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世界樹の巡り人  作者: 蔵人
第1章 邂逅のバナーバル
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131/132

1-100.純朴な脅しの成果

 加速する二台の速度は優に二百キロを超える。

 片側三車線の大隧道路を、グエンのモービルとデラダン機は爆走していた。

 グエンの肩に乗っていたオライオンは、ジャケットの中に避難している。

 一気にノマドベースを通過する予定で速度を上げていたが、グエンはスロットルを緩めた。

 減速し始めたモービルの横に、デラダン機が並ぶ。


『アニキ、どうしたんすか? まだ亀裂前の段差は先ですぜ』

『いや、なんか妙な感覚があってな。右側前方から……なんて言うべきか』

『妙な感覚ってなんすか?』

『見えない糸で肌が引っ張られる、というか、突っつかれるというか。ふーむ』

『虫にでも刺されたんすかね?』

『あー、その可能性も無いとは言えないが、どうも妙だ。大隧道に入る前も同じ感覚が背中にあったんだが、中に入った途端消えた』

『へえ、なんすかね。今もその感覚があるんすか?』

『ああ、右前方から、右頬にな』

『右前方っつーと、ノマドベースがありやすが。あ、見えてきやしたぜ。けど、急いだほうがいいんじゃねえっすか? 二人がどこにいるかもわかんねえ状態っすよ』

『確かにな。だが……』


 グエンは首を傾げる。

 その感覚は、ある一点を中心に固定されているような気がした。

 見えない糸がどこかへ固定され、一定の張力を保っている。

 いわば、釣り糸を繋げられたまま泳ぎ回る魚の気分だった。


『どうも気になる。少し見ていく』

『けど、急がねえと! 姐さんとキトが危ないかもしれねえっすよ!』

『……すぐに済ませる。虫の知らせってやつかもしれない』

『ここに姐さんたちがいるかもってことっすか?』

『わからんが、何かある気がする』


 黒いモービル、グランディアは速度を落としていく。

 ジャケットの胸元から、オライオンが顔だけ出す。

 玉虫色の人型兵器、ヘビークラストに乗るデラダンはその後に続いた。

 大隧道の壁が途切れ、大隧道内に広がる広大な空間。

 天井から房状のライトが幾筋も垂れ下がり、真昼のような光に照らされた地下生活拠点、ノマドベースが姿を現した。

 大隧道路はノマドベース中央を貫く。


(エリィは声を聞く力があると言っていたが、こういう感覚を言っていたんだろうか……)


 グエンは右手へ視線を向けながら、感覚を頼りに注視を続ける。

 右手側の歩道に、鷲の彫像を冠した石柱が現れた。

 その奥には、(ひさし)が焼け落ち、入口付近の屋根の骨組みが露わになった大衆酒場【炙り酒】が佇んでいる。

 徐行速度まで落とし、グエンは店の奥へ視線を向けた。

 客を迎えるように垂れ下がっていた燻製肉のカーテンは撤去され、人の気配はない。

 状況を確認したい衝動を抑え、炙り酒を通過する。

 その建物の裏手、五十台規模のアスファルト駐車場に、それはいた。

 トラックタイプのキャンピングカーが停まり、屋根から伸びたタープの下には卓と椅子が並んでいる。

 椅子に座るのは、ゆったりとした黒いローブを纏った銀髪のサーラ。

 姿を自在に変えられる彼女、今は十二、三歳の少女の姿だ。額には蒼い宝石が埋め込まれ、ティーカップを傾ける両手には、ほぼ全ての指に大粒の宝石をあしらった指輪がはめられていた。

 黒いローブの裾から、色白の素足が露になっている。エナメル質の黒いピンヒールの艶感と、あどけなさの残る少女、グエンの目にそれはどこか不釣り合いに映った。

 同じ卓の椅子には、ノダナ族が籠いっぱいのドーナツを頬張りながら、満面の笑みを浮かべて座っている。

 グエンは徐行したまま近づくと、そのテーブルセットの脇へモービルを寄せた。

 デラダン機も背後につける。


「こてつー」

「おう、ノダナ。もしかしなくても、俺はこのお茶会に招待されたのか?」

『アニキ、茶なんて飲んでる暇ねえっすよ』

「はんっ。やーっと来よったわ。面倒じゃ、ほれ」


 サーラは右手でティーカップを持ち上げたまま、空いた左手の人差し指をグエンへ向けて弾く。

 指先が輝き、光の泡が生まれた。

 一直線に空を滑る泡は、グエンの目前で一瞬にして膨れ上がり、輝く球体となってモービルごと全身を包み込む。

 ――組織構文だ。

 泡の表面を滑る古代文字が青く輝き、そして消えた。

 ジャケットの胸元から顔を出したままのオライオン。

 舌を出してノダナ族を見ている。

 リラックスしている相棒の様子に、グエンは警戒する必要はないと判断した。


「なんだったんだ? 今のは」

『ア、アニキ! なんともねえんすか?』

『ああ、特になにも感じなかったが……』


 瞬きするよりも早く消失した組織構文に、二人は呆然とするばかり。

 サーラは片方の眉を跳ね上げ、グエンをひと睨みする。

 苦虫をかみ殺したような表情で紅茶を飲み干し、カップを置いた。

 膝に両手を置いて背筋を正すと、隣でドーナツを頬張るノダナ族へ笑顔を向ける。


「ささ、これでこやつの傷は癒えましたぞ。ご満足いただけましたかのう?」

「んもっんもっ。んぐっ……。たすかるのだなあ」

「ははあっ。それでは、座臥(ざが)でごゆるりとお昼寝でもいかがでしょう。寝所(しんしょ)を整え、美酒も揃えておりますれば……」

「なやむのだなあ」


 ノダナ族は椅子の上に立ち上がり、ドーナツ籠を両手に抱える。

 意図を察したサーラは、ドーナツ籠を抱えたノダナ族を両腕で抱き上げた。

 そして、おもむろにキャンピングカーへ歩き、開いた扉から中へ入る。

 ほどなくして手ぶらで外へ出ると、静かに扉を閉めた。


「傷を癒した? まさか」


 グエンは肩の縫合痕を擦る。

 痛みはない。

 左太腿の縫合痕も同様に擦ってみるが、こちらも同じだ。

 懐にいたオライオンが飛び出し肩に乗る。

 左右の肩を横断したが、やはり何の痛みもなかった。

 サーラは再び椅子に腰かけ、自身の身体をまさぐるグエンを眺めている。

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