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世界樹の巡り人  作者: 蔵人
第1章 邂逅のバナーバル
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134/139

1-103.守る者

 ノマドベースを貫く大隧道路。その奥。

 地震により地層が縦にずれ、右側壁面には大きな亀裂が走っていた。

 クエスタ隊員たちは亀裂路と呼び、その先で地下遺跡を発見した。

 石造りの遺跡群の入口付近。

 住居跡に設けられた広場は、かつての住人たちが憩いの場としていたのだろう。

 いまは、エンブラ軍が駐屯地として利用している。

 広場の奥に幕営が展開されていた。

 その中の一つ、白い装甲車が脇に停まる仮設テント。

 入口には副団長ゲイドラが立っている。

 頭の先から足の先まで純白の甲冑に身を包み、腰にはサーベルを佩いていた。

 中では、レオンとエリエラが小さなテーブルを挟んで向かい合っていた。

 レオンは甲冑を着込んでいたが、兜は外している。

 頬にかかる錦糸のような金髪をかき上げ、耳へ流した。

 象牙と黄金に彩られたテントには不釣り合いなテーブル。

 その上には、赤ワインの注がれたグラスが置かれている。

 グラスを取り、レオンは口へ運ぶ。


「喉を潤す程度には飲めるものを用意しました。本国より持参したワインはすぐに尽きてしまいまして。毒などはありませんので、ご安心を」

「わたくしは、葡萄酒は好みません」

「そうですか。では別のものを用意させましょう」

「いいえ、いりません。それよりも、わたくしをここへ連れてきた目的を教えてください。外にいる人々をどうするつもりです?」

「黒薔薇姫、貴方はこれまで、庭園の徒花(あだばな)と呼ばれていました。それは過ちであると、陛下が仰られました。陛下は貴方の血族に隠された力を求めておられる」

「わたくしと、わたくしの一族は王家でありながら虐げられ、深い森の奥へ追いやられていました。今更、何を求めるのです」

「ええ、ええ。陛下の千年に渡る治世の賜物です。だからこそ、貴方の家は守られてきた。陛下の恩寵(おんちょう)拝伏(はいふく)すれど、異を唱えるなど僭越の極みでは?」

「閉じ込め、蓋をしていたのでしょう。庇護であれば、父母は今も生きていました」

「王家の力を宿さぬ者は、死を(たまわ)ります。私のように力を示さねば。しかし、貴方はそうではなかった。これこそ、貴方に欠け、貴方が第一に考えるべきことだ」

「わたくしの人物評は聞いていません。貴方が、わたくしを連れてきた目的を聞いているのです」

「これでも厚意で申し上げているのですがね。まあいいでしょう。黒薔薇の、その血族の力が必要になったのですよ。貴方がこのような辺境に訪れたのは、同じ理由では? 聞こえていますね、神々の声が」

「いいえ。神の声など知りません。もし、わたくしが神託を受けられるのならば、どうしてこのような目に遭いましょうか。御言葉に(すが)り、ただ独りの生を全うしたでしょう」

「貴方は聞こえている。そして、独りではないことが、貴方の瑕疵(かし)だ」


 レオンはエリエラから視線を外し、遠くを見つめた。

 テントの外から喧騒が上がる。

 兵士たちが声を荒らげ、何かを上官へ報告しているようだ。


「我らに従う墨影(ぼくえい)、彼らは鼻が利く。そして、身分が低いものはよく地面を見るようだ」


 レオンは虚空へ視線を置いたまま言葉を続ける。

 エリエラは背を正したまま、外の喧騒に耳を澄ませた。

 連れていく、という言葉だけが聞き取れる。

 テント入口の幕が開いた。

 白い甲冑を着た大柄の騎士ゲイドラが、キトの襟首を掴み、ぶら下げている。

 見慣れた後ろ姿に、キトは声を上げた。


「エリィ!」

「その声は」


 エリエラは振り向きながら席を立つ。

 編み込まれた黒髪に吊るされたジュエルチェーンが、シャラリと音を鳴らした。

 まるで迷子の子犬のように、キトは首根っこを掴まれ宙吊りになっている。

 エリエラは駆け寄り、キトの体を抱き寄せた。

 ゲイドラはそっと手を離す。


「わたくしの大切な方です。そのように扱ってはいけません」

「これは御無礼を……」


 ゲイドラは胸に手を当て、浅く背を曲げ礼を示す。

 その様子に、レオンは微笑んだ。


「我々は(いしずえ)の女神ダナートニアの時代、世界を亡ぼしたと伝わる兵器を探しに来ました。神代の、古代兵器と言えばわかりやすい。黒薔薇姫には、古代兵器を探し出し、使役して貰いたい。」

「兵器の声など、聞いたこともありません。まして、使役しろなどと。そんな協力はできません。わたくしとこの子を、自由にしてください」

「ええ、ええ。わかります。しかし、謙遜しなくても良いのですよ。古代兵器は、命を持っています。言葉通り、神の時代から現在まで。貴方は声を聞くことができる。そう、山々を砕く巨神の声を」

