1-111.山を裂く者と眷属④
遺跡群の入口広場、西側。グエン達やイオル隊の活躍によって、リクセンはほぼ制圧されていた。
入口のある南東でも、重殻機兵隊がリクセンの大半を活性化前に制圧し、ほぼ無傷で勝利している。
対して東側、エンブラ歩兵は壊滅状態。
加勢した二十名の墨影兵も半数を失っていた。それでもアズレイを中心に、残る活性化したリクセンを確実に破壊していく。
その戦場を、白鯨騎士団副団長ゲイドラが駆け巡る。
重銀ランスを小枝の如く振り回し、群がるリクセンをまとめて薙ぎ払う。返す手で左腰のショットガンを抜き放ち、クイックドローさながらに連射。重銀製スラッグ弾が次々と胸部を撃ち抜き、碧銀核を粉砕していく。
ゲイドラの獅子奮迅の活躍により、エンブラ歩兵へ群がる敵は瞬く間に蹴散らされた。
一方、エンザリクは一人、入口の石塀にもたれて立ち尽くしている。
リクセンに敗北し、戦場から弾かれるように傍観者となっていた。蔑ろにされた己の無力さに歯ぎしりし、戦うものすべてに憎悪を向けている。
「これでは壁の花ではないか……。このエンザリクがだ! なんという屈辱か!」
抜き身のサーベルを握り締め、刃に映る己を睨む。
自慢の大楯はゲイドラに投げ捨てられたまま、紋章を地面に隠し、打ち捨てられていた。
ランスを肩に乗せたゲイドラが、その前に立つ。
仁王立ちで見下ろしながら、叱責の声を浴びせた。
「何をしておるか! 奈落坂を下った若を追いお守りするぞ! 呆けている暇があるならば、武勲にて汚名を雪げい!」
「汚名、ですと?」
小さな声は兜の中だけで反響する。
ゲイドラは西側の壁、奈落坂へ体ごと向き直った。
「ワシは先に行く。若はあの巨神めを手に入れるおつもりだ。動き始めてしまったのでは、もはや仕方あるまい。墨影共には伝えてある。貴様は墨影を引き連れて来い!」
返答を待たず、ゲイドラは駆けて行った。
エンザリクはゆっくりと顔を上げる。
純白の兜の隙間から、リクセンと戦う墨影兵とヘビークラスト隊を冷たい瞳が見つめた。
グエンは走る。
イオル隊が戦う最中を縫い、すり抜けざまに一体のリクセンを炸薬抜刀で両断した。
さらに速度を上げ、リクセンの残骸、倒れた作業員を飛び越え、巨人へ向かう。
寄り合い所前で倒れた者たちには、ほとんどまだ息がある。
グエンは背後で戦うイオル機へ叫ぶ。
「ここの連中はまだ生きてる! 任せたぞ!」
『任せてください!』
『グエン! てんめえ! また俺の獲物を取りやがったなー!』
グエンは拡声されたイオルとガングーの声を背に受け、進む。
広場の縁、西側通路の入口に到着した。
西側の亀裂から遺跡群のあるこの空洞へ、オリーブ色の半透明な体をねじ込む巨人。
手の届く範囲の建物はすでに原型を留めておらず、力任せの整地が終わっていた。
通路に面した数軒の石造建築を残すのみ。
避難所になっていた寄り合い所に至っては、入口側の壁が辛うじて立っているだけの張りぼて状態だ。
『デラダン! あのデカブツは何してる!』
グエンの問いかけはもっともだ。
巨人はあれだけ腕を掻きまわしていたのに、今はぴたりと動きを止めている。
『わかんねえっす! グレネードが効いたようには思えねんすけど……。ちょっと前から、よそ見したまんまっすよ!』
『よそ見? いや、目が無いぞこいつ』
グエンは張りぼて状態の寄り合い所の脇を通り抜ける。
瓦礫の広場と化したそこに、右腕と肩、頭と胸の一部を亀裂の隙間から覗かせた巨大な人型がいた。リクセン同様にペリドットで構成されていると思われる体は、半透明のオリーブ色。胸部の碧銀核から生えているであろう銀色の血管が透けて見え、首筋や肩へ繋がり、大きく脈動している。
肌の表面は滑らかな箇所もあれば、荒く隆起した箇所もある。大小無数の鉱石クラスターが立ち上るように群生していた。
細かな結晶が針山のように密集する傍らで、樹木ほどもある結晶柱が斜めに突き出している。形も生える方向も規則性は感じられない。人工的な装甲には見えなかった。
家よりも大きな拳は握られ、地面に横たわっている。
グエンはその手の前に立った。
縦に握られた拳だけで、グエンの背丈のちょうど倍はある。
「こいつ、こっちを見ていないな?」
人間の頭部らしきものが一応は乗っているが、口も目も鼻もなく、作りかけの模型人形のようだ。
顔が横を向いていると言えばそうだが、外観からは断定できない。
正面を向いているのか、目を開いているのか、わからない。
しかし、グエンは巨人の視線を感じなかった。
わずかに右肩を引き、身体が斜めになっている。
その体勢から、亀裂の間より右側の壁を見ているようだ。
「なんだ、こいつ? 人間もぐら叩きで遊びに来ました、って訳じゃないのか?」
ズズズズズッ……!
