1-102.繋がり始める縁
広げられたヘビークラストの両手のひらが、激しく左右に振られる。
『ととと、とんでもねえっす! サーラの姉さん! た、頼みがあるんすけど!』
「なんじゃい?」
『あの、エリエラの姐さん以外のエンブラのやつらをやっつけてくれってえ頼みをしたら、さっきのぶわって光るアレで、いい感じになんとかなるもんなんすか?』
「五億ギンじゃ」
『へ?』
「即金で五億ギン。それで手打ちじゃ。殺すか奴隷にするかペットか、どうしたいんじゃ? 虫でも動物にでもしてやろうかの? 追加オプションも潤沢じゃぞ」
「ご、五億ギンなんて、一生働いたって払えねえっすよ!」
「払えんなら黙っとれ。タダじゃあ、儂の暇つぶしにならんじゃろうが」
『じゃ、じゃあっすよ。五億ギン払えるやつを連れてきやすぜ!』
「阿呆。払えるやつに五億なんぞ要求するわけなかろうが。そうじゃのう。仮にローガーやムロージの小僧でも連れてきたら、五千兆ギンは払わせんとのう」
『はあ⁉ な、なぁんでぇ! 払えねぇ額をふっかけてるだけじゃねえか!』
「デラダン、諦めろ。苦労して金を払わせるという行為が報酬だって言われてるんだよ。ま、ダメ元のついでだ。俺はエリエラを助けたいが、行先がはっきりしない。彼女がどこにいるかとか、教えてもらえないか?」
「ふーむ、そうじゃのう。即金で三千万ギンってとこじゃのう」
「まあ、そうだよな。あんたの余興に付き合うのは、また今度にさせてもらうよ」
「治療だけで満足するんじゃな。本来ならば一生賭けて支払ってもらうとこじゃよ。……ヌシが本当に世界樹の巡り人であれば、縁は繋がっておろうがな」
「世界樹の巡り人ってのは、前も言っていたな。それは教えてくれないのか?」
「さあてのう。儂が確信を持ったら、話してやらんでもないがのう」
サーラはフードを目深にかぶり、パチンッと指を鳴らす。
キャンピングカーの運転席の扉が開き、一人の男が降りてきた。
男は上半身裸で、下はクエスタ隊員のタクティカルパンツ、そして頭には紫色の仮面を被っている。
仮面は兜のようで、金属製とも陶器とも見分けのつかない素材だった。
顎から後頭部まで覆われ、目と鼻、口、耳の部分に穴が開いている。
「下僕や、片付けておくんじゃぞ」
「しゅっ! しゅっち! にっくりん! しゅっしゅっ!」
仮面から激しい息遣いが漏れる。
男はタープをしまい、テーブルセットを片付け始めた。
その動きは軽やかで、漏れる言葉は弾み、鼻歌らしきものまで聞こえてくる。
「しゅっしゅっ♪ しゅっちにっくりん♪ にくにくりんりん♪ しゅっちにくりんっ♪」
サーラは男の脇を通り、キャンピングカーの助手席へ乗り込んだ。
グエンはせわしなく動く男を視線で追いながら、インカムに呟く。
『デラダン、こいつ、あの時の奴だよなあ……?』
『そ、そうっすね。アッシがぶん殴って、んでガングーってのに連れてかれてった奴っす。なんか、楽しそうな感じ……っすかね……?』
『幸せの形は、人それぞれだな』
『へ、へえ……』
下僕は片づけを終えると、運転席へ戻っていく。
キャンピングカーはゆっくりと動き出し、大隧道路を出口へ向かって走り去っていった。
オライオンはグエンの肩から、グランディアのシートへ飛ぶ。
シートの上を駆け、塒であるシートの最後部にある黒いパニアケースの中に飛び込んだ。
車両へ向いている間、グエンは再び妙な感覚を覚える。
額が、見えない糸に繋がれたようだった。
「なるほどな。これが見られているって感覚な訳だ。大隧道の入口方向から、誰かが俺を監視しているな。おそらく、大隧道に入る前からだ」
『マジっすか。わかるんで?』
「たぶんな。これが見られている感覚なら、こっちにも……」
グエンは顔を横へ向ける。
視線の先には、入口部分の屋根が焼け落ちた炙り酒。
その中から、数人の男が姿を現した。
カーキ色のフライトジャケットに、ベージュ色のタクティカルパンツ、クエスタ隊員の制服姿だ。
彼らは歩道側へ回り、それぞれ店の外観を目視で確認し始めた。
その中の一人、目元と頬に青あざのある青年が、右手を振ってまっすぐ駆け寄ってくる。
若さ溢れる、少し高めのよく通る声。
「グエンさん! お久しぶりです! ロッドです!」
「そうか、ロッドだったか。まだ顔に痣が残っているが、大丈夫そうだな」
「はい! あのあと姉さんにも言われてちゃんと病院に行ったので……。あの、グエンさん、姉さんからちょっと聞いたんですけど……大丈夫ですか?」
