1-121.塞がれた退路
疾走するモービルの上、グエンはエリエラを膝に乗せ、抱いたまま。
左手でエリエラの背を抱き、右手だけでハンドルを握っている。
運搬ロボットが運転席に乗る中型モービルはすぐ前を走っていた。
後ろにはデラダンのヘビークラストが続く。
グエンはモービルのグリップ下にあるオートドライブのスイッチを入れ、ハンドルから手を離した。
「エリィ、すまないが後ろへ移動できるか? 俺の後ろに座ってくれ」
「はい。ですが、あの、どうやって移動すればよいでしょう」
エリエラの声は震えている。
体を震わせるほどの巨神の声が、今も聞こえていたからだ。
エリエラは胸の内で必死に祈り、こちらの世界と重なろうとする巨神を押しとどめていた。
グエンが怯えの原因に気づけるはずもなく、言葉を続けた。
「怖かっただろうが、もう少し我慢してくれよ」
「はい? きゃあっ」
グエンがエリエラを抱き上げ、走行するモービルの上で立ち上がった。
彼女を抱いたまま上半身をひねり、真後ろのシートへそっと降ろす。
グエンはそのまま前へ向き直り、ハンドルを握ると、緩んでいたモービルの速度を上げた。
巨人の人垣を脱したが、まだ安全ではない。
エリエラが座ると、後ろに座るキトが彼女の右脇から手を伸ばし、手のひらを開いて見せた。そこには一対のインカム。エリエラはインカムを手に取り、両耳につける。右手を前に座るグエンの肩に乗せ、左手は祈りを込めるために、自身の胸に当てた。
キトがインカム越しに訊ねる。
『エリィ、聞こえる?』
『はい、聞こえますよ』
『感動の再会を祝いたいが、まずは脱出だ。状況が悪すぎる。おっと! 危ねえ』
モービルが左へスラロームし、振り下ろされた巨人の手の平を避けた。前を走る中型モービルと、デラダン機もそれぞれ回避している。
巨人達とは距離を取り、迂回している。しかし、その巨人の大きさ故に、多少の距離は今のように巨人のひとっ跳びで消え失せ、強襲を許してしまう。
『ユイーク! 脱出したい! 安全なルートを探せるか!』
『んんん、ちょっとまって……どうしよ……』
歯切れの悪いユイークの回答。
グエンは最悪の事態を想定し、訊ねる。
『まさか、出口、潰されたか?』
『う、うん。実は、出口のとこから巨人が湧いて、出口が潰れちゃったみたい……』
『そうか……。ヘビークラスト部隊の状態はわかるか?』
『戦ってるよ! 魔人のあとを追ってたけど、巨人リクセンと、ちょっとでかいリクセンの群れに掴まっちゃって……それも……』
『そこへナビできるか?』
『できるけど、たぶんもう見えるよ!』
ユイークの言葉通りだった。正面で、戦闘が起きている。
巨人と大型リクセンが複数集まり暴れる中、複数のヘビークラストが橄欖石の床を縦横無尽に滑り、アンカーバスターとガトリング砲で応戦していた。
淡く光る床の光量では、詳細は視認できない。
『ユイーク、イオルさんにこの通話を繋げるか?』
『ん……はい! もう繋がってるよ!』
『ありがとう。イオルさん! グエンだ! エリィは助けた! ここから脱出できるか⁉』
『グエンさん⁉ 外へ繋がる通路は崩れました! ユイークさんの設置してくれた中継機のおかげで、遺跡に残った部隊に連絡しましたが、すぐに復旧は無理です!』
『けっ! おい! グエン! てめえの炎でなんとかできねえのかよ!』
『なるほど。思ったよりもピンチだな……。ケツアゴは元気そうだが』
『誰がケツアゴだこの野郎!』
『ええ、戦況は圧倒的に不利です!』
『ユイナです! 本部へ救援を要請しましたが、こちらも時間がかかります!』
『ユイナさんも来てたか。……つまり、こいつらを全部破壊して、時間をかけて通路を復旧するしかないってことか』
『はい。そうなります。戦況は、絶望的です……』
いつもの凛としたユイナの声は、消え入るように掠れている。
重殻機兵隊を視認できる距離まで近づいた。
全長八十mを超す五体満足の巨人が二体、手足を失い倒れてもがく巨人が三体。倒れた巨人の胴の厚さだけで、二メートル半あるヘビークラストの四倍強に達する。
その胴の厚さとほぼ同じ高さの大型リクセンが、ざっと数えられるだけで二十体ほど暴れ回っていた。
さらに、様子を伺うように林立する巨人達が、距離を置いて周囲を囲んでいる。
対するヘビークラストは、動いているものが八機。
そして、機関砲を撃ちながら走る軽機動車両が一台。
軽機動車両の後部、砲座に座り機関砲で大型リクセンを破壊しているのはヒッジスだ。
彼らの一団へ一直線に向かうグエン達に気づき、一体の大型リクセンが飛びかかる。
グエンのモービルを狙ったリクセンとの間に、デラダン機が滑り込んだ。
『させっかよ!』
空中の大型リクセン、その胸部にある碧銀核をアンカーバスターが貫く。
アンカーバスターの銃身から、スプレー缶ほどある空薬莢が排出され、床に当たり、乾いた金属音を響かせた。
リクセンが死んだ瞬間、エリエラの耳に悲鳴が聞こえた。ガラスが擦れるような残響がこだまし、深い水底に沈むように溶けて消える。
エリエラは胸元で握る左手をきゅっと握り締めた。
デラダン機は、落下し覆いかぶさるリクセンの右肩に狙いを定め、アンカーバスターを五連射した。五つの空薬莢が飛び、橄欖石の床に当たり跳ねる。
ペリドットの破片が飛び散り、大型リクセンの右腕が肩口から外れた。
外れた腕だけで全高三メートル半あるデラダン機の倍近い大きさがあった。デラダン機は落下する腕を、高速走行しながら両アームで受け止め、押し返す。
デラダン機の後ろをグエンのモービルが通過した。
『デラダン! 助かった! 腕の残骸だけでも大事故だ!』
『どうってことねえっすよ!』
『止まってください!』
エリエラの悲鳴のような叫び声が響く。
初めて聞く緊迫した彼女の声に、グエンは急ブレーキをかけた。
中型モービルとデラダン機も速度を落として止まる。
一行は重殻機兵隊の戦地を目前に停止した。




