1-18.介入②
クエスタ治安維持部隊員が、無言のまま銃口を揃え、グエンを取り囲んだ。
ユイナは部隊とは別に五人の隊員を引き連れ、グエンのもとへ歩み寄る。
抵抗する様子を一切見せないグエンに対し、ユイナは終始、毅然とした態度を崩さなかった。
「とんでもないことをしてくれました。あなたをクエスタ本部へ連行いたします。詳しくは本部で取り調べを行いますので、ご理解願います」
全方向から銃を突き付けられたグエンは、わずかに肩をすくめる。
「エンブラ以外に危害を加えるつもりはない。もともと、クエスタ本部へは行くつもりだったから、手間が省けたよ」
軽口を叩く彼に、ユイナと治安維持部隊員たちは思わず目を見合わせた。
一人でエンブラ兵たちを相手に戦闘行為を仕掛けた人間が、こうも素直に従うとは、誰も想定していなかったのだ。
肩透かしを食らった空気の中、銃を構えた隊員の一人が戸惑いを含んだ声で指示を出す。
「武器を渡してもらう。いいな」
「構わないよ」
要求にも逆らわず、グエンは腰の軍刀『濡焔』と小太刀『鐘岩徹』を外して隊員に手渡した。
「軍刀の方は絶対に抜くなよ。下手したら死ぬ」
「何を言って……うおっ! な、なんだこの剣の重さは!」
濡焔を受け取ったクエスタ隊員は、想像をはるかに超える重量に思わず声を上げた。
握った瞬間から、濡焔の重量は異常な勢いで増していく。
地面に吸い寄せられるような錯覚に耐えながら踏みとどまろうとしたが、抵抗むなしく、濡焔はあっという間にその手を離れた。
「おっと」
地面に落ちる直前、グエンは濡焔を空中で掴み取り、片手で軽々と拾い上げる。
その様子に、落とした隊員は困惑し、自分の手とグエンの手を交互に見比べた。
「な、なんで? そんな」
「こいつは特別な刀でね。あまりぞんざいに扱わないでほしいね。ほら」
「あ、ああ。……うおっ!」
片手で差し出された濡焔を、今度は落とすまいと両手で抱えた隊員だったが、重量に抗いきれず膝をついて崩れ落ちた。
「やっぱり無理か」
「何をしているんですか。遊んでいる場合では」
一連のやり取りを見ていたユイナが、二人の間に割って入る。
グエンはユイナの顔を見ると、無言のまま濡焔を差し出した。
「ほら」
「え? きゃあっ!」
濡焔はユイナの手を一瞬で振り切り、垂直に落下した。
またしても空中で掴み取ると、グエンは大きく息を吐き、腰のホルスターへ戻す。
「こいつが嫌だって言ってるんでね。仕方ないから、俺が運んでやるよ」
「い、いえ、そんな訳には」
「だって、おたくら満足にこいつを持てないだろ?」
「そんなことはありません! 我々で回収します」
あくまで親切心からの提案だったが、ユイナは頑として譲らなかった。
だがその後も、ユイナ自身が腰に吊られた濡焔を持ち上げようとしても、びくともしない。
数人がかりで試しても、動かすどころか保持することすらできなかった。
協議の末の妥協案として、濡焔はグエンの腰に吊ったまま拘束袋で包まれることになった。
(こんなことをしても、燃やせばすぐに抜けるけどな)
そう思ったが、話が長引くだけだと判断し、グエンは黙っていた。
作業が落ち着くと取り囲んでいた隊員たちは散開し、新たに駆けつけた三人の隊員がグエンを囲む。
その誘導に従い、グエンは世界樹広場を後にした。
連行されながら、隊員の一人がグエンに声をかけた。
「一人でエンブラの部隊にケンカを売るなんてよ。……あんた何者だ?」
「通りすがりの、ただのエンブラ嫌いだよ」
「エンブラを好きな奴なんてこの街にはいないが、しかし派手にやりすぎたな」
「ははは、根が目立ちたがり屋なんでね」
緊張感なく笑うグエンに、隊員たちは思わず顔を見合わせ、肩をすくめた。
世界樹広場に面する道路まで歩くと、グエンは幌車へ乗せられた。
少し遅れて、モービルの後部席に乗ったユイナが先頭の装甲車の側へ到着する。
装甲車に乗り込もうとした彼女のもとへ、ロッドが息を切らせて駆け寄ってきた。
彼の右頬は腫れ上がり、ガーゼ越しにも怪我の酷さが一目で分かる。
「ね、姉さん!」
足音に気づいていたユイナは、彼の腫れた顔を見て表情を曇らせた。
「外では名前で呼びなさい……って、酷い怪我。走って大丈夫なの?」
「口の中がすごく切れて痛いけどなんとか。危なかったけど、グエンさんが助けてくれたから。それより姉さん、そっちの車にグエンさんが連れていかれたように見えたけど……」
「ええ、彼は本部へ連行します。あの場で無罪放免とはいかないわ」
「そんな! グエンさんが来たのは俺がお願いしたからっ!……いってえ」
思わず声を荒げたロッドは、折れた歯で切れた口内の痛みに絶句した。
片目を閉じて耐える弟に、ユイナは静かに語りかける。
「あなたの報告は聞いているわ。彼が、あなたと、あちらの女性を助けようとしてくれたことは、きちんと考慮します。ですが、エンブラ兵を殺害した犯人でもあります」
ユイナは道路に並ぶ車両へ視線を移した。
つられてロッドが見ると、隊員に保護されたエリエラが、グエンの後ろの車両に乗り込んでいくところだった。
大きく息を吐いて安堵するロッド。
その様子に、ユイナも小さく息をつくと、袖を少しまくり腕時計の盤面を確認する。
「さあ、あなたは病院に行って精密検査を受けてきなさい。まだ十一時半くらいだから、午前の診察に間に合うでしょ。それだって応急処置でしょう」
姉の言葉にうなずき、ロッドは世界樹を見上げた。
「すぐ近くの露店の人が手当てしてくれたんだ。そんなに大した怪我じゃないよ」
「うだうだ言わない! さあ! 私は本部へ戻ります。あなたは病院へ。それと、職務中は俺じゃなくて私でしょう! わかりましたね!」
「は! はい! お、わ、私も病院へ行ってきます!」
慌てて背筋を伸ばすと、ロッドは体を反転させて走り出した。
「精密検査に行く人間が走るなんて……まったく」
ユイナは元気よく去っていく弟の背を見届け、先頭の車両へ乗り込んだ。
彼女を乗せると間もなく車両は発進し、先頭車両に続いて後続車両も順に動き出す。
人々の波が去った後、世界樹広場を、小さな白い影が颯爽と駆け抜けていった。
影の主、オライオンは四本の足で地面を蹴り、風のように走る。
相棒の匂いを嗅ぎ分け、グエンの乗った幌車へ狙いを定めると、一気に加速した。
跳躍し、幌に爪を立て、天井まで駆け上がる。
そのまま屋根の上にちょこんと座り、走行風を全身に浴びながら、気持ちよさそうに目を細めた。