「見ての通り。健康診断に行ったら、医者が退屈する程度には元気だよ」
「あ、あの、姉さんは詳しく教えてくれなかったんですけど。なんか、立場的に良くないような感じで聞いたんですけど……」
「近いうちに、指名手配的な回覧が行くかもしれないな」
「そ、そうなんですか……」
「が、今はまだ正規のクエスタ隊員だよ。で、急で申し訳ないが、実は頼みがある。いいか?」
グエンの言葉に、背後に立つデラダン機がフェイスを傾げる。
俯きかけていたロッドが顔を上げた。
「なんでも言ってください! お礼をしようと思ってたんで!」
「ありがとう。ロッドが助けてくれと頼んだエリエラ、彼女の居場所について情報を持っていないか?」
「エリエラさんですか? いえ、特には。……あ、あの時、白鯨騎士団に追われていたんですよね。乗っているかわからないんですけど、白鯨騎士団の白い装甲車が亀裂路の方へ向かうのを見ました。地下遺跡群に駐屯している部隊に合流したんだと思うんですけど。騎士の人たちはほとんど外のゲートにいるはずなので、一台だけいてちょっと気になったんです」
「いい情報だ。おそらくそれにエリエラが乗っている。デラダン、いくぞ!」
『いよっしゃ!』
「あ! 待ってください!」
モービルに跨るグエンへ駆け寄り、制止する。
デラダン機もすでに旋回していたが、動画を巻き戻すようにもとの姿勢に戻った。
「なんだ?」
「地下遺跡に行くんですよね。なら、裏道がありますよ」
「裏道? 大隧道路を進むんじゃないのか?」
「はい。昨日ですけど、ノマドベースのはずれなんですけど、壁に小さな亀裂が見つかったんです。そこからなら、地下遺跡に直接行けるんです。こっちならエンブラ兵もいないはずです」
『はずれって、どのあたりでぇ?』
「ノマドドームの裏で、歓楽街の方です。バナーバルパレスとかいうお店の裏手です。ピンク色のピカピカした看板がある、派手な店舗なんですけど」
『あ~、あの……。アニキ、ばっちり知ってる場所っすよ』
「よし。ロッド、その道はエンブラの連中も知っているか?」
「いいえ。他にも複数の亀裂があるのは知っているはずですけど、道として使えるのがわかったのはついさっきですので。知らないはずです」
「本当にいい情報だ。君に会えて良かったよ。ついでに、もう一つだけ頼みがあるんだが」
「良かったです! なんでもどうぞ!」
グエンはロッドに耳打ちをする。
数度頷きながら、ロッドはデラダンと大隧道路の入口方向を交互に見た。
そして、グエンに敬礼を送ると、炙り酒前の仲間の元へ駆けて行く。
彼の後ろ姿を見送り、グエンはインカムに言った。
『デラダン、また道案内を頼むぞ』
『任せて下せえ!』
ギュルッとブーツ底のタイヤが音を立てて旋回する。
デラダン機が動き出し、グエンのモービルがその後を追った。
エンジン音が一段高く唸る。
黒いパニアケースからちょこんと顔を出したオライオン。
激しく流れる風が、柔らかな白い毛並みを揺らした。
炙り酒の店先、ロッドが仲間と共に大隧道路へ走る。
彼らの手には展開式のバリケード。
片側三車線、計六車線の道路にバリケードを繋いでいく。
準備を終えた所へ、一台のキックボードが姿を現した。
単眼スコープをつけたレイヴンは、バリケードの前で悪態をぶつける。
「はあ? うざ。邪魔すぎ。あーし、急いでるんでえ。これどけてくんない?」
ロッドが駆け寄る。
続いて、仲間の隊員達がレイヴンを囲んだ。
「報告は受けています。あなたがデラダンさんにストーカー行為を働く変な方ですね! 詳しく事情を聞かせてもらいます!」
「は?」
「なるほど。そのスコープで盗撮ですか……」
「え、待って待って。意味わかんな。こっち仕事なんだけど?」
「そんな仕事あるわけないですよ」
「いや、ガチなんだけど」
「ご職業も含めて、なぜ付きまとうのか、あちらで詳しいことを聴きますね」
「ムリムリ。なんであんなハゲ追っかけなきゃなんないわけ?」
「デラダンさんの特徴をご存じなんですね。やっぱり……」
「ガチ? あーしにも選ぶ権利があるっつーの!」
「はい、詳しくはあちらで。飲み物くらい出しますので」
「だいたい盗撮されんならあーしだろ! ギャルだし! 普通逆っしょ! あ、触んなって!」
ロッド達はレイヴンを取り囲むと、両脇を抱え連行していく。
取り残されるキックボード。
ロッドが駆け足でキックボードを回収し、道路には誰もいなくなった。




