1-115.波を呑む炎
イオル隊は、遺跡群で補給を済ませ、その足で奈落坂を一気に下った。
奈落を覗く淵、その石畳の道でリクセンの群れに遭遇していた。
当初、徒歩のレオン一行にはすぐ追いつくだろうと考えていたが、通路の右側、奈落へ続く崖に次々と手がかかり、リクセンが群れとなって這い上がってきた。
カグロはガトリング砲を撃ちながら、常闇の崖をちらりと見やる。
『おー、こえーこえー。グラネクス弾のおかげで楽に倒せると思ったらこれだ』
回転する砲身群が断続的に火を噴く。
数発ずつ短く発射し、リクセンの碧銀核を胸部ごと撃ち抜く。
グラネクス徹甲弾はリクセンに大穴を開け、あるいは上半身を紙屑のように粉砕した。
フェイス内通信に、明るく張りのある、やや少年めいた女性の声が入る。
『カグロ先輩! わたしも撃っていいですか!』
『無駄撃ちしないで、ちょろっとずつだ。一発ずつくらいの感覚だぞ。補給もたぶんこれ以上は望めないだろうからよ』
『はい!』
ヨミルはアドバイス通り、スピンアップさせていたガトリング砲のトリガーを引く。
一発ずつ放たれた弾が、リクセンの胸部を次々と撃ち抜いた。
『おお、才能溢れる若者は違うねえ。核だけ撃ってみな』
『はい!』
通路に沿って存分に射線を通す二機を、イオル機とガングー機が守る。
崖から這い上がるリクセンを蹴り飛ばし、ショットガンで吹き飛ばした。
『ちっ! 距離が近すぎてアンカーバスターが使えねえぜ! ったく面倒くせえ!』
『無理に核を破壊しなくても、崖に落とせば十分です! しかし、これでは』
『ああ、ちんたらし過ぎだぜ! イオル! 慎重すぎじゃねえか!』
『ですが、この物量で何度も来られたら数で飲まれます! 一点突破しても、囲まれておしまいです!』
『そういうこった。増援がなきゃ、俺らにはむしろ撤退しかねえんだよ。挟撃でジ・エンドだ。この地下、無線も通じねえからなあ』
『ちっ! 燃料も無限じゃねえしなあ! ローガー派が物資封鎖してなけりゃよ! クソがっ!』
『わわわ! せせ先輩! うえ! 上からリクセンが―!』
四機のフェイス内ディスプレイに、上方の闇が映し出される。
ライトが闇を照らす。その光を反射し、星空のように無数の輝きがきらきらと瞬いた。
空中から降る、リクセンの群れ。
カグロが吠える。
『くそったれ! なんで上から降ってくんだよ!』
『あれです! 崖下から手が!』
イオルが示す先。
奈落の崖から、巨大なペリドットの手がぬうっと伸びていた。
その手はリクセンの群れを鷲掴みにして空中へ放り投げ、崖下の闇へ消える。ほどなく再び現れ、掴んだ群れを放り投げた。
腕が奈落の闇へ沈むたび、崖全体に地震のような地響きが走る。
その場にいる全員が確信した。原理は不明だが、遺跡群に現れたペリドットリクセンの巨人が、崖にしがみつきながら大量のリクセンを放り投げ続けている。
リクセンを放る手の位置は、少しずつ奥へ移っていた。奈落の崖に貼り付いているであろうペリドットの巨人は、凄まじい勢いで奥へ奥へと進んでいる。
ブオォォォォォォォォォォォォォォッ!
