1-99.再びの大隧道
グエンとデラダンは、支道から三番道路へ合流した。
バックミラーに映るムロージ兵装センターが、後方へ流れていく。
右手にはクエスタ本部。
グエンはクエスタ本部へ視線を送りながら、インカムに尋ねる。
『デラダン。ローガーとやらが、エンブラを招いてエリィを利用しようとした。だよな』
『そっすね。ユイークが覗いたログには、ローガーから白鯨騎士団にあてた文章がたっぷりあったってえ話っすよ』
一拍の間。
グエンは低く鋭い声で答えた。
『ローガー、殺しておくか』
『へ?』
デラダンのフェイス内ディスプレイが、後方の映像を映す。
グランディアの右折ウィンカーが明滅していた。
『ちょちょちょ! アニキ! 冗談っすよね! クエスタの会長殺すなんて!』
『ははは、冗談だ』
グエンはウィンカーを消した。
インカムから、かすれた声が返ってくる。
『じょ、冗談に聞こえやせんでしたぜ。ドスの聞いた声で……』
『順番が違う。エリィとキトを助けるのが最優先だ。次に、バナーバルがエンブラと手を組むかどうか、本人たちに聞く。確定したら殺そう』
『え、ええと……』
『道順を確認だ。このまま三番道路を進めば大隧道、だよな。ノマドベースを抜けて、その先の亀裂に入って、地下へ行く。例の地下遺跡にエンブラ共が駐屯している』
『道順はばっちりでさ。しかし、なんであんな場所にいるんすかね。遺跡つっても、ただの石ばっかでなんもねえっすよ』
『さあてな、目的を調べるのはあとだ。まずは、エリィとキトの居場所をはっきりさせたい。連絡でも取れれば確実なんだが……。エリィと連絡をつける方法は、やはりないか?』
『っすね。あのユイークがやれるだけやってこれっすから』
『そうか。どうにかして、情報を集められればいいんだが……。ん、なんだ?』
グエンは背中が引きつるような感覚に眉を顰める。
見えない糸で肌を引っ張られるような、誰かに声をかけられたような奇妙な感覚だった。
背に何かついているのかと左手を回すが、何もない。
シート最後部、黒いパニアケースの中で白い子犬が動き出す。
寝床から顔を出したオライオンは、走行風に目を細めて大きく欠伸をすると、パニアケースの縁に足を掛けて跳ぶ。
隣接するパニアケースを一つ飛び越え、シートを蹴ってグエンの背を駆け上った。
『よう、相棒。背中になんかついてなかったか?』
「アォン?」
肩に腹ばいになったオライオンは、数度首を傾げる。
グエンはオライオンと目を合わせてから、正面へ向き直った。
『急ぐしかないな。周囲、追跡はないな?』
『周りにはついてくるやつはなんもいねえっすね! 映像分析済みっす!』
『よし、飛ばすぞ。気づかれる前に接近したい』
『うっす! 今度は、あっしがビッタリケツに張り付く番ですぜ! いんや、あっしのヘビークラストの方が速いとこを証明しやす!』
『グランディアはあんなもんじゃないぜ? 抜いてみな! 行くぞ!』
『おっしゃー!』
グランディアがデラダン機を追い越す。
続いて、ヘビークラストがその後を追った。
遥か後方。
レイヴンがビルの屋上に立っている。
「あーしから逃げ切ろうとか、ガチうける。鬼っぱやの風神モイェブでもムリっしょ」
単眼スコープは、モービルに乗ったグエンの背を捉えていた。
疾走するモービルとヘビークラストはさらに速度を上げ、大隧道へ続く三番道路の先へ消えていく。
大隧道を奥へ進んだ先、壁にぽっかりと口を開けた亀裂路。
エリエラを乗せた白い装甲車は、金属製のゲートを越える。
岩肌の地層が露になった亀裂路内部は、装甲車が通れるよう拡張されていた。
装甲車は高台礼拝堂遺跡を抜け、地下遺跡の入口である下り坂を下りていく。
装甲車の腹の下。
後方のステップ板の影に、キトは貼り付いていた。
顔には古ぼけたゴーグルをかけている。普段は青いワークキャップにかけるだけだったが、両目を覆い守るゴーグルは、今は不安を抱えるキトの心を支えていた。
本を括り付けている肩掛けカバンがずれ、位置を直す。
「……全然とまらないなあ……あ、地下遺跡だ」
車体の下から様子を窺うキトの目に、眼下の地下空洞が映る。
天井からは、大光量の青白い照明がいくつも吊り下がっていた。
ノマドベースの天井部に設置されている照明と同じものだ。
煌々と照らされているのは、灰黒色に褪せた石造りの遺跡群。
一部は割れて崩壊した住居もあるが、ほとんどは太古の姿を留めている。融けた飴のように溶融した石塔など、謎を残した建築物も多い。
石壁で口の字に囲まれた地下遺跡には、エンブラ兵の中隊が駐屯していた。
エンブラ兵と距離を置き、黒装束の墨影兵がいる。
彼らの一部が、降りてくる装甲車を無言で指さした。
キトの震える声が漏れる。
「ど、どうしよ……あんなにいっぱい人がいる。み、見つかっちゃうかなあ……で、でも、ボクがエリィを助けないと………」
か細い声は、猛獣の唸り声のようなエンジン音にかき消される。
キトは固く両目を瞑った。
だが、装甲車は容赦なく速度を増して坂を下る。
格子が嵌った小さなガラス窓の奥。
車内では、長椅子に腰かけたエリエラが静かに目を閉じていた。
伏せた瞼がわずかに開き、視線が床へ落ちる。
だが、再び静かに閉じられる。
地下遺跡を見下ろす九十九折りの坂。
凍てつく牢獄のごとき白い装甲車が、二人を乗せて地下遺跡へ下りて行った。




