1-110.山を裂く者と眷属③
外へ飛び出したグエンは、鞘に軍刀を収め、蠢くリクセンに突進する。
――炸薬抜刀。
紅い残像がペリドットのリクセンの脇をかすめるたび、鞘口から閃光と爆発が放たれた。
後には、碧銀核ごと真っ二つにされたリクセンの残骸。
鞘内を励起状態の炎で満たし、駆け、起爆し、爆破の衝撃で抜刀、両断する。この動作を繰り返し、瞬く間に七体のリクセンはペリドットの残骸と化した。
「なるほど。炸薬抜刀、納刀が面倒だと思ったが、刀身を高温にするよりもずっと燃費がいいな。まさしく、ジア考案の必殺技だ」
グエンは軍刀【濡焔】を鞘に収める。
リクセンに襲われた掘削作業員たちが地面に倒れていたが、彼らの安否を確かめる間はない。別の救助対象が激しく暴れまわっているからだ。
『ふざけやがってこいつらぁぁぁっ!』
怒号を振りまき、暴走するようにジグザグに高速走行するガングー機。
暴れまわる3m弱の金属の塊は、それだけで脅威だ。
灰黒色の石造建築に激突し、壁を砕く。
石片と共にリクセンが落ちるが、すぐに起き上がり、再びガングー機に取りつく。
これを繰り返すばかりで、事態は悪化する一方だ。
重銀合金グラネクスという破格の装甲を誇るヘビークラストだが、動力には限りがある。濃化重銀シリンダーを交換しない限り、一度の連続稼働時間は三時間弱。
一方、高純度の重銀である碧銀核を持つリクセンは、疲れを知らなかった。
(あのままだとリクセンが装甲の隙間をこじ開けるだろうな。手間がかかる奴らだ)
他のヘビークラストもほぼ同様か、地面に伏して蟻にたかられる獲物の様相を呈している。
弱り目のイオル部隊を前に、グエンは思案を巡らす。
『デラダン、聞こえるか。ヘビークラストってのは、爆破しても乗ってるやつは無事なもんなのか? 例えば、デラダンの機体の腹に爆弾をくっつけて起爆するとか』
『聞こえやすぜ! でえじょうぶっすよ! あっしの旧型でも、グレネードランチャーを腹にぶち込まれてもなんともねえっす! 装甲をぶっ壊す用の、ロケットランチャーなんかだと無理かもしんねえっす!』
『それだけわかれば十分だ。また後でな』
『うおお! アニキ! リクセンがゴキブリみてえに!』
『そっちに行ったか!』
『あ、いや、高えとこに登ったら、広場でカサカサしてんのが見えたもんで』
『なんだ、驚かせるなよ。よくそれで登れたな』
『あ、いくつか屋根ぶっこしちまいやしたけど。って、やばいっすよ! リクセンが速すぎてヘビークラストが! あいつらなんとかなんねえっすか!』
『なんとかって、こいつらを全部いっぺんにぶっ殺せって意味か?』
『そっす! 炎とかなんかで、一気にバコーンと全滅させる技とかねえっすか! 敵だけドッカン全体斬りみてえな!』
『あるにはある……いや、こんなザコ相手にやったら、俺が殺されるかもな……あの巨人が相手なら、あるいは』
『な、なんかあるなら早くなんとかしねえと!』
『いや、やっぱりない。楽な奥の手なんてそうそうあるもんじゃない。急がば回って全部斬れって言うだろ。デラダン。お前はキトを守ってろ』
『う、うっす! こっちはケツまくって逃げたんで余裕っす! けど、あのデカブツがそっち向いてるんで、ちっと援護だけしときやすぜ!』
『おう。キトがいるんだ。安全第一で、嫌がらせくらいにしとけよ』
『遠距離でチクチクしてやりやすぜ!』
通話を終える。
グエンの体を包む炎の膜が、視認できるほどに厚みを増し、燃え上がる。
(こっちは燃費が悪いが、炸薬抜刀は手加減ができないからな)
直後、猛る紅蓮の炎が右腕に集約した。
炎は爆ぜ、轟々と唸る。
勢いを増す炎は輝きを増し、赤橙から山吹色、黄色へと変わっていく。
地面を蹴り、グエンはガングー機へ向かって跳んだ。
全身にペリドットの刃を突き立てられ、関節部にまで食い込まれたガングー機が膝をつく。
グエンはまさにその真下に着地した。
「ケツアゴ! 歯ぁ食いしばりな!」
大きく踏み込み、烈火のボディブローを放つ。
ヘビークラストの腹部装甲にしがみつくリクセンの背で、白い閃光が爆ぜる。
ドゴォォンッ!
