1-107.潜入
グエンは三輪の大型モービル、グランディアで遺跡群を走っていた。
見晴らし台を下り、細い裏路地を進む。
全長3mを超すグランディアでは、狭い路地裏を走るのも容易ではない。
道幅が狭く、角を曲がるにも車体を倒せない。ハンドルを切るたび、エンジンを搭載した二本の前輪が石畳を擦り、タイヤを軋ませる。
それに比べれば、高さ3m半あるとはいえ、人型兵器であるヘビークラストのデラダン機の方がずっと小回りが利く。右手に巨大な機械槍を持ち、火器を背負っていてもだ。
デラダン機が先行し、周囲を探っていた。
細い路地を抜けると、開けた通りにぶつかる。
デラダンはフェイス装甲内のディスプレイを脳波ノックで操作していく。
石造家屋の奥、白いものがディスプレイに映る。
映像を拡大すると、天幕の上部が見えた。
デラダンがフェイス装甲内から、インカム越しに話しかける。
『アニキ、この先の通りに出れば正面の広場に行けそうっすよ。エンブラの白いテントっぽいのが見えやすぜ』
『ナイスだ。で、キトかエリィの姿は見えるか?』
『こっからだと、この道の出口しか見えねえんで……見えんのは、エンブラのやつらとリクセンだけっすね』
『エンブラのは歩兵か? 騎士か?』
『騎士が……二人に歩兵と、あと忍者みたいなやつらっす。あ! あの猫女みてえなやつもいやすぜ! ここであったが百年目ってやつだ! やっちまいやすか!』
『…………いや、魅力的な提案だが、二人を探すのが先だ。ここにいるかもわからん。俺はここから徒歩で行く。デラダン、ちょっと肩を貸してくれ。そこの塔に昇ってみる』
『うっす! アニキ、こっちがちょうど良い陰になっていやすぜ』
デラダン機がゆっくりと路地から開けた通りへ向かう。
路地の倍ほど、横幅5mほどの道。
住宅街の本通りだろう。
路地と本通りがぶつかる角に、円筒形の塔が聳え立っていた。
グエンは入口広場から死角になる塔の陰へ、グランディアを停車する。
デラダン機もすぐ横で足を止め、左膝を地面についた。
『アニキ! ガッっと踏んで行ってでえじょうぶっすよ!』
『じゃあ、遠慮なく。オライオン、行くぞ』
「ウォンッ」
グランディアのシート後部、黒いパニアケースからオライオンが顔を出す。
子犬のような小さな体でパニアケースの縁を蹴り、グエンの肩へ飛び乗った。
グエンはグランディアから降りると、デラダン機の左大腿部装甲に足を掛ける。
膝立ちになった機体の大腿部、曲げた左前腕、そして肩へと、階段のように駆け上がった。
玉虫色の重銀装甲はなめらかで滑りやすい。それでもデラダンの安定した姿勢制御によって、足場として揺らぐことはない。
その高さまで来ても、塔の壁面には小さな四角い突起が並ぶだけだった。
階段も、はしごも見当たらない。
デラダン機の肩を踏み台に跳び上がったグエンは、壁面の突起を掴み、蹴り、次々と上へ駆け上がっていく。
灰黒色の壁面が斜めに途切れる。
壁の縁に手をかけ、一気に体を引き上げて塔を登り切った。
塔の最上部は破壊されていた。正確には、袈裟斬りの形で斜めに溶断されている。
遥か昔に融けた石の断面には、泡立った痕跡がありありと残り、ざらつきながら鋭利に尖っていた。
塔は五階建てほどの高さ。遺跡群を見渡すには十分な高度があった。
グエンはわずかに残った平らな屋上部分に立ち、入口広場方向を見る。
二、三十体のリクセンと、白鯨騎士、エンブラ兵、墨影兵、ヘビークラスト隊が交戦を繰り広げている。高台礼拝堂に続く坂道には、クエスタの軽機動車が一台。
『デラダン、聞こえるか?』
『聞こえやす!』
『ヘビークラストもいるぞ。中隊規模、二、三十機はいそうだな。リクセンと戦っているようだが……。共闘しているのか? あいつら』
『エンブラと、治安維持部隊が一緒にってことっすか?』
