0-25.裏切りの代償②
銀霧峡から吹き上げる風が、ゴカ村の悲鳴をかき消す。
束の間、世界が沈黙した。
コテツが、ゆっくりと言葉を絞り出す。
「お前、まさかカガミを殺したとか言わないよな? おやっさんのことも、何で知ってる? 何をしてたんだ?」
「手ごたえは、しっかりあったさ」
ユーゴはボルト・オン・ナイフを銃に見立て、コテツを撃つ仕草をした。
「けど、手ごたえはあっても、胸にくるものはなかったなあ。おやっさんのゲンコツくらい、ズシッと、来てほしかった」
断片的な言葉に困惑するコテツをよそに、ユーゴは続ける。
「アリスカ隊長はさすがに手こずったけどさ。あの人、一人で何人殺したんだか」
「!」
コテツは絶句した。
ユーゴが裏切ったなど、信じたくはなかった。
信じられず、必死に言葉を探すが、半開きの口からは何の言葉も零れ落ちない。
ユーゴはボルト・オン・ナイフで虚空を切り、切っ先を遊ばせる。
「コテツ、あの後、第一支部に行かなかったのは良い判断だとは言えなかった。第一支部はエンブラ兵が制圧していたけど、第一支部からしか、クロイド遺跡上部へのPFGは繋がっていない。だから、コテツは失敗したのさ」
ユーゴは、ボルト・オン・ナイフの刃についた血を、コテツに見せびらかす。
刀の柄を握るコテツの手が震えた。
恐れと怒りが、無意識のうちに肩を震わせる。
「その血は……カガミのじゃないよな?」
「おやっさんを撃った、次に、PFGでコテツの頭上をブーンって先回りして、第一支部の直通ラインで、カガミを殺した。だから、オレがここにいるんだ」
「カガミを……殺した……? おやっさんも? あのカガミを? 何言ってんだユーゴ!」
「ブーンって言ってさ、殺したのさ。はあ、やっぱ、見なきゃ信じないか」
ユーゴは手のひらで空を飛ぶ仕草を見せると、大きなため息をついた。
そして胸ポケットから、一房の塊を取り出し、コテツに投げつけた。
コテツはそれを片手で受け止め、手のひらに乗せる。
銀に輝くタマルリアゲハの髪飾りに、一房の黒髪が挟まれていた。
「……お前! お前ええええ!」
コテツは銀の髪飾りを握りしめたまま刀を抜き放ち、弾けるように駆けた。
地面の線を踏み消し、ユーゴへ襲いかかる。
「コテツ、お前も過去になれよ! そうすりゃ、出来合いの自由も終わりさ!」
力任せの一刀が、ボルト・オン・ナイフを砕く。
ユーゴは後方へ飛び退き、柄を握ったまま手をぷらぷらと振った。
「当たったら死んじゃうよ」
ユーゴは手のスナップを効かせ、ボルト・オン・ナイフを振るう。
折れたブレードがまっすぐ飛翔し、コテツの左肩に突き刺さった。
だが、意に介さぬコテツは、さらに踏み込む。
コテツの太刀筋を見極め、紙一重で交わすユーゴ。
踊るようによけながら、柄を鞘に納め、ブレードを再装填し、反撃に転じる。
「ぐうっ!」
ユーゴのボンナイフは変幻自在に中空を舞い、コテツの太ももを、肩口を切り裂いた。
だが、痛みに声を漏らしはすれど、コテツの勢いは衰えず、増すばかりだ。
前進は止まらない。
間合いを潰し、噛みつかんばかりに斬り込む。
「ちっ! バカの一つ覚えで!」
鼻先をかすめる一刀を交わし、ユーゴは刃を踊らせる。
避け、斬る。
幾度となく繰り返される攻防。
コテツ刀は轟音を立て、空を切るばかり。
コテツが刀を振るうたび、ユーゴの刃がコテツを斬る。
一方的に切りつけているように見えるユーゴだったが、次第に動きから余裕が失われていく。
コテツの一刀を受けず、流しているにもかかわらず、ブレードは破壊され、後退を余儀なくされた。
「くっ!」
ユーゴは無傷。
コテツは、体の至る箇所を斬られている。
だが、コテツは怯むことも、下がることもしなかった。
鬼気迫るその表情は、怒りと悲しみに覆いつくされている。
「ユーゴ! お前はな! やっちゃいけないことをしたんだ!」
コテツの圧力に押され、ユーゴは橋の入口から逸れ、銀霧峡沿いの崖へと追いやられていく。
ブレードの腹で、完璧に刀の軌道を反らす。
反らしているはずなのに、またしてもブレードが砕かれた。
「神秘的な馬鹿力だよ」
ユーゴは驚愕の表情を浮かべながらも、コテツの一撃を許さない。
刀を掻い潜り、五回目のブレード装填から、即座に抜刀。
薄く鋭利な刃が、コテツの首を狙う。
コテツも瞬時に対応したが、使い手よりも先に、刀の方が限界を迎えてしまった。