「きょ、巨神って、山の中に埋まってるって伝説の……?」


 キトはエリエラの腕の中で呟く。

 その声に答える代わりに、エリエラはキトをテントの端へ移動させた。

 小さな体を庇うように背へ隠す。


「巨神など知りません。わたくし達を帰してください」

「黒薔薇姫に帰る場所などおありか?」


 レオンはサファイアの瞳を細める。

 ほくそ笑むような声に、エリエラの肩がぴくりと震えた。

 押し黙る彼女の後ろから、キトが叫ぶ。


「エ、エリィはボクと一緒に帰るんだよ! ほ、ほんとだもん!」

「ほう。下国の獣を手なずけるとは、残酷なお方だ。その小さな下僕が、どうすれば平穏な日々に戻れるか、お判りでしょう。もう一度、装甲車の腹の下に敷いてやっても良い」

「人質を取るなど、貴族のすることですか!」

「紳士的な話し合いと心得ております。貴方次第で血は流れない。返答はいかに?」


 エリエラは背に隠したキトの手を握る。

 そして、腰のベルトに差しているダガーの柄を掴んだ。

 甲冑の擦れる音が鳴る。

 ゲイドラが白いマントを翻し、レオンの視線を遮るようにエリエラの前に立ちはだかった。

 右手を胸に当て、小さく頭を垂れる。


「黒薔薇姫様。猖獗(しょうけつ)極まる御身の業、このゲイドラ言葉もありませぬ。ですが、どうか、この場はこの老体めに免じ、お納めいただきたく」


 傷跡だらけの、古兵の顔を兜は隠している。

 その奥には、ゲイドラの青い瞳が穏やかな光を湛えていた。

 左手から伝わるキトの手が震えていた。

 エリエラは大きく息を吸い、背を正すと凛とした声を放つ。


「わかりました。共に行きましょう。橄欖の間へ」


 レオンは柔らかな黄金の髪をかき上げた。

 そして、ワイングラスを掲げる。


「聡明なる黒薔薇姫に。ゲイドラ、その者は繋いでおけ。急ぎ手筈を整えよ」

「はっ」


 ゲイドラは姿勢を正すと、エリエラの脇を横切り背後に回る。

 彼女の腰ベルト、ダガーの柄を握っていたエリエラの手をそっと下ろした。

 そして、エリエラが繋いでいたキトの手を掴む。

 手を引かれたキトは、震える声で名を呼んだ。


「エ、エリィ、ぼ、ぼく……」

「キトさん、大丈夫ですよ。わたくしが助けますからね」


 キトは言葉がでない。

 壁のように巨大な鎧騎士に連れていかれる。

 恐怖で全身が震え、口を開くのが精いっぱいだった。

 ゲイドラはキトの手を引き、テントを後にする。

 エリエラはレオンのいる卓へ歩み、目を伏せたまま椅子に腰を下ろした。




 テントを出たゲイドラの前へ、一人の騎士が歩み出る。

 その出で立ちは騎士というより、どこか貴族の洒落者を思わせる身なりだった。身体へ沿う黒い七分袖の装束に黒い手袋。銀のヘアカフで束ねた髪が肩口で揺れる。

 ゲイドラよりわずかに背丈は低い。だが、細身の体は無駄なく鍛え上げられていた。

 黒い手袋の指先が、黒い袖口に寄った皺を静かに整える。

 まるでシルクの艶やかな質感を慈しむような仕草だった。

 ゲイドラはその騎士を見やり、キトの手を引いたまま小さく息を吐く。


「栄えある白鯨騎士ならば、騎士らしいなりをしろと言っておるだろうが、エンザリク」

「無論ですよ。白鯨騎士を輩出する、我が名門アルセイン伯爵家としてふさわしい品です。レオン団長の許可も取ってあります」

「若もなんと甘いことだ。我が白鯨は、騎士足らんとする者の範でなければならんと、日頃から申し上げているのに……。して、何用か?」

「副団長の手を煩わせるほどでもないかと考えまして。その獣人、私めにお任せください」


 エンザリクは胸に手を添え、軽く頭を下げる。

 次の瞬間、キトだけへ向けるように、切れ長のサファイアの瞳を細めた。

 その冷たい眼差しに射抜かれ、キトは思わずゲイドラの背へ身を隠してしまう。


「ふんっ。雑用を買って出るとは殊勝よ。だがしかし、姫君から預かったワシの役目。お前は歩兵をまとめよ。直に隊を結成し、更なる地下に潜る」

「かしこまりました。ですが、その獣人も私めにお任せを。使い道もありすれば」

「くどいわ! 下がれい! エンザリク!」

「……はっ」


 頭を垂れるエンザリクの脇を、ゲイドラは通り過ぎる。

 白いマントがふわりと翻り、エンザリクの視線を遮った。

 キトは恐る恐るゲイドラの顔を見上げる。

 白い重銀製篭手の遥か上。壁のような老騎士は正面を見据えたまま歩いていた。


「ワシは子供の扱いがわからぬ手荒な爺ではあるが、心配せずついて来い。騎士とは、女子供を守る者なのだ。よいな」

「……う、うん」


 幕営が立ち並ぶ駐屯地。

 エンブラ兵の視線が集まる中、キトはゲイドラの横に並び、その後を追う。

 エンザリクは微笑を崩さぬまま、その後ろ姿を見送った。

 やがて静かに踵を返し、反対側へ歩いていく。

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