1-101.クアカリとは
「……マジか。祖式構文ってのは、なんでもアリか」
『へ? 治ったってことっすか? 魔法じゃねえっすか!』
「ふんっ。こんなもの朝飯前じゃて」
『魔法って、呪文みたいなもんを唱えるもんだとばっかり思ってやした』
「呪文と言えば呪文じゃよ。青い文字が浮いて見えたじゃろうが。言葉なんぞ非効率なもんにしたら、何億文字になるかわからんがの。それにしてもじゃ、ヌシ、なんじゃそれは。たらしじゃのう。クアカリたらしじゃ。どうやったらそんなモノを連れてこれるんじゃ?」
サーラはグエンの腰に下げた軍刀【濡焔】を指さす。
グエンはその先へ視線を落とし、顔を上げた。
「濡焔が? そのクアカリっての、前も言っていたがなんなんだ?」
「千万ギンじゃ。と、言いたいがの。……あの方も近くにおる。これくらいはサービスしてやろう」
「あの方……」
『ノダナ族のことっすかね?』
デラダンはフェイス装甲を外し、肉眼でキャンピングカーを見る。
グエンはモービルを降り、サーラの前へ進み出た。
パニアケースのねぐらからオライオンが跳び、肩に乗る。
「クアカリはの、ヌシらの言うところの神や精霊じゃよ。悪魔と呼んでも差支えはなかろうのう」
「やっぱりそっち系のやつか。……まあ、ノダナ族には女神様の友達という話があるらしいから、予想はしていた。が、濡焔は前も見ていただろ? これのなにがたらしなんだ?」
「なんじゃ、ヌシ。気づいておらんかったのか。無自覚とは、どこまでもたらしとるのう。ほれ、その刀の柄に、手鏡に手足が生えたような朱塗りの小さいのがおるじゃろ」
「手鏡みたいなの? ……いや、何も見えないが。デラダン、何か見えるか?」
「お、おばけっすか? あ、なら、フェイス越しに見れば映るんじゃねえっすか? 心霊写真的なアレっすよね。よっと」
デラダンは胸部装甲に倒してあるフェイスを被る。
フェイス内のディスプレイに映る軍刀の柄には、朱色の房が揺れているだけだった。
『……アニキ、なんもいねえっす。こええんすけど……』
「そうか。まあ……見えないんなら、いいんじゃないか……?」
二人の会話とは裏腹に、オライオンは濡焔の柄付近を見ている。
顔を左右に振り、虫でも追うかのように揺れる視線。
グエンは子犬のような相棒の横顔と、朱色の房を見比べた。
サーラは指を遊ばせ、指輪の宝石同士をカチャカチャと鳴らす。
「そやつ。目を見返すようじゃの」
「見返す? あ、見返神社ってとこの、だから手鏡か」
『知ってるんすか?』
『鉄箱の中で、デラダンを待っていた時にな。倉庫の棚の近くに汚れた社があったから、掃除した。社の中に赤い手鏡があったなあ、そういや』
『掃除すると、おばけが出るんすか?』
『さあ……?』
「阿呆。それだけでクアカリが憑くわけなかろう。が、ヌシには既にクアカリとの縁が結ばれておる。銀嚢様の濡焔しかり、ノダナ族しかりじゃよ」
「それでクアカリたらしってか。けど、目を見返すってのはどういう意味だ? 俺を見ているやつに何かするのか?」
「もともとは見た者の目を潰しとったんじゃろうな、そやつ。が、祀られて丸くなったか。誰がヌシを見ているか、ヌシに知らせとるようじゃ。ほれ、心当たりあるじゃろう」
「目を潰すってのが気になるが。……心当たりねえ。あったかなあ」
『アニキ、なんか妙な感覚がするってやつじゃねえっすか? 虫刺されの』
「あ、なるほど、糸に引っ張られるような感覚か。それを辿ってきたらここに来たが……。ってことはだ、サーラさんが俺をずっと見ていて、その視線を追ってきたから俺はここにいる、と? 妙な感覚は、この場所が見えない位置からあったぞ。大隧道路を走るモービルに乗っていたタイミングだ。ここから視線が通るとは思えないが」
「察しが悪いのう。儂の目が、ヌシらと同じとでも思うたか?」
サーラは指輪についた大粒のダイヤモンドが光る人差し指で、自身の額を指さす。
額の宝石は蒼氷の冷たい光を放っていた。
『占い師が水晶で、むにゃむにゃ拝んで見るみたいに見えるってことっすか? おんなじ宝石だし』
「水晶がどの程度かは知らんがのう。星の裏側で、針子が針に糸を通す様も筒抜けじゃよ。儂が見ようとすればの話じゃが」
「……見るときは言ってくれよ。余所行きの服に着替えておくから」
『あ、あっしも。トイレの時とかは一声あると嬉しいっす』
「ふんっ。儂は行くぞ。頼まれごとは済ませたからのう」
「ありがとう。礼をしたいが、何がいい?」
「いらんわい。こういう縁の内にあっては、下手に欲をかけばワシの身が滅びるやもしれん。ヌシも、あまりクアカリにものを頼むでないぞ。代償が、人の命で払えるとも限らん」
「ノダナには、礼は酒で、って話をしたから大丈夫だと思うが」
「なんじゃと? 酒? それだけか? ……なら余計に恐ろしいわい。儂はもう行く。あとは好きにせい」
サーラはティーカップをテーブルに置き、席を立つ。
黒いピンヒールを履いているが、その背丈はグエンの胸に届くかどうか。
華奢で老獪な少女に、グエンは小さく頭を下げた。
「とにかく、助かったよ」
『あ! 宝石オババ! ちょっと!』
「ああん? オババじゃと? 蛙として余生を過ごしたいようじゃの? ハナタレ」
サーラは両手を組み、自身の三倍近い背丈のデラダン機を睨み上げる。
立てた人差し指の先に、青白い光の球体が輝いていた。




