1-119.背中に添えられた手
グエンの駆るモービルとデラダン機は橄欖の間を突き進んでいた。
しかし、橄欖石の床を吸い上げるように、巨人リクセンが次々と床から生まれていく光景を前に、進行を止めた。
うっすらとオリーブ色に光る半透明な橄欖石の床は、闇の底を照らすようにぼんやりとどこまでも続いている。
そして、闇夜を支える柱の如く乱立する巨人達。
巨人たちはどこを向くでもなく、ただ闇の中に立ち尽くしていた。
「くそ。エリィがどこにいるかわからないってのに、これじゃあ闇雲に突っ込むわけにもいかない。どうする……」
「ぼ、ぼくも、エリィの匂い、遠すぎてわかんない……。オライオンわかる?」
キトは黒い犬のような鼻先をひくつかせながら、エリィの花の香りを探る。だが、ここには海のような匂いが斑に漂うのみ。肩に乗るオライオンも、黒く小さな鼻先をひくひくさせているが、小さく鼻を鳴らすだけだった。
デラダンはフェイス装甲を胸元に折り曲げ、顔を出している。フェイス内ディスプレイも、地形データや外部からの支援がない状態では肉眼のほうがマシだった。
『ねえ! 聞こえる! 兄貴!』
折りたたんだフェイスから、聞き慣れた少女の声が飛び出した。
驚いたデラダンが声を上げた。
「うお! なんだ! ユイークか! 無線が届くようになったのか!」
『やっと繋がった! んじゃ近いよ!』
「近いってどういうこった? どこにいんだおめえ?」
『あたしはアジトだけどさー、皆が代わりに着くよ!』
デラダンは言っている意味がわからなかった。グエンもキトも困惑していると、後方、グエン達が来た方向から複数のエンジン音が近づいてくる。
グエンは軽快に連なる鼓動音から、四気筒の中型モービルだと当たりを付けた。
振り返ると、予想通りトレーラーを引いた中型モービルが二台、さらにモービルのみが一台。その後ろから十四機の黒いヘビークラスト達、重殻機兵隊が接近してくる。
トレーラーを引く二台を含め、中型モービルには人が乗っていない。シートには運転手の代わりに、円筒形の黒い金属箱が固定されていた。
一団はグエン達の側まで来ると停止する。
そのうち一台の中型モービルがトレーラーを引いたまま、グエンのモービルのすぐ横につけた。
黒い円筒形の箱。その正面上部には丸いレンズがはまり、カメラがこちらを向いている。
中性的な声が無遠慮に響いた。
『ニンゲン、配達サービスだ』
「え、え、鉄の箱がしゃべったよ」
「あ、お前は鉄箱にいたロボット」
『いえーい! ユイーク配達サービスだよー!』
「ど、どうなってんでえ? こいつぁよ……」
グエン達は顔を見合わせた。ムロージ兵装センターにいた搬送ロボットが中型モービルのシートに収まり、トレーラーを引いている。
バケットタイプのトレーラーを覗けば、中には弾薬類が積まれていた。
グエンのもとへ、一機のヘビークラストがかすかなモーター音と共に滑るように移動してくる。黒いフェイス装甲から、イオルの声が発せられた。
『あなた方の仲間から、支援をいただきました。我々の物資は枯渇寸前だったので助かりましたよ。まさかムロージ兵装センターのパスを持っているとは、驚きました』
(ん? カードは俺が持ったままだが……)
グエンは小首を傾げ、胸ポケットをまさぐる。
中のIDカードを取り出そうとしたが、指先に触れたのは、先の戦いの熱で溶けて一握りの樹脂になった物体だけだった。
横のデラダンは大きく頷き、納得顔だ。
「なるほどなあ。ユイーク! やりやがったな!」
『へっへへー。魔人の持ってたカードがあったからねー』
ユイークは自慢げに仕事の成果を語った。グエンが持っていたIDカードをアジトでコピーしていたこと。ユイナから連絡を受けてグエン達の情報を聞き、会話から重殻機兵隊の弾薬不足を知ったこと。そしてコピーしたカードを使い、ムロージ兵装センターに物資配達を依頼したこと。
さらに配達へ向かう搬送ロボットを複数機ハックし、ここまでの道のりに等間隔で配置して、無線の中継器代わりにしているという。
最後に、ついさっきまで妨害のせいで連絡できなかったと言った。
治安維持部隊隊長イオルは、犯罪行為の一部始終を当の犯人から聞いて困惑する。
『妨害はクエスタ側の工作です。おそらくヒッジス統括が解除されたんだと思いますが……。それにしても、偽造にハッキングとは……どうしたものでしょうね……』
「そんなもん、俺たちの功績でチャラに決まってるだろ」
『し、しかし……』
「あ、インカムあるよ! 使っていいのかなあ、これ」
キトがトレーラーに積まれた物資を指さす。
木製弾薬箱の上に置かれた樹脂製バケット、その中にインカムが見えた。
グエンはアジトで治療中、意識を失っていた時のことを思い出す。満身創痍の上に、炎を使い果たしたグエンをノダナ族が頬をつついて起こすと、尽きたはずの炎が蘇っていた。
(ここにノダナ族がいてくれたらなあ。俺の炎も補給して貰えたんだが……)
グエンはモービルから降り、そのインカムを取って装着すると、キトにも渡した。
『ムロージ商会のおごりだ。遠慮するな』
『うん。グエンさん、今度はインカム壊さないでね。大事だよ』
『ん、確かに。今度は大事に使おう。イオルさん、ちなみに、ユイークが運んだ弾薬類は使ったのか?』
