1-103.守る者
ノマドベースを貫く大隧道路。その奥。
地震により地層が縦にずれ、右側壁面には大きな亀裂が走っていた。
クエスタ隊員たちは亀裂路と呼び、その先で地下遺跡を発見した。
石造りの遺跡群の入口付近。
住居跡に設けられた広場は、かつての住人たちが憩いの場としていたのだろう。
いまは、エンブラ軍が駐屯地として利用している。
広場の奥に幕営が展開されていた。
その中の一つ、白い装甲車が脇に停まる仮設テント。
入口には副団長ゲイドラが立っている。
頭の先から足の先まで純白の甲冑に身を包み、腰にはサーベルを佩いていた。
中では、レオンとエリエラが小さなテーブルを挟んで向かい合っていた。
レオンは甲冑を着込んでいたが、兜は外している。
頬にかかる錦糸のような金髪をかき上げ、耳へ流した。
象牙と黄金に彩られたテントには不釣り合いなテーブル。
その上には、赤ワインの注がれたグラスが置かれている。
グラスを取り、レオンは口へ運ぶ。
「喉を潤す程度には飲めるものを用意しました。本国より持参したワインはすぐに尽きてしまいまして。毒などはありませんので、ご安心を」
「わたくしは、葡萄酒は好みません」
「そうですか。では別のものを用意させましょう」
「いいえ、いりません。それよりも、わたくしをここへ連れてきた目的を教えてください。外にいる人々をどうするつもりです?」
「黒薔薇姫、貴方はこれまで、庭園の徒花と呼ばれていました。それは過ちであると、陛下が仰られました。陛下は貴方の血族に隠された力を求めておられる」
「わたくしと、わたくしの一族は王家でありながら虐げられ、深い森の奥へ追いやられていました。今更、何を求めるのです」
「ええ、ええ。陛下の千年に渡る治世の賜物です。だからこそ、貴方の家は守られてきた。陛下の恩寵に拝伏すれど、異を唱えるなど僭越の極みでは?」
「閉じ込め、蓋をしていたのでしょう。庇護であれば、父母は今も生きていました」
「王家の力を宿さぬ者は、死を賜ります。私のように力を示さねば。しかし、貴方はそうではなかった。これこそ、貴方に欠け、貴方が第一に考えるべきことだ」
「わたくしの人物評は聞いていません。貴方が、わたくしを連れてきた目的を聞いているのです」
「これでも厚意で申し上げているのですがね。まあいいでしょう。黒薔薇の、その血族の力が必要になったのですよ。貴方がこのような辺境に訪れたのは、同じ理由では? 聞こえていますね、神々の声が」
「いいえ。神の声など知りません。もし、わたくしが神託を受けられるのならば、どうしてこのような目に遭いましょうか。御言葉に縋り、ただ独りの生を全うしたでしょう」
「貴方は聞こえている。そして、独りではないことが、貴方の瑕疵だ」
レオンはエリエラから視線を外し、遠くを見つめた。
テントの外から喧騒が上がる。
兵士たちが声を荒らげ、何かを上官へ報告しているようだ。
「我らに従う墨影、彼らは鼻が利く。そして、身分が低いものはよく地面を見るようだ」
レオンは虚空へ視線を置いたまま言葉を続ける。
エリエラは背を正したまま、外の喧騒に耳を澄ませた。
連れていく、という言葉だけが聞き取れる。
テント入口の幕が開いた。
白い甲冑を着た大柄の騎士ゲイドラが、キトの襟首を掴み、ぶら下げている。
見慣れた後ろ姿に、キトは声を上げた。
「エリィ!」
「その声は」
エリエラは振り向きながら席を立つ。
編み込まれた黒髪に吊るされたジュエルチェーンが、シャラリと音を鳴らした。
まるで迷子の子犬のように、キトは首根っこを掴まれ宙吊りになっている。
エリエラは駆け寄り、キトの体を抱き寄せた。
ゲイドラはそっと手を離す。
「わたくしの大切な方です。そのように扱ってはいけません」
「これは御無礼を……」
ゲイドラは胸に手を当て、浅く背を曲げ礼を示す。
その様子に、レオンは微笑んだ。
「我々は礎の女神ダナートニアの時代、世界を亡ぼしたと伝わる兵器を探しに来ました。神代の、古代兵器と言えばわかりやすい。黒薔薇姫には、古代兵器を探し出し、使役して貰いたい。」
「兵器の声など、聞いたこともありません。まして、使役しろなどと。そんな協力はできません。わたくしとこの子を、自由にしてください」
「ええ、ええ。わかります。しかし、謙遜しなくても良いのですよ。古代兵器は、命を持っています。言葉通り、神の時代から現在まで。貴方は声を聞くことができる。そう、山々を砕く巨神の声を」
「きょ、巨神って、山の中に埋まってるって伝説の……?」
キトはエリエラの腕の中で呟く。
