1-114.小さな援護射撃
玉虫色のヘビークラスト、デラダン機が路地裏を駆けた。
石造建築の壁に肩や肘の装甲、武装がこすれ、盛大に火花を散らす。戦闘用パイルドライバ【アンカーバスター】などの重火器は突起部が多く、何度も壁の一部を抉った。
その後ろを、大型三輪モービル【グランディア】が走る。それぞれに小型エンジンを乗せた二本の前輪、三メートル半の車体に3,100ccの大排気量が回す極太の後輪。
グエンが運転し、ゴーグルをかけたキトが後ろに乗っていた。
キトは分厚い本を括り付けたカバンを肩に掛け、グエンから譲り受けた黒いコンパウンドボウを背負っている。その肩の上には、子犬のような体躯に、黒い縞模様の入った毛皮のオライオンがちょこんと座った。
左手、建物の奥から戦闘音が響く。広場では、まだ戦いが続いている。
一行が目指すのは、エリエラが走っていた方向。
遺跡群の南西に位置する、奈落坂だ。
キトの犬のような黒い鼻と、インカムを挟んだ垂れ耳がピクリと動く。
「う、うえ! 左のほう!」
「ウォンッ! ウォンウォン!ッ」
キトの声に、デラダン機のフェイス部が左上を向く。
右アームに持ったアンカーバスターの切っ先が、ヤモリのように壁に貼り付くリクセンへ向いた。
パガァン!
火薬の炸裂音と共に杭状の槍が射出され、リクセンの胸部を粉砕する。
射出筒から撃ち出された杭は瞬時に伸展し、筒へ戻る。あまりの速さに、肉眼では一瞬、影が伸びたようにしか見えなかった。
排出された空薬莢が地面を跳ね、乾いた金属音を路地に響かせた。
その後も、キトの鼻と耳がリクセンの居場所を捉え、デラダン機が次々と破壊していく。
グエンはモービルのハンドルを握りつつ、納刀した鞘内に炎を溜め、側面と背後からの襲撃に備えた。しかし路地を抜けるまでに現れた九体のリクセンは、すべてデラダン機が破壊した。
デラダンとキトの鮮やかな連携に、グエンは舌を巻く。
『やるな、デラダン、キト。俺も炎を節約できるから助かる』
『キトと、最新型のアンカーバスターのおかげでさあ!』
『え、えへへ、オライオンも教えてくれるから』
キトの肩の上で、オライオンは呼吸に合わせてへっへっへと舌を出す。
その小さな黒い鼻先が、左側へ向いた。
グエンがその先へ視線を移すと、建物が途切れる。
一行は遺跡群の最南東、外周路へ飛び出した。
「きゃあ!」
女性の叫び声。
外周路の外、石塀を挟んで約三メートル先。
遺跡群の入口まで降りてきたクエスタの軽高機動車両へ、二体のリクセンが四つん這いで迫っていた。
車両には拳銃で応戦する運転手と、後部席にはヒッジスとユイナの姿が見える。
『世話の焼ける奴らだ! デラダン! ここでキトを守れ!』
グランディアがデラダン機の脇をすり抜け、石壁へ向けて加速する。
グエンは車体を倒し、フルブレーキをかけた。
タイヤが石畳を擦り、砂を噴き上げる。
ジャリジャリと音を立てながら石壁と水平に並び、急停止した。
停止と同時に、グエンは車体を足場に跳ぶ。
『へ? あ、了解でさあ!』
石壁を飛び越えたグエンの背を見て、デラダンは慌てて答える。
グランディアは姿勢制御スタビライザーにより、運転手を失ってもその場で自立した。
騎士の姿をした二体のリクセンが、虫のような関節の手足で四つん這いのまま、軽機動車のボンネットに登る。
運転手が、弾の尽きた拳銃をリクセンに投げつけた。
「来るな! 登ってくるなこいつら!」
その一体の背中に、石塀を飛び越えたグエンが着地した。
横の仲間に降ってきたグエンへ、リクセンが振り向き、顔を上げる。
炸薬抜刀。
軍刀の黒い鞘口と鞘の先端から火が噴き、爆音と共に刃が引き抜かれる。
振り向きざまに、騎士リクセンの臀部から胸、頭部までが切り裂かれた。透き通った体、その胸部で鼓動する碧銀核も両断される。
足場にされたリクセンが、背中のグエンに噛みつこうと首を反転させた。顎が裂けて割れ、肉食魚のような口でグエンの足に食らいつく。
「おっと」
