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世界樹の巡り人  作者: 蔵人
第0章 ゴカ殲滅戦
25/72

0-25.裏切りの代償②

 銀霧峡から吹き上げる風が、ゴカ村の悲鳴を一瞬かき消した。

 束の間の沈黙。

 コテツがゆっくりと言葉を絞り出す。


「お前、まさかカガミを殺したとか言わないよな? おやっさんのことも、何で知ってる? 何をしてたんだ?」

「手ごたえは、しっかりあったさ」


 ユーゴはボルト・オン・ナイフを銃に見立て、コテツを撃つ仕草をした。


「けど、手ごたえはあっても、胸にくるものはなかったなあ。おやっさんのゲンコツくらい、ズシッと、来てほしかった」


 断片的な言葉に困惑するコテツに構わず、ユーゴは続ける。


「アリスカ隊長はさすがに手こずったけどさ。あの人、一人で何人殺したんだか」

「!」


 絶句するコテツ。

 ユーゴが裏切ったなどと信じたくはない。

 信じられずに、必死に言葉を探すが、半開きのコテツの口からは何の言葉も出てこない。


 ユーゴはボルト・オン・ナイフで虚空を切り、切っ先を遊ばせる。


「コテツ、あの後、第一支部に行かなかったのは良い判断だとは言えなかった。第一支部はエンブラ兵が制圧していたけど、第一支部からしか、クロイド遺跡上部へのPFGは繋がっていない。だから、コテツは失敗したのさ」