『ええ、有難く。グラネクス弾を補給しました。ここに至るまで何度か戦闘が……あ』
グエンはにやりと笑った。
『仲良く共犯だな。ムロージ商会のおごりだ。残りも遠慮なく使えばいい』
イオルはフェイス装甲内で眉根を寄せ、声にならない声で唸る。
グエンはわずかな希望を求め、インカムへ訊ねた。
『ユイーク。エリィの居場所をなんとか探せないか?』
『天才美少女ハッカーなら余裕っしょー! エリィはモバイル持ったままだよ! 妨害なくなったから、遠隔操作で立ち上げてあるし! 運搬ロボットだけ乗ってるモービルを一台連れてって。案内とデータ共有できるから!』
『本当に天才だよ。デラダン、キト、行くぞ! そこらに突っ立てる巨人が止まっている今がチャンスだ!』
『うっす!』
『うん!』
グエンはモービルのマフラーに手を突っ込んでサイレンサーを引き抜き、投げ捨てる。モービルに飛び乗ると、スロットルを全開に開けた。極太の後輪が空転しながら重い車体を押し出し、二本の前輪が路面を掻いて一気に加速する。
マフラーがパパパンッ!と火を噴き、巨人が林立する間へ突き進む。
『ちょっ! 速すぎ! これじゃ追いつけないって!』
『俺にまかせとけ!』
フェイス装甲を装着したデラダン機が、中型モービルを小脇に抱えて急発進する。噴出する高圧ガスの青白い尾を闇に引き、疾走するモービルの後を追った。
イオル機は後方で待機している中隊へ振り返る。
『我々もいきますよ! レオン団長一行は彼らと同じ位置にいるはずです! 第五小隊のみ補給物資とともにここで待機! 後から来るヒッジス統括を護衛してください! 作戦開始!』
十二機のヘビークラストが、グエン達を追って発進する。
二機は二台のトレーラーモービルと共にその場に残り、遠ざかる仲間の部隊を見送った。
グエンのモービルは巨人と巨人の間を駆け抜けていく。
すぐ後ろには、中型モービルを脇に抱えた玉虫色のヘビークラストがぴったりと張り付き、滑るように走っていた。
速度は時速百キロを超えている。それでも、身長八十メートル強の巨人が林立する中では、速度感が鈍い。
二機はインカムから伝わるユイークの指示に従い、巨人と巨人の間を縫って、果てしなく続く橄欖石の床を進む。
グエンはインカム越しに、後ろのシートに座るキトへ訊ねた。
『なあ、キト。相談がある』
『え、ぼ、ぼく?』
『ああ、実はな、俺はどんな顔でエリィに会えばいいのかと。わかんなくてな……』
『ん~、あのね……』
『うん』
『謝らないとダメだよ。ひどいこと言ったから……エリィ、悲しそうだったもん……』
『……確かに。そうだな。謝ろう』
『魔人さー、知ってる? エリィはね、運命の騎士を待ってるんだって』
『あ! バカ! おめえ! 内緒だって……いや、なんでそれ知ってんだ! つーか、話しの邪魔すんじゃねえ!』
『隠し事を見つけるのがハッカーなんでー。会話は筒抜けだから仕方ないしー。でさあ、魔人はさ、騎士なんだって。エリィが言ってたよ』
『騎士ってのは、どういう意味だ?』
『白馬の王子様ってのと一緒だよ! 言わせんなってばー!』
『ぼ、ぼくね』
グエンの肩を掴むキトの手に力が入る。
キトは優しく微笑むエリエラを思い出しながら、言葉を続けた。
『いつもエリィがぎゅってしてくれたの嬉しかった。守ってくれるって、ぎゅって……。エリィもうれしいんじゃないかなあ……?』
『そうそれー! エリィも三度目の騎士にそれ期待してるって!』
デラダン機が加速し、グエンのモービルに並ぶ。
『アニキ! ガッと行きやしょう! 謝ってからガッと!』
『ははは、なるほどな。……ありがとう。俺じゃ、見えない答えだった』
さらに数体の巨人を追い越すと、前方に異様な光景が浮かび上がる。
闇の中にうっすらと連なる、連峰のような巨人の人垣。
その連なる鋸刃のような肩が動いている。
巨人の集団が足元めがけて腕を振り下ろし、地団駄を踏むように暴れている。
『前のあれ、でっかい銀圧反応が集まってる! あの集団のとこにエリィがいるよ!』
『団体にしても限度があるなあ。デラダン、キトを渡す。俺は先に突っ込む』
『や、やだ! ボクも一緒にいく!』
『ダメだ。危険だ』
キトはシートから立ち上がり、グエンの肩に顎を乗せる。
肩越しに、全方位に立つオリーブ色の巨人達を指さした。
『あれとかあれとか。他の巨人が動いたら全部危ないよ。危ないならぼくも一緒に行く!』
『なんだ、キト、そんなことを言うようになってたのか。くく』
グエンは大笑いしそうになるのを堪えながら答える。
自らの意思でアジトを飛び出し、エリィを救いに出た少年。その目は、以前とは見違えていた。
こみ上げる笑いの正体が喜びなのだと気づき、グエンにはそれが不思議で、嬉しかった。
『よし! キト、このまま全速で突っ込む! デラダン! ユイーク! 援護頼むぞ!』
『おっしゃー!』
『天才美少女ハッカーにお任せー!』
大型モービル【グランディア】は低い鼓動音を撒き散らし、さらに加速していく。
モービルのマフラーから迸るバックファイヤを追い、中型モービルを脇に抱えたデラダン機も各噴射ノズルから青い高圧ガスを噴き、速度を上げた。
地を這う二機を、目も鼻もない棒立ちの巨人達の顔が、ゆっくりと追い始める。




