↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世界樹の巡り人  作者: 蔵人
第1章 邂逅のバナーバル
PR
43/148

1-12.復讐の矛先①

 グエンはオライオンの先導で、通行人だらけの歩道を駆けていた。

 買い物客が流れていた露店通りとは異なり、騒動を嗅ぎつけた野次馬が集まりはじめ、足を止める者が増えていく。

 小さな体で人々の合間を縫うように駆け抜けていくオライオンから、グエンは徐々に引き離されていた。


「まあ、あのすばしっこさには敵わないな」


 相棒の素早さに舌を巻いた、その直後だった。

 すぐ近くで、耳障りな怒声が上がる。


「下国の民め! いい加減に諦めて従順な下僕になったらどうだ!」

「や、やめろ!」


 下国の民。

 その言葉が、グエンの頬に浮かんだ火焔文様をじり、と赤熱させた。

 野次馬たちが完全な人垣を成す前に、グエンは足を速め、現場へと近づく。


 石畳の上に倒れた若い男。

 その周囲を、金髪で黒軍服姿の兵士が四人、半円を描くように取り囲んでいた。

 倒れている男はクエスタの隊員服――カーキ色のジャケットに栗色の髪。

 グエンは無意識に、腰に下げた黒拵え軍刀【濡焔(ぬれほむら)】の柄へ手をかけていた。

 抜刀し、斬り殺したい衝動を必死に抑え込み、柄から手を離す。視線だけで状況をなぞった。


(金髪たちは金の刺繡入りの黒軍服……エンブラくさい。栗毛の彼は、クエスタ隊員に見えるが)


 金髪の兵たちの胸元を凝視する。

 そこには、金色に輝くエンブレム。

 横顔を向いた長髪の女性を象った意匠――遠い記憶の中で、それはエンブラ女王【リーナディス・ロインセリア】の紋章だ。

 だが、五十四年前の朧気な知識だけでは、殺すわけにはいかない。

 幾度も沸き上がる怨嗟を、グエンは飲み込んだ。


 一方、栗毛のクエスタ職員、ロッドの胸元には、剣とツルハシを組み合わせた銀のエンブレム。

 さらに視線を落とすと、足元には割れた食器が散乱している。

 数メートル離れた場所では、木製のカウンターが無残に打ち壊され、店内には砕けた陶器の破片が白く散らばっていた。

 腹部を押さえ、店主と思しき中年男が床に倒れている。


(……オライオンが反応したのは、ここか?)


 オライオンは、素性こそ不明だが、犬でも猫でもない。

 確かなのは、その鼻がある特殊なものを嗅ぎ取る能力を持つこと。

 人が絶望の淵で抱く、悲痛な感情。

 優しい小さな相棒は、その匂いを敏感に嗅ぎ取り、駆けつける習性があった。

 グエンは現場の全容を把握し、なおも立っている兵士たちの顔を一人ずつ確認した。


(殺すには、確信が欲しい)


 人垣を割って近づくグエンへ、兵たちの視線が集まる。

 互いに軽く顔を見合わせると、嘲笑を浮かべた。


「はっ、おい、なんだ。お前迷子か? それとも通りすがりの正義の味方か?」

「はっはっはっは! この町にいるのは従順な迷い子(まよいご)だけだろ」

「けどこいつ、剣をぶらさげてるぜ? しかも戦姫殺しみたいな入れ墨入れやがって」


 左頬の火焔文様を指で掻きつつ、グエンは睨もうとする眉根をなだめ、穏やかな表情で苦笑いを浮かべた。


「こんにちは。先を急いでいたら飛び出してきちゃってね。おたくらはクエスタの人かな」

「ほらみろ。やっすい正義感見せて張り倒されんのは、クエスタの雑魚くらいだってよ」

「しかし、さすが下国の僻地、俺たちを知らないほどの田舎もんがいるとは」

「けど、その入れ墨は気に入らねえ。次はお前だな」


 四人の兵士たちは肩をすくめ、グエンをあざ笑う。

 ひと際体格の大きな兵士が地面へ視線を落とし、倒れているロッドの腹を蹴り飛ばす。そのまま背を踏みつけた。


「俺たちをこんな芋虫と一緒にするなって! 芋虫には地面がお似合いだ!」


 ロッドは無防備な腹を蹴られ、身を縮めて呻く。

 踏みつける足を両手で掴み、激痛に耐えながら顔を上げ、兵士たちを睨み据えた。

 口元から、一筋の血が垂れる。


「うぐっ!……うう……お前らが暴れるから……だろ……エンブラめ」


 『エンブラ』の一言で、グエンの瞳は紅蓮に染まり、頬の火焔文様が燃え上がる。

 刀を下げたホルスターの留め具を親指で弾き、鯉口を切り、迷いなく抜刀した。

 クリアブルーの刀身が陽光を受け、鋭く煌めく。


 エンブラ兵たちが光る刃に気づいた瞬間。

 蒼氷の刃はすでに、兵一人の腹部を深く切り裂いていた。


「ぎゃあっ!」


 呻き、崩れ落ちる兵士。

 残る三人のエンブラ兵たちが、遅れて身構える。


「き、貴様ぁ!」


 最も近くにいた兵士が、慌ててサーベルの柄に手をかける。

 一拍、兵士は遅かった。

 軍刀【濡焔(ぬれほむら)】の返す刃が、鞘から抜かれる最中のサーベルを砕き、逆袈裟に胴を薙ぐ。

 サーベルの金属片と血を撒き散らしながら、兵士は仰向けに倒れ込んだ。


 呆然と立ち尽くすエンブラ兵の顔に、仲間の血しぶきが降りかかる。

 その光景を目撃した野次馬から、悲鳴が上がった。


『こ、殺した! 殺し合いだー! 巻き込まれるぞ!』


 倒れたロッドとエンブラ兵を中心に形成されていた野次馬の輪が、一気に膨れ上がる。

 残る二人のエンブラ兵は距離を取り、拳銃を抜いて銃口を向けた。


「貴様! 我々をエンブラと知ってやっているのか!」

「だからさ、死ね」


 引き金が引かれるよりも早く、グエンは燃える左手で虚空を掻き上げた。

 瞬間、炎塊が兵士たちの前で弾け、紅蓮の舌となって二人を飲み込む。

 業火が身体を易々と包み込み、爆ぜるような轟音が悲鳴を吞み込んだ。


 グエンは徐に歩み寄り、火だるまとなった兵士たちを見下ろして吐き捨てる。


「お前らには、紅蓮の怨嗟だけがお似合いだ」


 焼けもだえる兵士を袈裟切りに伏せ、続けざまにもう一人の胴を薙ぐ。

 一息で四人のエンブラ兵を斃したグエンを前に、群衆も、クエスタ職員も、ただ言葉を失って立ち尽くすしかなかった。


 グエンは血濡れの刀身を一瞥する。

 次の瞬間、クリアブルーの刀身が橙色に輝き、付着した血を蒸発させた。

 ロッドは腹を押さえたまま腰を抜かし、グエンを見上げて、かろうじて声を絞り出す。


「ひ……あ、あの……こ、これは、い、いったい」


 グエンは穏やかな声で、誰にともなく告げた。


「騒がせてすまない。俺が殺すのはエンブラ兵だけだ。他に危害を加える気はない」


 ロッドはその静かな物言いに戸惑い、言葉が出ない。

 佇むグエンは軍刀を鞘に納め、声を荒げる様子もなかった。

 その姿を見て、ロッドはようやく肩の力を抜いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。