 ユーゴはボルト・オン・ナイフの刃についた血をコテツに見せびらかす。

 刀の柄を握るコテツの手が震える。

 恐れと怒りが、無意識のうちに肩を震わせた。


「その血は……カガミのじゃないよな?」

「おやっさんを撃った、次に、PFGでコテツの頭上をブーンって先回りして、第一支部の直通ラインで、カガミを殺した。だから、オレがここにいるんだ」

「カガミを……殺した……? おやっさんも? あのカガミを? 何言ってんだユーゴ!」

「ブーンって言ってさ、殺したのさ。はあ、やっぱ、見なきゃ信じないか」


 ユーゴは手のひらで空を飛ぶ仕草を見せ、大きなため息をつくと、胸ポケットから一房の塊を取り出し、コテツに投げつけた。

 コテツはそれを片手で受け止め、手のひらに乗せる。

 銀に輝くタマルリアゲハの髪飾りに、一房の黒髪が挟まれていた。


「……お前! お前ええええ!」


 コテツは銀の髪飾りを握りしめたまま、刀を抜き放ち、弾けるように駆けた。

 地面の線を踏み消し、ユーゴへ襲いかかる。


「コテツ、お前も過去になれよ! そうすりゃ、出来合いの自由も終わりさ!」


 力任せの一刀が、ボルト・オン・ナイフを砕く。

 ユーゴは後方へ飛び退き、柄を握ったまま手をぷらぷらと振った。


「当たったら死んじゃうよ」


 ユーゴは手のスナップを効かせてボルト・オン・ナイフを振るう。折れたブレードがコテツにまっすぐ飛翔し、左肩に突き刺さった。が、意に介さぬコテツはさらに踏み込む。


 コテツの太刀筋を見極め、紙一重で交わすユーゴ。

 踊るようによけながら、柄を鞘に納め、ブレードを再装填し、反撃に転じる。


「ぐうっ!」


 ユーゴのボンナイフは変幻自在に中空を舞い、コテツの太ももを、肩口を切り裂いた。

 だが、痛みに声を漏らしはすれど、コテツの勢いは衰えず増すばかり。

 前進は止まらず、間合いを潰し、噛みつかんばかりに斬り込む。


「ちっ! バカの一つ覚えで!」


 鼻先をかすめる一刀を交わし、ユーゴは刃を踊らせる。

 避け、斬る。

 幾度となく繰り返される攻防。

 コテツ刀は、轟音を立て空を切るばかり。

 コテツが刀を振るうたびに、ユーゴの刃がコテツを斬る。


 一方的に切りつけるユーゴだったが、徐々に彼の動きに余裕がなくなっていく。

 ユーゴは、コテツの一刀を受けず流しているのに、ブレードが破壊され、後退を余儀なくされた。

「くっ!」

 ユーゴは無傷、コテツは体の至る箇所を斬られている。

 だが、コテツは怯むことも、下がることもしない。

 鬼気迫るコテツの表情は、怒りと悲しみで覆いつくされていた。


「ユーゴ! お前はな! やっちゃいけないことをしたんだ!」


 コテツの圧力に押され、ユーゴは橋の入口から逸れ、銀霧峡沿いの崖に追いやられていく。

 ブレードの腹で完璧に刀の軌道を反らす。

 反らしているはずなのに、またしてもブレードが砕かれた。


「神秘的な馬鹿力だよ」


 ユーゴは驚愕の表情を浮かべながらも、コテツの一撃を許さない。

 刀を掻い潜り、5回目のブレード装填から、即座に抜刀。

 薄く鋭利な刃がコテツの首を狙う。

 コテツも瞬時に対応したが、使い手よりも刀の方が先に限界を迎えてしまった。

 激突した刀とボンナイフが同時に砕ける。

 半ばから二つに折れたコテツ刀。

 刀の切っ先が地面落ちると同時に、投擲されたブレードがコテツの右胸に突き刺さった。

 一歩、初めてよろめき、後退(あとずさ)るコテツ。

 ユーゴは最後のブレードを装填し、勝利の確信とともに踏み込む。


「はい、完璧。終わりさ」

「折れてもまだ! コテツ刀は斬れる!」


 コテツは両手を上段に構え吠えた。

 ユーゴはコテツがついに後退したと見て、止めを刺しに追撃した。だが、コテツは下がったのではなく、折れたコテツ刀に全力を乗せる為に、溜を作り、振りかぶっていたのだ。


「クソ」


 予想外の行動に機をずらされたユーゴは小さくぼやいた。

 完璧だった彼の一撃は、拳が触れるほどに踏み込んできたコテツに間合いを狂わされ、文字通り潰された。

 ユーゴは反射的にボルト・オン・ナイフを掲げ、迫りくる一太刀を受け止めてしまった。


 コテツの折れた刃は、薄い刃を叩き割り、

 ユーゴのかざした両腕ごと切り落とすと、彼の肩口を深々と切り裂いた。


 コテツ刀は鎖骨を断ち、数本の肋骨を断ち切ってやっと、その刃は止まる。

 ユーゴは自分の胸に沈み込んだ刀身を、ゆっくりと見下ろした。

 小首を傾げ、いたずらっぽい笑顔で笑うその口から血が溢れる。


「折れたんだから、止まれよ」


 ユーゴは血塗れの手で刀身を掴む。


「……痛いじゃんか。なんだ、こんなにはっきり……さ、はは」


 よろけるように後ろへ下がるユーゴの動きに合わせて、コテツは刀を引き抜く。

 口から、肩口から溢れた血でユーゴの隊服が真っ黒に染まっていく。


「……オレ、間違えたのか……?」


 コテツはうなずく。

 傷だらけの顔に、雨粒が張り付き、頬を伝い流れ落ちた。


「ああ、そうだよ。だから、……だから、俺が責任を取らせてやる」


 銀霧峡から風が巻き上がり、冷たい風が吹き抜けると、大粒の雨が降り注いだ。


「……これでもダメかあ……はあ……」

「わかってたんだろ」


 必死でユーゴを睨むコテツの両目からは涙が流れ、土砂降りの雨と見分けがつかない。

 ユーゴは視界がぼやけ、暗がりに落ちかける意識の中で、コテツの泣き顔をはっきり認識していた。

 焦点の合わない目で、ユーゴはコテツに語り掛けた。


「こんだけ深手だと、痛みがぼやけるのかもな……もう、寒いだけさ、痛くもなんともない……。明日へのアプローチ、間違えたかあ……」

「わかってたんだろ! 俺なんかよりもずっと賢いお前は! こんなことをしてどうなるのか! ろくな結果にならないことぐらい!」


 ゆっくりと後退(あとずさ)りながら、ユーゴは深く呼吸を試みた。

 潰れた片方の肺が動いたせいか、傷口から血が噴き出す。

 遠ざかっていた感覚が蘇り、激痛に意識が遠のいたが、近くに落ちた雷の轟音で正気をつなぐ。


「さあ、わかんね……俺も生きてるって感じたかったのさ……それだけさ……」


 ユーゴは口角を上げ、笑って見せた。

 コテツはそれがユーゴの作り笑顔だと知っている。


「ユーゴ」


 ユーゴは満面の作り笑顔のまま崖を背に立つと、ゆっくりと背後へ倒れた。


「……けど、なーんの実感も……なかった……何もわかんなかった……さ……意味の無い人生もあるんだ……な……コテツ……」


 谷に落ちていくユーゴ。

 その体は、あっという間に闇に飲まれ、見えなくなってしまった。

 コテツは、崖の淵に膝をついて奈落の底を見つめた。




 コテツは立ち上がると、折れた刀を鞘に納め、モービルを止めてある銀霧峡大橋へ走った。


「……殺したなんて嘘だ。ユーゴがカガミを殺すわけがない。ユーゴがそんなことするわけない! ひねくれた冗談に決まってる……あの作り笑顔みたいに」


 銀霧峡大橋のたもと。コテツの乗ってきた小型のモービルと、大型モービルのグランディアが停まっていた。

 コテツはグランディアに刺さるキーに、空き缶のキーホルダーを見つける。


「やっぱり、おやっさんのグランディア……」


 雨は小雨に変わっていた。

 コテツはグランディアに歩み寄ると、濡れたシートにまたがり、エンジンをかける。

 跨いだ足の間で、大きなエンジンが震え、重低音が響いた。

 スロットルを回すと、空気を震わせる排気音がコテツの体を駆け抜けた。

 駆動する二気筒の荒々しい振動は、まるで殴られたような感覚だった。

 コテツは歯を食いしばり、グランディアを加速させた。

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