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世界樹の巡り人  作者: 蔵人
第0章 ゴカ殲滅戦
26/98

0-26.死別①

 強まる雷雨の中、コテツのモービルは銀霧峡大橋を渡り、ギンノウ山裏手の登坂路へ進入する。

 しかし、登坂を進んですぐ、横倒しになった車両で完全に道がふさがれていた。

 大型のグランディアでは通過できず、コテツはモービルを乗り捨て、走った。


 肺が悲鳴を上げても、コテツは止まらない。

 ブレードが刺さった右胸が、呼吸のたびに灼けるように痛む。

 それでも、カガミの名だけを胸に、雷雨の暗がりをひたすらに駆けた。


 コテツは護国王広場へ飛び込んだ。

 闇夜の中、無数の火が点在している。

 かがり火のような明かりの正体を確かめようと目を凝らし、コテツは思わず声を失った。

 早鐘のように打つ鼓動に呼吸を急かされながら、それを必死で抑え、言葉が零れる。


「ひ、ひと……」


 祭り用のやぐらや露天の残骸が燃え、火の粉を散らしている。

 その周囲には、横たわり、折り重なる人影。

 恐る恐る火に近づくが、微動だにしない人々の群れに、足がすくんだ。

 ほとんどが祭りに参加していた観光客だった。

 子供も多い。

 カガミに似た背丈の少女を見つけるたび、顔を確かめていく。


「カガミじゃない……。……違う! 何をほっとしているんだ俺は!」


 護国王広場を埋め尽くす人々、そのすべてを探している時間はない。


「そうだ、ゲン爺のところへ……」


 呟くと、よろめく足を叱咤し、全力で走り出す。

 崖側に沿って広場を駆け抜け、蛻の殻だったゲン爺の管理小屋を後にする。

 洞の入口で、二つに割れた飴色の竹杖が目に入った。


「はあ、はあ、はあ……ゲン爺の、杖……」


 荒れる呼吸を無理やり整え、恐る恐る洞へ足を踏み入れる。

 暗い。

 明かりは一つもなく、洞は闇に閉ざされていた。

 ベルトからライトを取り出し、奥を照らすが、入口からでは何も見えない。

 岩壁から染み出した雨水で濡れた岩肌。

 手彫りの跡は雨水を含み、大蛇のうろこのように、ぬめりを帯びて不気味にうねって見えた。


「カガミ! カガミー! 生きてるだろ! 返事してくれ!」


 不安を振り払うように声を張り上げるが、返事はない。

 水のたまる石の地面を速足で進む。

 祠まで、あとわずかというところで、ゲン爺が崩れた正座のまま岩壁にもたれ、うなだれていた。


「ゲン爺!」


 呼びかけに、ゲン爺はゆっくりと顔を上げる。


「お……おう、コテツや。……すまんのう、老いぼれ1人じゃ、盾にもなれんで」


 口から溢れた血が、顎から胸元を真っ赤に染めている。

 コテツは呆気にとられ、言葉を失った。


「ゲン爺……」

「わしはええ、カガミを」


 腹部を両手で押さえたまま、ゲン爺はわずかに顔を動かし、自身の背後を示す。

 崩れ落ちるその姿を追っていたコテツは、背後の光景に絶句した。

 濡れた地面に腰を下ろし、天井から滴る水に打たれるカガミ。

 白いワンピースの胸元は黒く染まり、その染みはスカートの先端まで達している。


「カガミ!」


 コテツはライトを放り出し、濡れた岩床に足を取られながら駆け寄った。

 両肩を掴み、何度も名を呼ぶ。


「カガミ! カガミ! カガミ! カガミ!」


 転がったライトが、濡れた石床を冷たく照らす。

 ただひたすら、彼女の名を呼び続けた。

 どれほど叫んだだろうか。

 やがて、カガミの目がゆっくりと開く。

 青ざめた薄い唇が、かすかに動いた。


「あ……良かったぁ……会えた…………ね」


 消え入る声。

 洞に滴る水音に、今にもかき消されそうなほど、か細い。

 コテツの頬を、涙が伝う。

 意志とは無関係に溢れる涙が、視界を歪ませた。


「カガミ、嘘……だ。いや嘘だろ。こんなのは嘘だから、大丈夫だから」


 涙声を頼りに、カガミの目がわずかに動く。

 吐血の跡が唇に残り、生気のない瞳は闇に沈んでいた。

 愛する人の声を求め、カガミの手が宙を彷徨う。


「最後に……触れたい……よ……手……手……」


 弱々しく伸ばされたその手を、コテツは両手で包み込んだ。

 氷のように冷たい。

 もう助からない――そう悟ってしまう。

 最後の力を振り絞ったカガミは、コテツの頬に触れた。

 彼女の視線が、もう自分を捉えていないことを知りながら、コテツは勇気を振り絞り、抱きしめる。

 これが最後の別れだ。

 そう認めなければ、今抱き留めなければ、彼女は孤独の中で死んでしまう。

 声を押し殺し、コテツは泣いた。


「あぁ……コテツだぁ……幸せに、なって……お願いだから、お願い……だか……ら……」


 腕の中で、カガミは静かに、ゆっくりと大きく息を吸い。

 そして、息を引き取った。

 二度と動かない体。

 コテツはそっと、その顔を覗き込む。


「ダメだ、目を……息を吸って、目を開けてくれ。お願いだから……」


 頬には、涙の痕が残っていた。

 泣き崩れるコテツは、カガミに頬を寄せ、声を押し殺し、また泣いた。

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