたの心情は理解できるつもりです」

「……」

「ただ、身元を照合した結果、年齢が二十四歳とあります。ゴカ侵攻は50年以上も前の出来事です」

「俺はその生き残りだよ。今年で74歳になる」

「冗談を伺いに来たわけでありません。ゴカ村のご遺族でしょうか」

「勝手に調べてくれればいいさ。俺はただ、エンブラが気に入らないだけだ」

「……ご気分を害されたなら失礼いたしました。ご遺族の方の無念を思えば、いささか無神経でした」

「こんなに懇切丁寧な尋問はないくらいだ。気にしていないよ。それで、何を話したくてわざわざ乗り込んできたと?」

「回りくどくて申し訳ありません。ただ、お礼が言いたかったんです。貴方が助けたロッドは私の最愛の弟です。報告の内容では、あのままではエンブラの駐留兵に殺されていてもおかしくありませんでした」


 ユイナはグエンに向かって深々と頭を下げた。

 グエンは少し驚いた表情を見せる。


「わざわざ礼を言いに、隊列を止めて一人で乗り込んできたのか?」

「はい。ロッドは私の大事な弟です。本来であれば、最愛の弟に危害を加えた無法者たちには、私自身の手で鉛玉を打ち込んでやりたいところでした」


 ユイナは一切の表情を変えずに、淡々と言い切った。

 周りの隊員たちは、声には出していないが苦虫をかみつぶしたような表情をしていた。彼らの反応から、グエンはユイナという人物を理解した。


「俺にとっては、エンブラ全てが最愛の人の仇だ。例には及ばない」

「お気持ち、察するに余りあります。愛する弟だけでなく、エリエラさんという方、彼女もケガ一つなく保護できました。あなたがその身を挺して救出にあたらなければ、最悪の事態もあり得ました。姉として、またクエスタを代表して、心より感謝申し上げます」


 ユイナは再び頭を下げた。すると、車内の隊員達もわずかに会釈をした。


「エンブラに害されているなら、守る。それだけだ。……無事で良かったよ」

「……やはり、ゴカ村の復讐、でしょうか」

「復讐の対象が国だから、まだ復讐計画の半ば。バナーバルに来たのもそのためだ」

「そう、ですか……」


 復讐という単語が出てから、グエンの声のトーンが明らかに低くなった。

 ユイナは空気を察し、口をつぐむ。

 会話の途切れた車内には、路面から伝わる振動と音だけが満たされている。

 黙って話を聞いている隊員たち、お互いに目配せしながら、空気が重いなと袖をひっぱっては小さく首を振る。

 ユイナは隊員達の行動に気づくと、咎めるように彼らの目を見渡し、咳払いした。


「クエスタ本部長がお待ちです。到着後、私がご案内いたします」

「お偉いさんかな。良い話では無さそうだが、会うのを楽しみにしているよ」


 グエンはそう答えると、ふと天井に目をやった。

 天井の一か所、幌を形成する化繊布が車内に向かって小さく落ちくぼんでいる。

 グエンはその丸く小さな窪みの主に気づき、小さく微笑むと、俯き目を閉じた。

 会話を終わらせた彼に合わせて、ユイナや他の隊員達も口をつぐんだまま本部到着を待つことにした。

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