1-105.祝福の騎士
遺跡群入口付近の広場。
エンブラ兵の放つ銃弾は途切れることがない。
だが、地面に横たわる掘削作業員とエンブラ兵は増え続けていた。
オリーブ色の半透明な体を持つペリドットリクセンは、その姿を変えている。身長にして百七十cm前後、つるりとして特徴のなかった体は、今や甲冑に身を包んだ騎士のようなシルエットを形作っていた。
手には盾とサーベル。盾を構えて駆け、刃で兵を屠る。
三つ目の小隊が全滅したとき、エンザリクの声が轟いた。
「礎の女神ダナートニアよ! 我に祝福を!」
甲冑の胸部、世界樹を背景に跳ねる鯨を象った、白鯨の紋章を右篭手が打つ。
紋章が押し込まれ、光を放った。
その光は甲冑の金装飾を伝い、全身へと走る。
明滅する光に合わせて甲冑が割れ、巨大化するエンザリクの体。
一メートル近く大きさを増した騎士は、崩れる前線へ猛然と跳び込んだ。
身の丈ほどもある大楯を構えて駆け、一体のリクセンを撥ね飛ばす。
ペリドットの盾は腕ごと砕け、その体は後続のリクセンへ激突した。
「祝福を受けた我が肉体の前に敵は無し! 下等生物ども! 我が重楯圧殺を受けよ!」
さらに踏み込むエンザリク。
大楯は二体、三体とリクセンを撥ね飛ばしていった。
藁人形のように宙を舞うリクセン。ペリドットの残骸が石畳に散る。
勢い衰えぬエンザリクの大楯は、リクセンもろとも石造家屋の壁を粉砕した。
石壁が崩れ、瓦礫が降り注ぐ。
エンザリクは、自身が砕いた壁の向こうからゆっくりと歩み出る。
周囲には砕けたリクセンの残骸が横たわっていた。
悠然と歩くその足元で、ペリドットの破片が磁石のように互いに引き寄せ合う。
散らばった残骸は再び騎士の形を成し、次々と立ち上がった。
自己修復を終えたリクセンは、エンザリクを取り囲む。
再び大楯を構えたエンザリクへ、リクセンが背後から飛びつく。
「無礼な! 離れよ下等生物ども!」
リクセンを振りほどこうと身をよじるが、次から次へと纏わりつく。
サーベルを抜いて斬りつける。
剣を振るうには間合いが近すぎた。
重銀の刃でさえペリドットの肉体を浅く削るに留まり、痛みを感じぬリクセンは止まらない。
群がるリクセンは、瞬く間に肉団子のような塊を形成する。
中心にいるエンザリクは押しつぶされんばかりの圧力を受け、ついに大楯を落とした。
肩に乗る一体が、兜の隙間から覗く両目へサーベルを差し込もうと、剣と化した右腕を振りかざす。
そこへ、背後から石畳を叩く具足の重い足音が猛然と迫る。
円錐状の白銀のランスを右手に構えたゲイドラだ。
白い甲冑の胸部、白鯨の紋章が青く輝いている。
横薙ぎ一閃。
轟音が唸り、エンザリクの肩に乗ったリクセンの上半身が砕け散った。
ゲイドラはランスをエンザリクの股下に差し込み、一気に跳ね上げる。
「ぬううううううんっ! 身を固めい! ぶちかましてくれるわ!」
エンザリクの体が、絡みついた大量のリクセンごと高々と舞う。
ゲイドラは地面に落ちた純白の大楯を拾い上げ、左手に構えた。
ドォンッ!
爆音のような踏み込み音。
ゲイドラの巨躯が、落下するリクセンの塊へ一直線に跳ぶ。
後方の幕営では、入口の幕に隠れながらキトが様子を伺っていた。
オリーブ色の塊となったリクセンたちを、ゲイドラの一撃が粉砕する。
まだ青く硬い柿を、木の棒でボール代わりに打った時のことを思い出した。
粉々になった破片のようにリクセンが広場の中央へ飛散する。
中心にいたエンザリクは地面を跳ね、転がり、遺跡入口の壁に激突して停止した。
最初に上半身を吹き飛ばされたリクセンが、ゲイドラの足元に横たわっていた。
心臓部に位置する碧銀核は露出し、地面に転がっている。核からは銀色の触手が生え、下半身へ伸びていた。ペリドットの下半身は激しく痙攣を繰り返す。
ゲイドラはカイト型の大楯を地面に突き刺し、碧銀核ごと石畳を砕く。
ゆっくりと体を起こすエンザリクに向け、ゲイドラは声を張り上げた。
「エンザリクよ! リクセンは胸の核を砕かねば死なぬ! 心せよ!」
ゲイドラは大楯を地面から引き抜き、エンザリクに向けて放り投げる。
ソリのように石畳を滑った大楯は、彼の足元で止まった。
ゲイドラは周囲を見渡す。
「大戦を知らぬ若造では、リクセンを知らぬのも無理からぬが……」
リクセンの群れ。その大半は広場に駐屯するエンブラ兵と交戦している。
重火器をものともしないリクセンにエンブラ歩兵は無力だったが、遅れて参戦した墨影兵が善戦していた。エンザリクの周囲で倒れたリクセンは既に立ち上がり始め、再び彼へ向かおうとしている。
一方、ゲイドラの背後、幕営の天幕内にはレオンとエリエラがいた。
