1-3.外境ゲート① バナーバルとクエスタ
坂道を下るモービルが、エンジンブレーキの低い唸りを響かせる。
路面が平坦に戻るや、道はすぐザルハ大河へ至り、ザルハ大橋へと連なる。
バナーバルに寄り添って流れるザルハ大河は、幅3キロ。
採掘した鉱石を運び出すための運河は鉱山発展の要であり、この大河こそがバナーバルを支える生命線だった。
可動式の橋をいくつも渡り終えると、やがて外界と街を隔てる防壁がはっきりと見えてくる。
最上部の防御通路では、銃器で武装したクエスタ隊員が巡邏していた。
その近くには、隊員の背丈を倍ほども上回る人型兵器が片膝をついて待機している。
都市の全周をぐるりと覆う城塞防壁へ視線を這わせ、グエンは眉根を寄せた。
「思っていたよりもずっと厳重だな」
地平線にあった太陽はすでに昇り、白んでいた空も青さを取り戻している。
前方に現れたのは、バナーバルの出入口。
バナーバル市の外郭を守る、通称『外境ゲート』。
トンネル状の構造で、外側の入口脇には武装隊員の詰め所と兵器格納庫が並ぶ。
巨大な金属製ゲートをくぐった先は、バスの乗降場などを備えたトンネル部へ続いていた。
ゲート前の隊員の合図に従い、グエンは速度を落として停車する。
ブラックオリーブ色の門扉は、金属特有の冷ややかさと威圧感を放っていた。
マット塗装の無骨な扉は、蝶番一つさえ人間より大きい。
防壁や外境ゲートの側面には、剣とツルハシの交差紋章。
グエンはギアをニュートラルに入れ、モービルに跨ったまま両足を地へ下ろした。
門の上部には中二階のような防御通路が設けられ、武装した隊員たちが来訪者を頭上から見下ろしている。
グエンを止めた隊員が門の脇へ駆け戻る。
代わって詰め所から、オレンジ色の戦闘服を着た男性隊員が2人、足早に近づいてきた。胸には、剣とツルハシの銀のエンブレム。
細身でメガネをかけた栗髪のイオルと、同じ栗髪をオールバックにした、割れ顎の厳つい軍人タイプのガングー。どちらも三十歳を過ぎたばかりの年齢だ。
腰には格納式のスタンガン型警棒、スタンロッド。
グエンは2人を待ちながら、6車線ほどの幅を誇る巨大な外境ゲートを仰ぎ見た。
(さて、ズサカの調達してくれた身分証はどんなもんかな)
腕を組んだグエンを、イオルとガングーが左右から挟む。
人のよさそうな笑みをたたえたイオルが、メガネの奥からグエンを見て先に声をかけた。
「こんにちは。私はクエスタ治安維持部隊のイオルです。まずは身分証明書を拝見。バナーバルへはどのような要件で?」
モービル左側で仁王立ちするガングーを一瞥し、グエンはサングラスを外す。
ジャケットの胸ポケットから身分証を取り出し、イオルへ差し出した。
「こんにちは。俺はグエン・クロイド。ここの街は相当景気が良いって聞いたんで働きにね。なんでも、鉱山にいけば仕事には困らないとか。それと、世界樹があると」
イオルは身分証を受け取り、端末に差し込んで照合を始める。
「ええ、我がバナーバルは重銀とクエスタの街。移住者はもちろん、期間限定の労働者も大歓迎ですよ。世界樹の女神ダナートニア様の恵みと言われる重銀が産出して30年来、枯渇しかけた銀鉱山の街だったバナーバルも、いまや世界屈指の重銀産出地ですからね。世界樹広場に行けば、バナーバルの世界樹も見られますよ」
端末の表示を時折確かめながら、イオルは淀みなく続ける。
外境ゲートの門番役として、すっかり言い慣れた案内なのだろう。
グエンは頷きつつ、気になった点を問う。
「重銀はわかるんだが、クエスタというのは? あと、バナーバルの世界樹?とは」
「ああ、はい、そうですよね。まず、バナーバルの世界樹というのは、世界樹公園の300m以上ある大きな木をそう呼んでいるんです。素晴らしい景観なので、ぜひ一度ご覧ください」
「なるほど、そういう世界樹か」
