1-113.地底を覗く岩路
レピ<神々の世界>
リゴナ<強き肉を持つ者の世界>
コクァト<弱き肉を持つ者の世界>
エリエラを連れたレオン一行は、奈落坂を抜けた。
グエンが情報屋ルガーを通して報告した後、遺跡群からさらに地下へ潜るこの坂道は、クエスタにより【奈落坂】と命名されていた。
坂を越えると縦長に開けた地下空間が広がり、岸壁の中腹には小さな腰かけのような連絡通路が伸びている。奈落坂の由縁となった底なしの崖を右手に、左手には天井も見えぬほどの岩壁がそそり立つ。
石畳が敷き詰められた岩の路を、一行は歩く。
一行の先頭を歩くのは、純白のマントをたなびかせ、白い甲冑で全身を包んだ白鯨騎士。腰にはサーベルを帯び、左手には白鯨の紋章を施された大楯を構えている。
その後ろにレオン団長、エリエラ、最後尾には先頭と同じ装備の白鯨騎士が続いた。
一行が進む奈落の淵には一つの照明も設置されておらず、エリエラ以外の者が携行するライトだけが闇を照らす。
通路の奥から時折、騎士を模したリクセンが現れるが、先頭を守る騎士が撃退した。
レオンは、耳にかかる錦糸のように繊細な金髪をかき上げる。彼だけは兜をつけておらず、白鯨の白い甲冑に金のマントを纏っていた。マントには、白銀の刺繍で描かれた白鯨の紋章。
レオンは、先頭の騎士が崖下へ投げ捨てたリクセンを視線で追い、エリエラに問う。
「これほどのリクセンが目覚め、巨人も目覚めた。であれば、巨神もすでに我々に気づいているでしょう。黒薔薇姫、声はなんと言っていますか?」
「声は聞こえますが、人の言葉ではないのかもしれません。何を言っているのかは、わかりません。わたくしを呼んでいることはわかります」
「結構。やはり、あなたは世界樹に呼ばれているようだ」
「それは、わたくしに、神々の声が聞こえていると言っていたことですか?」
「ええ、ええ。まさしく。我がスクアミナ正教の伝承では、礎の女神ダナートニアは、世界樹へと姿を変え、この世界を救いました。巨神は、その眷属。しかし、巨神は自由で、気まぐれ、力を認めさえすれば女神に弓引く者にすら手を貸します」
エリエラはレオンの後ろ姿を見つめながら歩く。
通路の先から数体の騎士リクセンが走ってくるが、先頭の白鯨騎士が振るうサーベルにことごとく破壊され、碧銀核を残したまま崖下へ投げ捨てられた。
「わたくしに、何をさせたいのですか」
「あなたはいるだけで良いのです。私の考えが正しければ、おそらく、それだけで扉が開きます」
「扉とは、なんです? どこへ至るものですか?」
「連なり重なる地底です。あなたも正教の教えはご存じですね」
「もちろんです」
「古代ダニア語、レピとリゴナ、コクァトについては?」
エリエラは記憶を辿り、幼少の頃から慣れ親しんだ書物の紙面を思い浮かべると、読み上げるように一言一句を丁寧に発する。
「レピは神々の世界。リゴナは強き肉を持つ者たちの世界。コクァトが、弱き肉を持つ者たちの世界、私たちの世界です」
「さすが王家の姫君、博識であられる。レピは女神がまします世界。コクァトは我々の世界であり、様々な世界と重なっています。もっとも近しいのが、リゴナ、強き肉を持つ者達の世界」
最後尾の騎士が、崖の縁をサーベルで薙ぐ。
岸壁の一部と、ペリドットの指が飛び散った。
エリエラはその様を横目で追い、正面へ視線を戻す。
誰も足を止めず、一行は進んだ。
「ですが、それは神話です。わたくしとどんな関係があるのでしょう」
「リクセンは、まさに強き肉を持つ者ども、リゴナの生物です。リゴナとコクァトの重なりが深まる地で、リクセンは生まれます。あれらは、周囲の生物の恐怖を吸い、姿を変える異形。悍ましい生物であり、神話の時代に用いられた兵器です。神話の巨人もまた、リクセンのこと」
「連なり重なる地底というのは、わたくしたちのコクァトと、リゴナが重なっているという意味ですか? わたくしは、そこへ連れていかれると」
「その通りです。そして、その水底に、巨神はいる」
「巨神が、山ではなく、水底にいるというのですか?」
「あれは水だとは思いますが、言葉では言い尽くせませんね。行けばわかります」
「若! 若―!」
一行の背後から、古鐘を打ち鳴らしたような低く太い声が響く。
甲冑の擦れる音と、重銀製の長靴が石畳を叩くドシャドシャとした騒がしい足音。それらを引き連れて、声の主が闇の奥から現れた。肩には大ぶりの白いランスを担いでいる。
「若! よくぞご無事で! むうっ!」
ゲイドラはレオンのもとへ到着するや否や、右側の崖へ向き直る。
崖の縁にペリドットの手がかかった途端、騎士リクセンが飛び出した。
その数、三体。
ゲイドラは左腰に下げたショットガンを掴み、ホルスターに繋がったままの銃をクイックドローのように撃つ。銃身を前後へスライドさせれば、そのまま次弾が装填される。
ドドドンッ!
重銀製スラッグ弾が、リクセンの胸部を打ち抜く。
宙へ跳び出した三体すべてが碧銀核を砕かれ、そのまま崖下へ落下していった。
「相も変わらずの早業だな、ゲイドラ」
「これも騎士の務めなれば」
「ショットガンを好む騎士など、エンブラ広しといえどもローディス家だけだろう。なかなかに騒々しい。エンザリクはどうした」
「はっ。墨影を率いて来るよう命じましたので、すぐに追いつくかと」
「そうか。だが、待っている時間はない。巨人は我らを追っている。急ぐぞ」
「はっ」
ゲイドラがレオンの横、崖際へ陣取ると、一行は再び石畳の連絡通路を進み始めた。
騎士たちの甲冑が鳴らす金属音に紛れ、ショットガンへ弾を込める音がカチャカチャと闇に響く。




