1-16.大樹の下で 対白鯨騎士団③
グエン達を包囲するエンブラ兵。
そのさらに外側、見物に集まった野次馬の輪から、ざわめき混じりの声が上がった。
「おい、あれって銃か? なんか鞘から燃える弾が飛んだよな?」
「それより、あの赤毛のやつ顔が燃えてねえか? あの顔の模様とか」
「模様っていうより入れ墨か? まるで戦姫殺し……」
「しっ! エンブラ兵がいるんだ、滅多なこと言うもんじゃねえぜ」
「けどよ、あの白い奴ら、駐留軍とは雰囲気違うぜ?」
「なに言ってるのよ、エンブラはエンブラでしょ」
「それはそうだな……」
「そんなことよりクエスタは何してんだ! 誰か通報したか!?」
グエンの警戒をよそに、ゲイドラは何をするでもなく、ゆっくりと仲間のもとへ合流した。
レオンの側へ戻ると、胸に拳を当て、儀礼的ともいえる浅い礼で頭を垂れる。
「若、祝福の許可を!」
「それほどか。あれとやり合うのは骨が折れると。この私自らが手を下そうか」
「いえ、若のお手を煩わせるほどでは。我が重槍が一振りあらば事足ります。が、あのイオルという小僧が邪魔したせいで……口惜しい限り!」
「いいだろう、ただし、ゲイドラだけだ」
「はっ! ありがたく!」
ゲイドラはグエンに向き直り、腰から下げた大剣を引き抜いた。
そして、大楯を構えた二人の白鯨騎士のうち、左側の騎士の横で足を止める。
「盾を借りたいが、良いか」
「は、どうぞ」
「すまんな」
大楯を受け取ったゲイドラは最前列へと歩み出る。
分厚い盾を正面に構え、グエンを睨みつけると、腹の底から一喝した。
「背後から奇襲をしかけるとは卑怯なり! この痴れ者が! ワシ自らが引導を渡してくれる!」
「卑怯? 他国に攻め入って、無抵抗な村人を皆殺すエンブラという頭のおかしな国があるが、それは卑怯とは言わないのか?」
「下国の民が戯言を! 正義の名のもとに、粛清と犠牲はつきものだ!」
「しゃべれるゴミってのはタチが悪いな。エンブラ産のゴミは焼却するに限る」
怒気を孕んだグエンの声に呼応するように、火焔紋様が燃え上がった。
左頬から立ち上る炎はやがて全身を包み込み、熾火のような赤い光を放つ。
「面妖な……。だが、我が主リーナディス陛下と、礎の女神ダナートニアの敵ではないわ!」
ゲイドラは自身の左胸を強く打ち鳴らした。
甲冑に描かれた白鯨の紋章が押し込まれ、淡く明滅する。
その光は金の装飾を伝い、甲冑全体へと走った。
「ぬうううっ!」
明滅に呼応するようにゲイドラの肉体が痙攣し、甲冑の装飾部が軋みを上げて割れ、外へと押し広げられていく。
光が落ち着いた時には、ゲイドラの体は一回りも巨大化していた。
兜の隙間から覗く顔には血管が浮き上がり、双眸には薬物使用を思わせる異様な興奮が宿っている。
「ぐふううぅ……祝福が漲っておるわいっ!」
「なるほど、愉快なエンブラ王家もどきってことか」
「減らず口は、地の底、冥府の神シデネアクタの御前でするが良いわ!」
「次のやつからは、ヤクを決める前に燃やしてやるよ。ドーピング騎士団」
言い終わるより早く、グエンは腰だめのまま鞘口から火炎弾を連射した。
大楯を構えたまま、ゲイドラが走る。
火炎弾は盾に直撃して弾け散ったが、重く構えられた大楯と猛進する勢いに押し流され、炎は後方へと引き裂かれるように霧散していく。
(これは予想通りだが)
迫り来る巨体を見据え、グエンは瞬時に思案する。
一人対多数であれば、周囲ごと炎で包めば済んだ。消耗は激しいが、確実で、一瞬だ。
だが背後には守るべきエリエラがいる。
さらに、すぐ近くにはバナーバル市民の姿もあった。
「なら、一匹ずつ確実に駆除するか」
白い巨影が迫り、大剣が振り下ろされる。
グエンは半身でそれを躱した。大剣は石畳を砕き、割れた石片が宙を舞う。
踏み込んだゲイドラが、大楯で押し潰しにかかる。
石片が盾に弾かれ飛散するが、そこにグエンの姿はない。
左手の大楯、その死角。
回り込んだグエンが、ゲイドラの左脇腹へ軍刀を突き立てた。
「ぐっ! こざかしい!」
小さく呻きながらも、即座に振り向き、大剣を薙ぐ。
グエンは身を沈め、風を裂く轟音を潜り抜けた。
互いに距離を取り、再び対峙する。
「堅いな。甲冑を貫いたと思ったが」
「ふん、祝福は我が肉体、そして鎧も強化するのだ」
「意味がわからんが……なら、こっちもサービスしてやるか」
頬に浮かぶ火焔紋様がひと際輝く。
薄く全身を包んでいた炎の膜が、軍刀『濡焔』へと集束していく。
クリアブルーの刀身は赤く染まり、橙色の光を増していった。
高熱により、刀身の周囲の景色が歪み、揺らぐ。
紅蓮の太刀筋が走る。
上段からの一撃を、ゲイドラの大剣が受け止めた。
女性の背丈ほどもある大剣を、片手で小枝のように操り、受け、流し、切り返す。
だが、数度斬り結ぶうちに、剣越しに伝わる違和感に、ゲイドラは眉をひそめた。
一太刀を弾いて数歩後退ると、手にした大剣を見て仰天する。
「陛下から賜った我が剣が!」
大人の首ほどもある幅を誇る剣身は、細かく刻まれ、切断寸前に追い込まれていた。
左手の大楯にも溶断の痕が走り、穴の開いた盾越しに向こう側が覗き見える。
「ぬうう、なんだと言うのだ、貴様は……!」
歯を食いしばり、軋む音を立てながら、ゲイドラはグエンを睨み据える。
グエンは答えない。
(これでもまだ火力が足りないか。なら……)
軍刀『濡焔』から、さらに炎が噴き上がった。
強烈な熱が空気を震わせ、対峙するゲイドラにも伝わる。
兜の隙間から覗く白髭が焦げ、嫌な臭いを放った。
「つっ!」
あまりの高温に、ゲイドラは後退った。
グエンが踏み出そうとした、その瞬間。
『そこまでです! 双方とも、ただちに戦闘を中止してください!』
拡声器越しの女性の声が、場を切り裂くように響き渡った。




