1-120.姫君の強奪
(見られているな)
進むにつれて、グエンは全方向から、巨人の絡みつく視線を感じていた。
グエンはモービルをさらに加速させる。
バイクよりも一回り大きなモービルは、二本の前輪にそれぞれ300ccのロータリーエンジンを一機ずつ積み、後輪を回すのは3100ccのレシプロエンジンが一機。
重銀製のエンジンブロックが生み出す絶大なトルクは、全長3.5m、乾燥重量1tを超える車体を、まるでロケットのように力任せに押し続けた。
後ろを走る玉虫色のヘビークラストが、徐々に引き離されていく。
異常な加速Gを受け、後ろに乗るキトはグエンの両肩に掴まり、背もたれの支えでなんとか耐えている。オライオンはグエンの服の中で体を丸め、加速に耐えていた。
巨人の人垣へ接近し、一直線に輪の中へ飛び込む。
『デラダン! 少し進入路をずらせ! 俺を狙うやつに潰されるなよ!』
『了解でさあ! ユイーク! こっから自分で走れ!』
『おっけー! こっちでジア兄が遠隔操作する!』
『まかせて~』
デラダン機は脇に抱えていた中型モービルをそっと降下させる。タイヤが地面に接すると、あらかじめ回転していた後輪が橄欖石の床を蹴った。車体を数度左右に振って姿勢を整え、加速する。
デラダン機と中型モービルは右方向へ進路を変え、巨人の足の間を抜けて突き進む。
人垣の内に入ると、グエンはモービルの速度を緩めながら、巨体に似合わず機敏に動く足の間を縫った。
大型モービル【グランディア】のトルクにものを言わせた急加速、三輪のグリップ力を生かした旋回と急減速。キトはグエンにしがみつくだけで精一杯だ。
ゴーグルの下で瞑っていた目を開けると、巨人たちの中心が見えた。
小さな人影に向かって、巨人達が拳を叩きつけ、足を踏みつけている。接近したことで、巨人だけでなく、十メートル級の大型リクセンまで群がっているのがわかった。
そこには、黄金の翼を羽ばたかせ舞う騎士レオン、重銀ランスで大型リクセンを貫きエリエラを背に庇うゲイドラがいた。少し離れた位置では、黒い忍び装束のアズレイが素手で大型リクセンの膝を砕き、同様にロロカが手足の爪で大型リクセンを切り裂いている。
巨人の拳と足は、彼らが苦戦する大型リクセンなど気にも留めず叩き潰していた。
圧倒的な物量差の中、その攻撃を搔い潜り続ける彼らに、グエンは違和感を覚える。
(何故あれでエリエラが無事なんだ? 巨人の団体ボディプレスで全員即死だろうが)
しかし、今はそれを問う時間はない。
縦横無尽にモービルを駆り、狭まる巨人たちの足の間を駆け抜ける。
巨人の足は、大型トレーラーほどもある。オリーブ色に透き通った壁のような足の横を通過するたび、モービルの腹に響く重い鼓動音が壁から跳ね返り、車体を叩いた。
一直線に迫るモービルの音に、エリエラが気付く。
彼女の唇が、グエンの名を呼んだ。
ふっと、エリエラの顔に影が落ちる。その前に立ちはだかり、重銀ランスで大型リクセンの胸を貫くゲイドラにも巨大な影が落ちた。
巨人が二人を潰すように、開いた左手を振り下ろしていた。
『キト! シートを倒して、後ろにずれろ! 何があっても絶対にモービルから降りるな! いいな!』
『う、うん! わかった!』
キトは背中を支えていたシートを倒す。モービルのシートが一直線に伸び、平らな面を作った。キトは腰を浮かして後ろへずれると、背もたれだった部分に尻をつける。
ゲイドラがモービルの接近に気づき、目を見開く。直後、自分を覆う影に気づいて顔を上げた。オリーブ色に透き通った腕。道路幅ほどもある太い腕が、ランスの切っ先が届くほどに迫っている。
その時、腕の主の両足の間をモービルが走り抜けた。
グエンの左首筋から、左頬に紅蓮の火焔文様が浮かび上がる。
体を包む赤い焔の残像を残し、グエンが跳ぶ。
走り続けるモービルには、両足を締め、シートを両手で掴むキトだけが乗っていた。
空中で、グエンは軍刀【濡焔】の鯉口を切る。
巨人の肘の下で閃光が生まれた。
――炸薬抜刀。
爆音と光が弾け、巨人の肘が断ち切られる。
見上げていたゲイドラが叫ぶ。
「そ、その剣は! やはりこんな真似ができるのはアイネオード【星食い】!」
刀身と鞘から炎の尾を引いて飛翔するグエンは、頭上すれすれにある巨人の腕へ軍刀の切っ先をひっかける。切っ先が擦れ、火花を散らしながら、グエンは空中で後ろを向いた。
ゲイドラがランスを振り上げ、グエンを狙い渾身の力を込めて突く。
「ぬううんっ!」
ランスの軌道は、グエンの太腿を捉えていた。
グエンは必死に体をよじる。
切っ先が太腿に触れる瞬間、腰に垂らしていた防刃布が絡む。ランスの切っ先は肉を貫かず、太腿の表面を滑った。
ランスは防刃布のみを巨人の腕に縫い付け、切っ先はめり込んだが、強靭な防刃布の繊維は破けない。ベルトに固定された防刃布に引かれ、グエンの体が空中で一瞬停止する。
ゲイドラの脇を高速ですり抜けるモービル。
グエンはランスを蹴り、真下を走るモービルへ視線を走らせる。
そして、斜め上に向けた鞘口から火炎を噴射した。
張り詰めた防刃布に引っ張られ、留め具が弾ける。
グエンは噴射の反動でほぼ垂直に降下すると、直進を続けていたモービルのシートに着地した。
素早く納刀し、左手でハンドルを掴んで急ブレーキをかける。タイヤが止まり、橄欖石の床との摩擦で白煙を上げた。
目前に、エリエラが両手を広げて立っている。
「エリィ!」
「グエンさん!」
すれ違いざまに、グエンがエリエラの体を抱き留める。
そのまま抱き上げて膝の上に乗せると、左手で彼女の背を抱き、右手でモービルを操る。
背後で轟音が轟き、巨人の腕が落ちた。
頭上で翼が羽ばたく。
エリエラの目に、黄金の羽を広げ、急降下で迫るレオンの姿が映った。
『デラダァァァァン! キィィィィクッ!』
その怒りに染まる顔を、玉虫色の足が蹴り抜いた。
もんどりうって叩き落とされたレオンの体は、羽を散らし、橄欖石の床に叩きつけられる。
ヘビークラストは着地し、グエンのモービルを追った。
側面から巨人の足をすり抜けて現れた中型モービルが、グエンのモービルを追い越して先頭を走る。
『あたしの後ろを付いて来て!』
運転席に座る運搬用ロボットのカメラ映像から、ユイークは乱立する巨人の足を抜ける最短ルートを割り出していた。
中型モービルは、車体の射出筒から、真上にジア特製煙幕を撃ち出しながら走る。
エリエラを抱いたグエンは、その後輪に触れるほど接近して追従した。
デラダン機は進路をずらし、降り注ぐ巨人の手足を避けていく。
三機が巨人の包囲網を脱する。
その後ろ姿を、地に伏したレオンは歯ぎしりして睨んでいた。