おもむろに巨人が腕を引き、亀裂の中に戻っていく。
肘を亀裂の壁につけ、ズリズリと降り、姿を消してしまった。
グエンは警戒を解かず、闇が溶け込んだ壁の亀裂を注視する。
百メートルはある天井から地面へ一直線に伸びた壁の裂け目は、沈黙したままだった。
『アニキ! てえへんです!』
『どうした?』
『キトから聞いたんすけど、さっきのテントのあれ、やっぱ姐さんっすよ!』
『やっぱりエリィか! あの騎士共に連れて行かれたんだな?』
『そうっす! けど、どこにいったかはわかんねえっす!』
『十分だ! エリィを探しに行くぞ!』
『あっしも行きやす! 安全第一で!』
『気をつけろよ!』
通話を終えたグエンが警戒を解きかけた、その時。
亀裂の縁に、オリーブ色に煌めくペリドットのクラスターが一つ、また一つと生える。
沸騰する湯に浮かぶ泡のように、ふつふつと数を増やし、やがて亀裂の縁を埋め尽くした。
蠢くペリドットに光が当たる。
闇から染み出すように現れたのは、リクセンの群れだった。
イオル機にユイナから通信が入る。
『各機へ通達。支援物資が到着しました。主に弾薬類、グラネクス徹甲弾です。各小隊へ届けます』
イオル機のフェイス内ディスプレイに、ユイナから映像が送られる。
高台礼拝堂へ続く坂道の中腹。ヒッジスとユイナの乗る軽機動車両の前に、貨物トレーラーをけん引した二台の大型モービルが停車していた。
『了解です! 届きましたか! 私たち第一小隊は補給を受けます! ガングー、指揮をお願いします!』
『へっ、しょうがねえな。おい! 行くぞお前ら! 楽しい補給の時間だ!』
『はい! 楽しみにしてました!』
『おやつタイムだぜ~。戦うのと、簡単な指示は得意なんだよな、ガングー小隊長』
『けっ! 年寄りは手より先に口が回りやがって! 補給はおめえら用なんだぜ! このあとアゴでこき使ってやっからよ!』
『右のアゴで俺、左のアゴでヨミルかあ?』
『ああん⁉ ケツからアンカーバスターぶち込むぞ!』
悪態をつきながら、ガングー機はカグロ機とヨミル機を連れて発進する。
三機は、なおもリクセンと交戦する味方部隊の傍らを駆け抜けていく。
その背を見届け、イオルは索敵しながら再度通信を行う。
『イオルより各小隊長へ! 状況を報告してください!』
各小隊長から、リクセンとの交戦状況が伝わる。
三機が損傷を受け、重傷者が出ていた。
幸い負傷は重篤に至らず、隊を再編成させるほどの損害ではない。
簡潔な報告が終わるころには、リクセンの破壊は完了していた。
『第七小隊は、生存者の救助にあたってください! 人命が最優先です! 第五、第六小隊は支援物資を回収し、各隊へ届けた後、救助に加わってください! 第二、第三、第四小隊は私の隊と一緒に、広場に残るエンブラにあたります! 戦闘中、はぐれたリクセンが建物群に逃げ込んだはずです! 奈落坂から出てきたリクセンも尽きたとは限りません! 各機、警戒を怠らないように!』
ヒッジスが通話に割り込む。
『ヒッジスだ。イオル君。君の認識と、私の認識には齟齬があるようだね。ローガー会長が招いた白鯨騎士団の排除、これも最優先事項だ。あの巨人は、彼らが関わっている。一歩間違えば、バナーバル市民に相当数の死者が出てしまう。君は精鋭部隊を率いて、レオン団長の身柄を拘束するんだ』
『……まさかレオン団長は、この騒ぎに乗じて橄欖の間へ向かったのですか?』
『ああ。映像を回してやってくれ、ユイナ君』
『はい。たった今、捉えた映像です。場所は西壁側の奈落坂入口です』
ユイナから、イオル機へ映像が共有される。
ぽっかりと口を開けた暗闇へ、レオンが消える。
その後ろから、巨大化した騎士がエリエラを抱えて続く。
もう一人の騎士も暗闇へ入った。
一行の姿は、イオル達が先程の戦闘中に目撃したものと同じだった。
『確認しました。……私の第一小隊は、補給後、奈落坂を降ります! 第五小隊は、第一小隊の代わりに、エンブラ戦力への対応をしてください! 救助が完了した部隊はヒッジス統括の指示を受けてください! ヒッジス統括、よろしいですか?』
『ああ、任せたまえ』
『ありがとうございます。各機、行動開始!』
イオルが通話を終えると、第二小隊から第七小隊まで、各小隊長から了承の返答が続く。
それぞれの隊が役目を果たすべく、一斉に動き出した。




