1-4.外境ゲート② 挑発
いかつい外見そのままに、ガングーの態度は今にも噛みつかんばかりに高圧的だった。
グエンは愛刀を奪われる事態を危惧し、思わず身構える。
しかし、間髪入れる間もなく、イオルのため息交じりの諫言がガングーを牽制する。
「ガングー、今はエンブラに対抗するため少しでも戦力が欲しい時なんですよ。脅すよりも勧誘に励んでください。そんなだから同期の私よりも出世が遅いんですよ」
エンブラという言葉に反応し、グエンの目つきが一瞬目つきが鋭くなった。
が、イオルとガングーはグエンの変化には気づかない。
端末の画面を操作しながら小言を漏らすイオルに、ガングーはチッと舌を鳴らしてそっぽを向く。
「ではグエンさん、次に所持品のチェックをさせてください。バナーバルには銃火器の持ち込みには申請が必要ですので、所持している場合はこちらで一度預からせていただきます。良いですか?」
「ああ、構わないよ」
「ガングー、銃の所持をチェックしてください。……できますよねえ?」
「へっ、偉そうにうるせえよ。おい! グエン! 降りろ!」
あからさまに不愉快な表情のガングーは、地面に唾を吐き捨てた。
そして、ガングーはグエンのジャケットの襟を掴み引っ張る。
ガングーの横柄な態度は威圧目的だと見抜き、グエンはわざと驚いた顔をして見せた。
「おいおい、乱暴はよしてくれ。降りるから。銃が没収されることくらい知ってるさ。持っていないよ」
掴まれた手をやんわりとほどくと、グエンはモービルから降り、降り様にサイドスタンドを足で降ろして、モービルを駐車した。
大の男が指示通りに動く様を目の当たりにし、ガングーは満足気だ。
大柄のガングーは、自分よりも10cmほど背の低いグエンを見下ろして笑う。
「へっ。情けねえやつ」
グエンはモービルから少し離れて立つと、後部シートを指差す。
「あ、後ろの席、俺の相棒が寝てるから起こさないようにしてくれよ」
「相棒だあ? おままごとのお人形さんでも乗せてんだろ」
ニタニタと笑いながら、ガングーは後部シートに固定されている黒いパニアケースを開ける。
中を覗き込むと、ガッカリした顔で息を吐く。
「はあ?……なんだ、動物かこれ。虎みたいな……犬か? 猫か?」
ガングーは寝ているオライオンの首の皮をつまんで、パニアケースから持ち上げてまじまじと観察している。
不真面目な同僚の態度に、イオルは業を煮やし語気を強めた。
「ガングー、いい加減にしてください。簡単な確認もできないんですか!」
ぴたりと動きを止め、ガングーはオライオンをパニアケースに戻した。
栗色のオールバックを両手で掻き上げてセットすると、グエンを思いきりにらみつける。
「てめえが余計なこと言いやがるからだ。ったく」
ガングーは悪態をつきながら点検を続け、モービルの車体や収納部を確認していく。
終始むくれて作業するガングーだが、睨む際に眉間に皺をよせ、割れた顎を突き出す仕草がおかしく、グエンは吹き出しそうになった。
(立派に割れたアゴとは対照的に、子供っぽい奴だ)
グエンは吹き出しそうになる口元を袖で隠し、咳払いをしては誤魔化した。
照合中、端末を見ていたイオルがぼそりと呟く。
「アウルカ出身……エンブラのスパイでなければいいんですがね」
その言葉に、グエンはぴたりと動きを止めた。
口元に添えていた腕を降し、直立の姿勢になると、怒気を孕んだ低い声で問う。
「俺がエンブラのスパイだと? もう一度言ってみろ」
「え?」
予想外にも強い言葉が返ってきたため、イオルは端末を持ったまま上目でグエンの表情を覗い見た。
笑顔で対応していた好青年の顔はそこになかった。
射貫くような、殺意むき出しの赤い瞳にイオルは竦む。
「あ、え、いえ……失礼しました。そんな情報はありませんね。撤回します」
イオルは慌てて端末に目を伏せる。
肩で大きく息を吐くグエン。
感情を出し過ぎたなと、グエンは頭を掻きガングーの方へ視線を泳がせた。
しゃがんで車体を確認していたガングーは、立ち上がり背伸びをした。
「おーし、銃はなーし。しかし物騒なモービルだな。で、次はお前だグエン」
オールバックを整えながら肩を揺らして歩く彼を見ると、グエンはつい顎に目が行ってしまう。
(まったく、見事に割れた顎だな……)
ガングーは不機嫌そうにアゴを掻きながらグエンを睨む。
「おい、お前、俺のアゴに文句があるのか? んん?」
「いやいや、なんでもないよ」
思わず苦笑いのグエン。
大人しくガングーの身体検査を受けた。
「へっ。これで銃の一つ二つ出てくりゃ面白かったのによ。つまらねえ」
ガングーは確認を終え、イオルの側へ戻っていく。
ピーッ! とイオルの手にした情報端末が鳴り、処理完了を知らせる。
(さて、どう出るかな……)
ガングーに苦笑いをしたまま、グエンは情報端末へ目をやる。
「アウルカ出身のグエン・クロイドさん……これで入国審査と仮滞在許可は完了です。ただ、ここでの滞在許可は二週間限定ですので、本格的な滞在が決まりましたら、クエスタ支部などで本申請をおこなってください」
何事もなく終わり、グエンは小さく息を吐き胸を撫でおろした。
(ふう、問題なく抜けられそうだな)
イオルはぎこちない笑顔を浮かべ、端末から身分証を抜き、グエンに手渡す。
二人の態度に眉をひそめたガングーだが、すぐに興味を失い、自慢のオールバックを整えてよしとした。
身分証を受け取り、グエンはサングラスをかけモービルに跨る。
外境ゲートの両脇に設置されている回転灯が灯り、ブザーが鳴り響く。
金属製の外境ゲートがゆっくりと両サイドへスライドし、扉が開かれた。
エンジンをかけると、低い鼓動音がゲート内に反響する。
出発の準備を整えるグエンを見ながら、ガングーがつぶやく。
「そういや、さっきエンブラがどうとか言ってたか?」
「き、聞こえてたんですか」
「銃はないけど、カーポン製のコンポジットボウとか伸縮式の槍とかうまく隠してあってよ、そっちに気を取られちまったんだ。で、どうしたんだ?」
「弓? まあ、銃が無ければ取り締まる対象外ですが……」
「そうじゃなくて、何があったんだよ。もめ事か? はやく言えよ」
にやけ顔でせかすガングーに、イオルは表情を曇らせる。
準備を終えたグエンがエンジンをかけ、モービルを発進させた。
イオルはゆっくりと走り出したモービルを眺めながら、渋々答えた。
「いえ……エンブラのスパイじゃないですよねって言ったら、ひどく怒って」
「へえ、俺にはびびってた癖に! おっもしれえ。からかってやろうぜ」
オールバックを整えながら、にやりと笑うガングー。
イオルが止める間もなく、ガングーが叫ぶ。
「おーい! グエン! お前、エンブラの犬なんだってなあ!」