『ふーむ……。治安維持部隊はヒッジスの部隊だろ。現に、ヒッジスも高みの見物をしている。エンブラと共闘はしなさそうだが……。リクセンが出たせいで、偶発的に共闘している可能性もあるな。どちらにせよ、確証がなければ接触するのはリスクでしかない。しかし、あのリクセンども動きが鈍いな。俺の知ってるのとは別物だ』
『そうなんすか?』
『橄欖の間で戦った時は、もっと虫みたいに這いつくばってカサカサしてたからな。ゴキブリ並みの速さだった。今のリクセンは、人間の騎士の格好をした、糸に繋がれた操り人形だ。しかも、見習い人形遣いレベルだな』
『あっしも見てえっす! アニキ、そこに昇っていいっすか?』
『いや、デラダンはやめとけ。その機体、武装が増えて重いだろ。この石の塔、そこらじゅうが崩れているから、底が抜けるぞ』
『ぐ……たしかにそっすね……わかりやした。で、こっからどうしやすか? 姐さんもキトも、場所がわからねえことには動けねえっすよ。ユイークの支援があれば、なんとかなりそうなんすけど』
『さっきの様子だと、泣き疲れて寝てそうだな』
『そっすね、たぶん。ジアに菓子でも持ってこさせて、やけ食いしてからのふて寝っすよ』
『……この通話に割り込んでこないってことは、その予想が当たっていそうだな。デラダン、俺の位置はそっちからわかるか? 視覚以外で』
『わかりやす。ユイークがインカムの位置情報も登録してくれてたんで、ディスプレイにばっちり見えてやす。この遺跡のマップに映る仕組みでさあ』
『つまり、俺が動けば、そっちの地図に俺の位置が映る。って理解で合っているか?』
『そっす!』
『よし。なら、俺はこのまま屋根伝いで進む。デラダンは入口方向から死角になるようについて来い。周囲を調べていく。それで何も掴めないようなら、橄欖の間へ行くぞ』
『橄欖の間っつーのは、あれっすよね。あっしが突撃した例の宝石の壁んとこ』
『そうだ。情報屋曰く、あの場所に白鯨騎士団が入り浸っているらしい』
『ルガーの野郎はケチっすけど、情報は確かっすからね』
『ケチか? 数字には厳しそうだったが。さて、行くぞ』
『うっす! 下から貼り付いていきやすんで。なんかあったら言ってくだせえ! いざとなったらそこくらいの高さならジャンプ一発で行けやすんで!』
『戦闘になったら、上からグレネードでエンブラ共をぶっ飛ばしてやれ』
『了解でさあ!』
グエンは塔から隣接する屋根へ飛び降り、入口広場方向へ向かう。
屋根から屋根へ飛び移るその下を、建物の陰を縫うようにデラダン機が続いた。
グエンは遺跡群の西側へ迂回しながら進んでいく。
石造遺跡のほとんどは、古代人が生活していた当時の姿をそのまま残している。
そのため、屋根から屋根へ飛び移りながら、窓越しに建物内部を肉眼で確認していく必要があった。
肩の上で勇ましく立つ小さな相棒、オライオンに尋ねる。
「相棒、キトの匂いとか追えないか?」
「クゥン? フシュンッ!」
「くしゃみだけか? 頼むぜ、名探偵」
オライオンはスンスンと鼻を鳴らしていたが、これといった反応はない。
地道に行くしかないなと、グエンは広場方向へ視線を移す。
エンブラの幕営、その天幕の一つで何かが動いた。
目を凝らす。
金髪に金色のマントを纏った白い甲冑の騎士が、カラフルなロングスカート姿の黒髪の女性を連れて移動している。天幕の裏からは白鯨騎士が二人現れ、合流した。
グエンはインカム越しに叫ぶ。
『エリィを見つけたぞ! 広場にある白いテントだ!』
『うおおおっす! 全速でいきやすぜ!』
『遅れるなよ!』
デラダン機のフェイス内。グエンの位置情報が、マップ上に光点として表示されている。
その光点が、建物など存在しないかのように、凄まじい速度で一直線に走り始めた。
デラダン機は建物の合間を滑り抜け、ノズルから噴き出す高圧ガスで加速。
壁から壁へ蹴り渡りながら、光点を追った。