入口には、守護に立つ白鯨騎士が二人。
そして二つ左隣の天幕からは、キトが入口の幕を持ち上げ、顔だけを外に出していた。
キトの顔を見て取り、その裏手にあるひと際大きな石造建築へ視線を移す。
「あれならば子犬坊主を隠せるだろう」
ランスの切っ先を立て、ゲイドラはキトのいる天幕へと走る。
石造遺跡群の中でも、ここは周囲の建物より大きく、堅牢な造りだった。
切り出された灰黒色の石ブロックは他の家々よりも一回り大きく、大人一人では持ち上げられそうもない。そのぶん壁も分厚く、石の柱は地面に近づくほど太くなる。
屋根は二階建てと同じ高さがあるが、室内には二階へ上がる階段はなかった。
天井を見上げれば、外壁同様の石造りの迫持アーチが建物を支えている。
ここは、遺跡の住人達の寄り合い所だろう。
室内は、外から避難してきた掘削作業員でごった返していた。
外にいた最後の一人が駆け込み、鋼鉄製の扉が閉じられる。
閂を差し込まれたその扉は真新しく、つい最近取りつけられたものだ。
扉を閉じた男、ドデイは丸太のような太い腕で額の汗を拭う。
デラダン並みの背丈。彫りの深い目鼻とがっしりした顎骨、眉毛も髭もないスキンヘッド。分厚い筋肉を、さらに分厚い脂肪が覆う巨漢だ。
外見通りの太い声だが、張りがあり若々しさがある。
「ふー! ここなら安全だろ!」
ひと息ついたのも束の間、鋼鉄の扉が叩かれる。
ガンガンガンッ! 金属を打ち鳴らす音。
ドデイを始め、室内にいた作業員たちが一斉に扉を凝視し、体をこわばらせた。
続いて、ゲイドラの声。
「まだ一人子供がおるぞ! ここを開けい!」
「子供ぉ⁉ ま、まってろ!」
ドデイは慌てて閂を引き抜き、扉を開ける。
背には白いマント、兜から具足まで真っ白な甲冑の騎士が立っていた。
甲冑の各部位の接合部には、五cm幅の青く光る筋が走っている。
身長2mのドデイを、ゲイドラは見下ろしていた。
その足元に、キトが立っている。
掘削作業員と同じ、油汚れのついた青いツナギ。頭には青いワークキャップと、使い古したゴーグル。肩掛けカバンには、分厚く古びた本が括り付けられている。
キトには、他の作業員と決定的に違う点があった。
子供であること。そして、犬のような黒い鼻先と、頭部から垂れた耳だ。
ゲイドラはキトの背をそっと押し、中へ入れる。
「お前らはここから出るな。外のリクセンは我ら白鯨騎士に任せておくがよい」
「お、おう。そうさせて貰うぜ。俺らはただの作業員だからよ」
「あ、あの。あ、ありがと」
キトのか細い声に、ゲイドラは小さく頷き、踵を返した。
ドデイによって鋼鉄製の扉が閉じられ、閂が通される。
扉の前に立つキトを、周囲の男たちは距離を取りながら見つめていた。
誰かが「外輪の……」と呟き、わずかなざわめきが生まれる。
バナーバルに来たばかりのドデイには、初めて見る外輪労働者のキトと、ここにいるクエスタ所属の掘削作業員との違いがわからなかった。
町から町へ渡り歩いてきたドデイにとって、亜獣人はそれほど珍しくない。
犬に似た者、猫に似た者、トカゲに似た者、鳥に似た者など、よくある話だ。
俯いたままのキトに声をかける。
「駆り出されてきた奴ん中に、お前みたいなガキんちょもいたのか。おい、ちっこいの、危ねえから奥の方にこいや」
「え、う、うん……」
「おうおう! ちょっと道あけろや!」
ドデイは人垣に向け、入れ墨だらけの右手を振る。肘には包帯が巻かれていた。
半歩遅れて歩くキトは、その包帯を見上げながらついていく。
自身に向けられた視線に気づき、ドデイが右腕を見る。
「なんだ? この腕が気になんのか?」
「け、けが……? リクセンに……?」
「あー、ちげえ。ちょっと前にな。ま、利き手じゃねえからどうってことねえぜ」
ドデイは左手で右肘の包帯を叩いて笑う。
両腕には、手の甲から地肌の色がわからないほどびっしりと入れ墨が彫られていた。
巨漢にスキンヘッド、入れ墨という風体。
加えて人並外れた膂力から、ドデイは作業員の中でも一目置かれる存在だった。
彼のおかげで、キトは室内の奥、壁際の椅子に座り、ようやく落ち着くことができた。
避難所と化した石造りの寄り合い所。
一階の高さには窓がなく、天井付近に小さな採光用の窓があるだけだ。
壁には白鯨騎士団の紋章が描かれた、カイト型の大楯が三枚掛けられている。
ほかにも、円錐状のランスや、団旗が保管されていた。
薄暗い室内。
外では銃声と硬いもの同士の激突音、雨のように降り注ぐ叫び声が響く。
音はさらに激しさを増し、壁一枚隔てた戦いの様子をありありと伝えていた。