その声に答える代わりに、エリエラはキトをテントの端へ移動させた。
小さな体を庇うように背へ隠す。
「巨神など知りません。わたくし達を帰してください」
「黒薔薇姫に帰る場所などおありか?」
レオンはサファイアの瞳を細める。
ほくそ笑むような声に、エリエラの肩がぴくりと震えた。
押し黙る彼女の後ろから、キトが叫ぶ。
「エ、エリィはボクと一緒に帰るんだよ! ほ、ほんとだもん!」
「ほう。下国の獣を手なずけるとは、残酷なお方だ。その小さな下僕が、どうすれば平穏な日々に戻れるか、お判りでしょう。もう一度、装甲車の腹の下に敷いてやっても良い」
「人質を取るなど、貴族のすることですか!」
「紳士的な話し合いと心得ております。貴方次第で血は流れない。返答はいかに?」
エリエラは背に隠したキトの手を握る。
そして、腰のベルトに差しているダガーの柄を掴んだ。
甲冑の擦れる音が鳴る。
ゲイドラが白いマントを翻し、レオンの視線を遮るようにエリエラの前に立ちはだかった。
右手を胸に当て、小さく頭を垂れる。
「黒薔薇姫様。猖獗極まる御身の業、このゲイドラ言葉もありませぬ。ですが、どうか、この場はこの老体めに免じ、お納めいただきたく」
傷跡だらけの、古兵の顔を兜は隠している。
その奥には、ゲイドラの青い瞳が穏やかな光を湛えていた。
左手から伝わるキトの手が震えていた。
エリエラは大きく息を吸い、背を正すと凛とした声を放つ。
「わかりました。共に行きましょう。橄欖の間へ」
レオンは柔らかな黄金の髪をかき上げた。
そして、ワイングラスを掲げる。
「聡明なる黒薔薇姫に。ゲイドラ、その者は繋いでおけ。急ぎ手筈を整えよ」
「はっ」
ゲイドラは姿勢を正すと、エリエラの脇を横切り背後に回る。
彼女の腰ベルト、ダガーの柄を握っていたエリエラの手をそっと下ろした。
そして、エリエラが繋いでいたキトの手を掴む。
手を引かれたキトは、震える声で名を呼んだ。
「エ、エリィ、ぼ、ぼく……」
「キトさん、大丈夫ですよ。わたくしが助けますからね」
キトは言葉がでない。
壁のように巨大な鎧騎士に連れていかれる。
恐怖で全身が震え、口を開くのが精いっぱいだった。
ゲイドラはキトの手を引き、テントを後にする。
エリエラはレオンのいる卓へ歩み、目を伏せたまま椅子に腰を下ろした。
テントを出たゲイドラの前へ、一人の騎士が歩み出る。
その出で立ちは騎士というより、どこか貴族の洒落者を思わせる身なりだった。身体へ沿う黒い七分袖の装束に黒い手袋。銀のヘアカフで束ねた髪が肩口で揺れる。
ゲイドラよりわずかに背丈は低い。だが、細身の体は無駄なく鍛え上げられていた。
黒い手袋の指先が、黒い袖口に寄った皺を静かに整える。
まるでシルクの艶やかな質感を慈しむような仕草だった。
ゲイドラはその騎士を見やり、キトの手を引いたまま小さく息を吐く。
「栄えある白鯨騎士ならば、騎士らしいなりをしろと言っておるだろうが、エンザリク」
「無論ですよ。白鯨騎士を輩出する、我が名門アルセイン伯爵家としてふさわしい品です。レオン団長の許可も取ってあります」
「若もなんと甘いことだ。我が白鯨は、騎士足らんとする者の範でなければならんと、日頃から申し上げているのに……。して、何用か?」
「副団長の手を煩わせるほどでもないかと考えまして。その獣人、私めにお任せください」
エンザリクは胸に手を添え、軽く頭を下げる。
次の瞬間、キトだけへ向けるように、切れ長のサファイアの瞳を細めた。
その冷たい眼差しに射抜かれ、キトは思わずゲイドラの背へ身を隠してしまう。
「ふんっ。雑用を買って出るとは殊勝よ。だがしかし、姫君から預かったワシの役目。お前は歩兵をまとめよ。直に隊を結成し、更なる地下に潜る」
「かしこまりました。ですが、その獣人も私めにお任せを。使い道もありすれば」
「くどいわ! 下がれい! エンザリク!」
「……はっ」
頭を垂れるエンザリクの脇を、ゲイドラは通り過ぎる。
白いマントがふわりと翻り、エンザリクの視線を遮った。
キトは恐る恐るゲイドラの顔を見上げる。
白い重銀製篭手の遥か上。壁のような老騎士は正面を見据えたまま歩いていた。
「ワシは子供の扱いがわからぬ手荒な爺ではあるが、心配せずついて来い。騎士とは、女子供を守る者なのだ。よいな」
「……う、うん」
幕営が立ち並ぶ駐屯地。
エンブラ兵の視線が集まる中、キトはゲイドラの横に並び、その後を追う。
エンザリクは微笑を崩さぬまま、その後ろ姿を見送った。
やがて静かに踵を返し、反対側へ歩いていく。