カグロ機のガトリング砲がフル回転し、銃身から間欠泉のように空薬莢を噴き上げる。
『ヨミル! 全弾ぶち込め! 手あたり次第に撃ちまくれ! 飲まれるぞ!』
『は、はい! 全弾ぶちこみます!』
ヨミル機も加わり、二機のガトリング砲が水平射撃を浴びせる。
リクセンは着地する傍から粉々になった。
グラネクス弾がペリドットの体を次々と貫き、凄まじい数のリクセンを破壊していく。それでも、巨人が投げ込む量は増え続けた。
一投げで百体、二百体。リクセンが絶え間なく降り注ぎ、崖の縁からも次々と湧き上がる。
イオル機とガングー機もグレネードランチャーを撃ち込む。
しかし、カグロ機のガトリング砲が弾切れを起こし、ほどなくヨミル機も沈黙した。
イオル機とガングー機の弾薬も、同じく底をつく。
降り注ぐリクセンが積み重なり、五メートル幅の通路を埋め尽くしていく。
前方を照らすライト。
一本の通路にひしめき蠢くペリドットリクセンは、その光を宿しては放ち、巨大な生物の表皮のように波打っていた。
イオル隊は思わず言葉を失う。
数える気も失せるほどのリクセンの軍団が、ギシギシと嫌な音を立てながら様子を伺っている。一斉に襲い掛かられれば、決着は火を見るよりも明らかだ。
そこへ、グエンとデラダン機が到着した。
イオル隊のすぐ後ろ。
モービルに跨ったグエンが、通路を埋め尽くすリクセンを前にインカムへ呻く。
『うお、なんだこれは。上に乗ったら、リクセンで波乗りできそうな密度だぞ』
『アニキ、これはさすがに無理じゃねえっすか……す、隙間が見えねえっすよ……』
『エ、エリィ、こ、この向こうにいるの……?』
『キト、エリィが近いかどうか、わかるのか?』
『う、ううん。遠くて、匂いわかんない』
『遠いってのが分かれば十分だ』
イオル隊はグエン達の接近に気づいていたが、リクセンを刺激しないよう反応せずにいる。銃口を向けたまま、四機の黒いヘビークラストがゆっくりと後退する。
ブーツ底のタイヤだけを駆動させ、滑るように下がるイオル達が、前進するグエンのモービルの横を通過した。
イオル機がグエン達の無線とチャンネルを合わせる。
『グエンさん、ここは一度後退しま』
『よお、おたくら、俺が殺し漏らしたら、キトを頼むぞ。モービルはまあ、最悪壊れても文句は言わないが、思い出の品なんで守ってくれると嬉しいね』
グエンはイオルの言葉を遮ると、モービルを壁際に停める。
モービルから降りると、キトの肩をぽんっと叩き、デラダン機に呼びかけた。
『デラダン、キトを連れて下がれ』
『アニキ、あ、あれとやるんすか! さすがに無茶っすよ!』
『グエンさん、ここは退きましょう! 直に援護がくるはずですから!』
『出し惜しみして、エリィが死んだらどうする。巨人がご機嫌な様子で一足先に行ってたろ』
『ですが!』
『や、やべえっすよ! 万はいますよ! 万! アニキ!』
『だ、大丈夫だよ。グエンさんだもん』
慌てるデラダンとイオルに、キトがさも当然のように答えた。
キトはモービルから降りると、デラダン機の前へ走る。
オライオンもそれに続き、キトの肩に乗った。
デラダン機は仕方なくヘビークラストをしゃがませ、キトを右腕に乗せる。
歩み出るグエンの左首筋から左頬にかけ、紅蓮の火焔文様が浮かび上がった。
紅蓮の文様から炎が噴く。
『下がってろよ! 焦げない程度にな!』
キトを抱えたデラダン機と、イオル隊の四機がグエンから離れていく。
火焔文様から噴き出す炎は勢いを増し、グエンの体を包み込んだ。
(さすがに、こんな小粒なのを相手に呼んだら、俺が殺さるだろうな……それなら)
赤い瞳が火に染まり、コームオーバーの赤髪が熱気に逆立つ。
『バケモンってのは、力ずくで黙らせるしかねえよな!』
纏う炎が猛り、轟々と唸る。
紅蓮の炎が山吹色へ変わり、黄色へ、そして白く輝いた。
火柱と化した炎が、身体の中心へ収束し始める。
白焔は腰に下げた軍刀【濡焔】へ向かい、注がれていった。
熱風を受け、ヘビークラストの熱センサーが警告を発する。
四機はさらに距離を開け、約二十メートル後退した。
だが、装甲を介さないキトとオライオンは熱など感じず、風に目を細める。
キトの垂れ耳に挟んでいたインカムが熱で変形し、地面へ落下した。
炎が噴出する轟音に、濡焔の発する甲高い音が混じり始める。
リクセンの波が一斉に動きを止めた。
そして、津波のようにグエンへ押し寄せる。
――炸薬抜刀。
鞘口と鞘先から白焔が噴き出し、閃く刃が放たれる。
爆轟一閃。
白藍の刃が濡焔から迸り、水平に放たれ、音を越えて通路を薙いだ。
迸る光が地底を覗く岩路と奈落の淵を照らし、消えた。
あとに残ったのは、岩路ごと原型を留めぬほどに溶け、火を灯すリクセンの残骸。
まるで、溢れんばかりに蜜を注がれた通路のような光景だった。
火のくすぶる蜜は、うっすらと燃えながら崖へ垂れていく。
グエンは軍刀を鞘に納め、肩で息を吸い、大きく吐いた。
「ふう……さすがに、これでほぼガス欠だな……。ジアの言う、魔人絶火斬はこっちのがそれっぽいんじゃないか?」
そう言ったグエンの耳から、燃えカスになったインカムが落ちる。
キトがデラダン機から飛び降り、グエンのもとへ走り寄った。
デラダン機もすぐに駆けつける。
「うわー! やっぱりグエンさんはすごいや!」
『アァァァニキィィィ! すっげえ! ハイパードッカン斬り!』
「ドッカン斬りぃ? ま、頑張ったぜ。ただ、さすがに万はいなかったろ、デラダン」
通路上のリクセンを焼き尽くした光景に、イオル達は絶句する。
ガングーが呆れた声でぽつりと漏らした。
『……てめえのがバケモンじゃねえか……グエンの野郎』