爆発によって引き剥がされたリクセンたちが、周囲に飛び散る。
ヘビークラストに残ったのは、腹部装甲にしがみつき、背中が大きく抉られたリクセン一体のみ。
爆破の衝撃を受けたヘビークラストが、ゆっくりと後ろに傾いていく。
グエンは即座に右腰に差した剣鉈【鐘岩徹】を引き抜き、リクセンの四肢に振り下ろした。
重銀の刃はペリドットの肉体を断ったが、ヘビークラストのグラネクス装甲には傷一つつけられなかった。
そのまま後ろへ倒れるヘビークラスト。
そして、ぼとりと音を立てて地面に落ちるリクセン。
グエンは剣鉈を鞘に収め、軍刀を引き抜き、リクセンの背から碧銀核を貫く。
リクセンの透けた体内。胸の碧銀核から四方八方に伸びた血管のような管が大きく脈打ち、やがて糸のように細くなった。
グエンは、それがただの鉱石の塊に戻ったのを見届け、軍刀を鞘に納める。
周囲に視線を走らせる。
四方に吹き飛んだリクセンは、素早く反転し腹ばいになるとすぐに体を起こしていた。
両手足で地面を捉え、這いずるリクセンの姿に悪態が漏れる。
「せめて動きは遅くあれよ、この害虫どもが。速いと、気持ち悪いってのはイコールなんだぞ。まったくなあ」
そんなぼやきをかき消すように、爆音がこだまする。
音の方向、西側に目をやると、巨人が爆炎に包まれていた。
融解した塔よりも大きい、四角柱の塔のてっぺんから、玉虫色のヘビークラストがグレネードランチャーを撃っている。
シュコンッシュコンッ……ボボゴォォンッ!
軽快な射出音と共に弓なりの軌道を描くグレネードが、巨人の右腕、肩、顔面に着弾し、次々と火球となって膨れ上がる。
亀裂から肩をねじ込んだ状態の巨人は、炎の中で右腕を激しく振り回した。
ガングーは仰向けになって倒れていた。
鍾乳石が垂れさがる岩肌の天井と、房状に吊るされた照明。
フェイス装甲内部のディスプレイに映る景色は動きがなく、まるで静止画だ。
熱センサー異常のアラームが鳴り響き、ディスプレイには赤文字の警告文が点滅している。
目を覚ましたばかりのガングーは、状況を飲み込めずにいた。
「ケツアゴ」という音声が聞こえたのは覚えているが、爆発的な光と音、衝撃の影響でほんの一瞬だけ意識を失っていた。
自機が倒れていることだけはわかる。
数秒後。
アラーム音と警告文が消えた。
ゆっくりと体に力を入れる。電位センサーが反応し、人工筋繊維が収縮する。さらに電動ポンプから送り込まれた高圧オイルが、太い人工筋肉繊維を収縮させていく。
――ゴゥッ、グゥゥンッ……。
聞き慣れた人工筋肉アクチュエーターの収縮音と共に、体を起こした。
ディスプレイに映し出されたのは、カグロ機とヨミル機の後ろ姿。
ヴォォォォォォォォォォォォ!
回転する砲身群が、猛り狂ったように火を噴き続けている。
二機は横に並び、正面に立つイオル機に向けてガトリング砲を連射していた。
間断なく弾丸を浴び続けるイオル機は、両足を踏んばって耐えているが、弾丸の衝撃でじりじりと後退している。
空薬莢がばら撒かれ、地面を跳ね、転がる乾いた金属音が絶え間なく続く。
『は? お前らなにやってやが……ああ! グエン! て、てめえ! なんでここに!』
ガングー機の真横にはグエンが立っていた。
両腕を組み、イオル機を眺めている。
『いやそれどこじゃねえ! なんでイオルを撃ってんだお前ら!』
『あ! ガングー先輩! いまですね! リクセンを倒してます!』
『そういうこった。大事な大事な相棒がピンチだってのに、お昼寝とは。気楽な奴だなあ』
『ああんっ⁉ だから、やめろっつってんだ! おい!』
ガングー機が立ち上がる。
カグロ機の肩を掴もうとアームを伸ばしたその時、イオルの声が制止した。
『ガングー! 心配いりませんよ! ちょっと待っててください!』
『心配いらねえって! イオル! てめえっ!……あ』
取り乱すガングーは、倍率を上げたディスプレイを見て動きを止める。
夥しい弾丸の雨が、イオル機にしがみつくリクセンを一体、また一体と剥がしていた。
ヨミル機は張り付いたリクセンを狙って撃ち剥がし、カグロ機は再び飛びかかろうと這いずるリクセンへバースト射撃を繰り返す。弾丸の衝撃で撥ね飛ばし、亀のように転がしていった。
『あいにくただの鉛弾しか手持ちがなくてよ。けど、腐っても毎秒五十発の二十mm弾、当てるだけでお手玉できらあ。ま、高圧洗浄機で洗車してるようなもんだ』
ヨミル機のガトリング砲が、イオル機に張り付いた最後のリクセンを剥がす。
宙へ弾き出されたリクセンを、カグロ機がバースト射撃で数度弾いた。
『よし、ヨミル! そろそろ行くぞ!』
『はい! ついていきます!』
爆走するエンジンのように吠えていたガトリング砲が鎮まる。砲身群はなおも空転し、真っ赤に染まった砲身から熱を逃がしていく。
二機はガトリング砲を構えたまま、イオル機へ向かって走行していった。
そこからは、イオル機を含めた三機が手際よく連携し、リクセンの碧銀核へアンカーバスターの杭を打ち込み、破壊していく。
三体が破壊され、四体目のリクセンを囲み、追い立てる。
その様を見て、ガングーが吐き捨てた。
『ちっ! グエン! てめえのことはあとだ!』
ガングー機が飛び出し、加勢に向かう。
グエンは周囲を警戒しながら、インカムへ話す。
『ここのリクセンはあらかた片付いた。あとは大物退治だ』