「ええ。重銀とクエスタの方ですが、こちらはご存じの通り、我々の生活の基盤となるエネルギーです。そちらのモービルの燃料も、この端末の電力も、ゲート上に立っている隊員のライフルに込められた弾丸の火薬も全て重銀を精製、生み出されたものです。それら重銀の採掘権の所有、およびバナーバルの自治を任されているのが我々クエスタという組織です」
能弁なイオルの横で、強面のガングーは仏頂面のまま腕を組み、グエンとモービルを睨みつけている。今にも噛みつきそうな剣幕だ。
グエンはその視線を受け流し、イオルへ目を戻して相槌を打つ。
「なるほど、クエスタはいわば自治体に近いのか。労働というのは、今の話に出た鉱山関係なのかな。傭兵みたいなものを募集していると聞いて来たんだけど」
「ああ、それでしたら入国審査完了後に、一度クエスタ本部へいらしてください。重銀の鉱山である大隧道内での仕事が文字通りやまほどありますよ。大隧道はスクアミナ守護山脈に口を開けたいわばダンジョンのような存在。クエスタから採掘・調査、作業員の護衛や怪物の討伐依頼まで盛りだくさんですから」
「怪物なんて出るのか。ダンジョンも興味深いが、怪物とやらが戦闘の相手になるのかな?」
「大隧道内にはリクセンと呼ばれる鉱石生命体がいます。主にそのリクセンが戦闘対応の対象になりますね。ほかには、我々のような治安維持部隊としての職務にも該当しますが、治安部に所属するには一定の実績とクエスタへの在籍期間など様々な条件があります」
「まずは大隧道内で活動ができると。ただ、その日暮らしの俺みたいなよそ者でも仕事が貰えるのかな?」
「まずはクエスタへ隊員として登録していただければ、今日にでも依頼は受けられますよ。実績を積めば、正規隊員・職員としても採用の可能性があります」
「へえ、てっとり早くて助かる。すぐに稼げるのはありがたいよ」
ふと視界の端に入ったゲート内側の格納庫へ、グエンは目を止めた。
ガラス扉の向こうに、鈍色の金属で組まれた人型の機械兵器が立っている。
全長、約二メートル半。
背面は裂けた蝉の殻のように開き、その内側には人が乗り込める空間が覗いている。だらりと垂れた両腕には、大型のガトリングガン。
グエンの視線に気づいたイオルが、わずかに微笑む。
「あれは重銀製の外甲殻を施した高機動型外重殻機兵、通称ヘビークラストです。我々治安維持部隊の精鋭のみで形成された重殻騎兵隊の主力兵器、クエスタの技術の結晶とも呼べる代物ですよ」
「……ヘビーランサーに似てるな」
グエンの独り言に、イオルが目を見張る。
「ヘビーランサーなんて古い個体、よくご存じですね。あ、アウルカ出身の方でしたね」
「ああ、ランサーに似ていて驚いたよ」
「まさにヘビーランサーを参考に設計されたそうですから、クエスタのクラストは、ヘビーランサーの後継機と呼べるかもしれません。だからでしょうね、ここではランサーというのは、ヘビークラスト乗りを指す言葉なんですよ」
「なるほどねえ。で、このヘビークラスト、料理はできないよな?」
「え? りょ、料理ですか?」
「知り合いが、ヘビーランサーを小型に改造して、接客やら料理をさせていたのを思い出してね」
「それは、着眼点も技術も特異な方ですね……」
問えば即答で返すイオルの流暢さは、小気味よい。
グエンはその手際に感心しつつ、真逆の無愛想さを貫くガングーへ目をやり、わずかに息を吐いた。
(イオルというこの彼は優秀そうだが、横の男は違いそうだな)
対応するイオルの脇で、手持ち無沙汰のガングーは栗色のオールバックを両手で撫でつける。
その目がふと、モービルの車体に固定された黒拵えの軍刀『濡焔』に留まった。
「おいお前! 刀剣類の持ち込みはいいが許可なく抜くなよ。下手な真似をすれば、我々クエスタ治安維持部が即座に拘束するからな!」
吐き捨てるように言い、ガングーは固定された『濡焔』を睨みつけた。