グエンは足を引いて避けると、ガチガチと歯を鳴らすリクセンの口へ軍刀を差し込む。
反射的に刃を噛んだ顎は、万力のように刀身を掴んで離さない。
グエンは柄を握ったまま、車体から飛び降りた。
刃を咥えたリクセンの体が浮き、ボンネットから引き剝がされる。空中へ放り出され、リクセンはようやく噛んでいた刃を離した。
グエンは軍刀を引く。
(さて、どうやって核をぶっ壊すか。省エネで行きたいもんだが)
ヒュンッ。
風切り音が鳴る。
落下するリクセンの脇腹へ、矢が撃ち込まれた。
オリーブ色の胴体に鏃が触れると、円筒状の鏃からワイヤー状の腕が展開し、リクセンの胴体を掴む。バチバチと音を立てて放電が始まり、ペリドットの表皮を電流が走った。
電流を纏うリクセンは、さも四本足が当然であるかのように地面へ降り、矢が飛んできた方向へ顔を向ける。
視線の先は石塀の向こう。モービルのシートに座り、コンパウンドボウを構えたキト。
電流を纏いながらも、リクセンは平然としていた。
方向を変えようと動いた、その瞬間。
クリアブルーの刀身が、肩口から左腕を切り落とした。
肩口の切断面から、血管のような銀色の管が露出する。碧銀核から伸びる銀の血管だ。
切断面に覗く銀色の管へ、青白い電流が飛びつく。
途端に、リクセンが痙攣しはじめた。ビクビクと手足を震わせ、地に伏す。
グエンは軍刀【濡焔】を構え、その背中から碧銀核を刺し貫いた。
クリアブルーの刀身は電流を受け付けず、ゆっくりと引き抜かれる。
グエンは周囲を見渡し、接近する敵がいないことを確認した。
背後の軽機動車両へ振り向く。
後部席に座るヒッジスと目が合った。
グエンはいたずらっぽく、にやりと笑う。
「統括本部長さん。ようこそ、リクセンランドへ。アトラクションはお楽しみですか?」
「あ、ああ。危ない所を助けられた。礼を……せねばならないね」
「どういたしまして。悪いが、急いでいるんで、これ以上は助けてやれないけどな。さっさと逃げろよ、おたくら」
グエンは軍刀を鞘に納め、踵を返し走り出す。
ヒッジスの横に座っていたユイナが立ち上がった。
「グエンさん! ありがとうございます! エリィさんは橄欖の間です! イオル隊は先に向かいました!」
「助かる!」
グエンは振り向かず走り、親指を立てて見せる。
石壁を飛び越え、モービルに飛び乗った。
シートに座ったグエンは、スロットルを一気に開く。
エンジンが吠え、後輪が空転。
モービルが急旋回した。
『エリィは橄欖の間だ! このまま坂に突っ込むぞ!』
『うっす! なら、あっしが前に行きやす!』
『頼むぞ! 下り坂はあんまり飛ばすなよ! 俺はキトのガイドが無きゃ、あそこで一回死んでたとこだ!』
『あっしもアニキを助けに一回通ってるんで、でえじょうぶっすよ!』
『あ、そうだったな。にしても、キト! さっきはすごかったな! 助かったぞ!』
『う、うん!』
玉虫色のヘビークラストが急加速する。
青色の高圧ガスを噴き、モービルを追い抜いた。
『へ? キトがなんかあったんすか?』
『見てなかったのか? すごかったんだぞ』
『ま、周りを警戒してたんすよ!』
『あとでたっぷり自慢してやるよ! な、キト!』
『う、うん。へ、えへ』
二機は石畳の通路を駆け抜ける。
西側の壁、その根元にぽっかりと口を開けた闇の中へ飛び込んでいった。
その後ろ姿を、ユイナはじっと見つめている。
メガネ型のグラスディスプレイ。そのレンズに各部隊への指示文が次々と表示される。ユイナは情報部への指示欄を開き、脳波ノックにより操作していく。
その中には、グエンとその仲間への電子妨害を停止する旨もあった。
横に座るヒッジスは、彼女のレンズに映る情報から視線を外すと、遺跡広場で交戦中の重殻機兵隊へ向き直る。
活性化したリクセンに一度は押された重殻機兵隊だが、各隊が連携し、確実にリクセンの数を減らしていた。
ヒッジスはインカムに指示を送る。
『第二、第三、第四、第五小隊は補給後、ただちにイオル隊の支援に向かいなさい。私も地下へ向かいます』