激突した刀とボンナイフが、同時に砕ける。
半ばから二つに折れたコテツ刀。
刀の切っ先が地面に落ちると同時に、投擲されたブレードが、コテツの右胸に突き刺さった。
一歩、初めてよろめき、後退るコテツ。
ユーゴは最後のブレードを装填し、勝利の確信とともに踏み込む。
「はい、完璧。終わりさ」
「折れてもまだ! コテツ刀は斬れる!」
コテツは両手を上段に構え、吠えた。
ユーゴは、コテツがついに後退したと見て、止めを刺しに追撃した。
だが、コテツは下がったのではない。
折れたコテツ刀に全力を乗せるため、溜を作り、振りかぶっていたのだ。
「クソ」
予想外の行動に機をずらされ、ユーゴは小さくぼやいた。
完璧だったはずの一撃は、拳が触れるほどに踏み込んできたコテツによって、間合いを狂わされ、文字通り潰された。
ユーゴは反射的にボルト・オン・ナイフを掲げ、迫りくる一太刀を受け止めてしまう。
コテツの折れた刃は、薄い刃を叩き割り、
ユーゴのかざした両腕ごと切り落とすと、その肩口を深々と切り裂いた。
コテツ刀は鎖骨を断ち、数本の肋骨を断ち切って、ようやくその刃を止める。
ユーゴは、自分の胸に沈み込んだ刀身を、ゆっくりと見下ろした。
小首を傾げ、いたずらっぽい笑顔を浮かべた口から、血が溢れ出す。
「折れたんだから、止まれよ」
ユーゴは血塗れの手で、刀身を掴んだ。
「……痛いじゃんか。なんだ、こんなにはっきり……さ、はは」
よろけるように後ろへ下がるユーゴの動きに合わせ、コテツは刀を引き抜く。
口から、肩口から溢れた血が、ユーゴの隊服を真っ黒に染めていく。
「……オレ、間違えたのか……?」
コテツは、うなずいた。
傷だらけの顔に、雨粒が張り付き、頬を伝って流れ落ちる。
「ああ、そうだよ。だから……だから、俺が責任を取らせてやる」
銀霧峡から風が巻き上がり、冷たい突風が吹き抜けると、大粒の雨が降り注いだ。
「……これでもダメかあ……はあ……」
「わかってたんだろ」
必死でユーゴを睨むコテツの双眸から涙が溢れ、土砂降りの雨と見分けがつかない。
ユーゴは視界がぼやけ、暗がりへ落ちかける意識の中で、コテツの泣き顔をはっきりと認識していた。
焦点の合わない目で、ユーゴはコテツに語りかける。
「こんだけ深手だと、痛みがぼやけるのかもな……もう、寒いだけさ、痛くもなんともない……。明日へのアプローチ、間違えたかあ……」
「わかってたんだろ! 俺なんかよりもずっと賢いお前は! こんなことをしてどうなるのか! ろくな結果にならないことぐらい!」
ゆっくりと後退りながら、ユーゴは深く呼吸を試みた。
潰れた片方の肺が動いたせいか、傷口から血が噴き出す。
遠ざかっていた感覚が蘇り、激痛に意識が遠のいたが、近くに落ちた雷の轟音で正気をつなぎ留める。
「さあ、わかんね……俺も生きてるって感じたかったのさ……それだけさ……」
ユーゴは口角を上げ、笑って見せた。
コテツは、それがユーゴの作り笑顔だと知っている。
「ユーゴ」
ユーゴは満面の作り笑顔のまま、崖を背に立つと、ゆっくりと背後へ倒れた。
「……けど、なーんの実感も……なかった……何もわかんなかった……さ……意味の無い人生もあるんだ……な……コテツ……」
谷へと落ちていくユーゴ。
その体は、瞬く間に闇へ飲まれ、見えなくなっていった。
コテツは崖の淵に膝をつき、奈落の底を見つめた。
――。
コテツは立ち上がると、折れた刀を鞘に納め、モービルを止めてある銀霧峡大橋へ走った。
「……殺したなんて嘘だ。ユーゴがカガミを殺すわけがない。ユーゴがそんなことするわけない! ひねくれた冗談に決まってる……あの作り笑顔みたいに」
銀霧峡大橋のたもと。
コテツの乗ってきた小型のモービルと、大型モービルのグランディアが停まっていた。
コテツは、グランディアに刺さるキーに、空き缶のキーホルダーを見つける。
「やっぱり、おやっさんのグランディア……」
雨は小雨へと変わっていた。
コテツはグランディアへ歩み寄ると、濡れたシートにまたがり、エンジンをかける。
跨いだ足の間で、大きなエンジンが震え、重低音が響いた。
スロットルを回すと、空気を震わせる排気音が、コテツの体を駆け抜ける。
駆動する二気筒の荒々しい振動は、まるで殴られたような感覚だった。
コテツは歯を食いしばり、グランディアを加速させた。




