1-11.マギーの店②
「クエスタ? って、治安維持がどうのって入口で聞いたやつかな。イオルだかってやつにも誘われたっけ」
「ほらあ! そうだろう? あたしの目も大したもんだねえ! 絶対にクエスタに入るべきだよ! そうしなよ!」
豪快な笑顔で勧誘していたマーガレットだが、急に肩をすくめて言葉を止めた。
彼女は通行人たちを横目に素早く確かめると、グエンに小さく手招きする。
何事かと思いながらも応じるグエンへ、マーガレットが小声で耳打ちした。
「ここだけの話だけどさ、エンブラ帝国の連中が攻めてくるって噂があるんだよ」
エンブラという単語に、ランカを食べていたグエンの動きがぴたりと止まった。
すっと細められた赤い瞳に、鋭さが宿る。
グエンの様子には気づかずに、マーガレットは話を続ける。
「あの無法者ども街中でやりたい放題なのにさ、お国同士で話し合ってる最中だからとか? 街中でもめ事があっても、治安維持部隊だって大して取り締まりができないんだよ」
マーガレットは耳打ちをやめて大きく深呼吸する。
「ったくさ、思い出すだけでも腹が立つよ。あたしらの事をさ、下国の民とかなんとか、はなっから見下してさあ。おまけに代金だって踏み倒す始末さ」
「……そりゃ、気に入らない連中だ」
「だろお? ま、戦争好きの大帝国様が相手だから慎重になるのはわかるけどさ、もうちょっと本腰入れて取り締まってほしいもんさ」
「……確かにな」
「って、あらやだ、あたしったら。つまんない話してすまないねえ」
口数の減ったグエンに気付いて慌てるマーガレット。
マーガレットは果物ナイフを両手で握ってチャンバラの仕草をして見せる。
「クエスタはさ治安維持のほかにも、大隧道の中で重銀採掘したり、化け物退治したりとそりゃ色々仕事があるんだよ。エンブラの話を抜きにしてもこれで食っていける場所だよ!」
「クエスタか……。いい話を聞けたよ。大隧道も気になっていたし」
笑顔を見せ、最後のひとかけらになったランカを口に放り込むグエン。
マーガレットは果物ナイフを置いて、濡れおしぼりを彼に差し出した。
「ほら、手が汚れたろ。拭いちまいな」
「ありがとう」
グエンは微笑み、濡れおしぼりを受け取り果汁の付いた手を拭った。
「ウォン! ウォンウォンウォン!」
屋根の上でオライオンが吠えた。
グエンは相棒が吠える方向を見る。
オライオンはグエンが歩いてきたのとは逆、西の世界樹公園を向いていた。
西側、オライオンの吠えた先で通行人の男が声をあげる。
「エンブラ兵だ! またあいつらだ!」
一人の声をきっかけに騒めきが広がり、通行人の波に動揺が走った。
マーガレットも不安げに声の上がった方向を見つめる。
「噂をすれば影ってやつだよ。……あんた、どうしたの、それ」
マーガレットはグエンの横顔を見て驚いた。
通行人たちから視線を戻すと、いままで気さくな話し相手だった青年は、まるで別人のような鋭い眼光で立っていたからだ。
左の頬に真っ赤に燃える火焔紋様が浮かびあがり、赤い瞳は熾火のように微かに光を放っていた。
「……いや、なんでもないよ。おしぼり、ありがとう」
「そ、そうかい? で、でもさ」
マーガレットはグエンから返された濡れおしぼりを受け取りながら、困惑した表情を隠せないでいた。
穏やかな声のまま、グエンは騒ぎの方向を射貫くような目で見ると、おもむろに歩き出す。
「ゴミってのは、見つけたらすぐに片付けないとな」
「あんた! 一人で無茶するもんじゃないよ! 危ないからね! あいつらはいつも徒党を組んでるんだからさ! 銃だって持ってるんだ!」
グエンの行き先を察したマーガレットは、慌てて露店から通路へ飛び出すと彼の背に叫んだ。
果物がひしめく中、狭い通路を強引に通ったので、彼女の大きな体でいくつかの果物が地面に転がり落ちる。
威勢の良い助言に、グエンは振り向かず軽く手を挙げる。
「ありがとう。俺にも相棒がいるから大丈夫だよ」
「ウォン!」
マギーの店、屋根上からオライオンが飛び降りた。
しなやかな身のこなしで音も無く着地すると、相棒の後ろにぴたりとついて歩く。
「そのちっちゃいのが相棒かい? 無事だといいけどねえ……」
不安げな表情を浮かべたマーガレットは、地面に落ちたオレンジを拾い上げて溜息をつくと、もう一度グエンと小さな相棒の背中を見送った。




