1-98.ムロージ兵装センターへ②
グエンは立ち並ぶ棚へ視線を移す。
通路を縦横無尽に、搬送ロボットたちがせわしなく稼働していた。
左肩に乗っているオライオンが、顔を左右へ動かしてその姿を追っている。
グエンは棚の側面にエリアマップを見つけた。
『俺が欲しいのは医薬品くらいだが……どこにあるんだか』
側を通り過ぎようとしていた搬送ロボットが停止する。
ウィンッ。小さな駆動音を立て、グエンの方へ向き直った。
デラダンの対応をする搬送ロボットと全く同じ声で。
『医薬品がいる? ニンゲン、こっちへ来る』
『お、おう。助かるよ。なんか、ちょっとノダナ族みたいだな』
「ウォンッ」
肩からオライオンが跳ぶ。
搬送ロボットの円筒形の頭へ、ちょこんと乗った。
頭の上にオライオンを乗せたまま、搬送ロボットは移動していく。
『乗ってもいいんだな……そこ』
グエンはその後ろについていった。
数分後。
倉庫内の一画に設けられた休憩所。
コの字型に置かれたソファーと、中央の長テーブル。
壁際にはカウンターテーブルが設置され、椅子が並んでいる。
搬送ロボットが壁際のテーブルに医薬品一式を置いた。
グエンはそのテーブルの横へ行き、揃えられた医薬品を一つ一つ手に取り確認してく。あらかた確認し終えると、長方形のシートを手に取り、壁掛けの鏡へ背中の傷を映す。
縫合痕の周囲には乾いた血がこびりつき、縫合痕や糸を支える皮膚が裂けていた。
『思ったよりはひどくないな。で、このシートを貼ればいいのか』
グエンは長方形のシートからフィルムを剥がし、傷口に貼り付ける。
背後から、搬送ロボットが補足した。
『商品説明。生体装着型創傷閉鎖テープ。ニンゲンの血液を接着剤として傷縁を塞ぎ固定できる。縫合の代用に用いられる』
『切り傷用のガムテープって感じか。便利な時代になったもんだ』
『ニンゲン、次は何をどうする?』
『そうだな、肩に貼ったコレと同じやつが欲しい。このあとも使いそうだ』
『要望確認した。ピックする。ニンゲン、待ってる』
『ありがとう。頼むよ』
「アォォォォン」
搬送ロボットの上に乗るオライオンが返事を返す。
その場で旋回したロボットは、オライオンを乗せたまま倉庫内を進んだ。
途中、オライオンが左へ顔を向け、何度か吠える。
棚の間へ姿が消えた後、グエンはふとその方向へ視線を向けた。
倉庫の角。
そこには棚も椅子もテーブルもない。
小さな木製の社があった。
興味をそそられたグエンは、傍へ歩み寄る。
バケツほどの大きさの台座。
その上に載る社も同じほどの大きさだった。
小さな木製の格子戸の奥には、朱色の小さな手鏡が立てかけられている。
「へえ、商売繁盛の神棚みたいなもんか? ま、たまにこういうの敷地内にあるもんな。ご神体は手鏡か? 敷地内に祀られてるんなら、一応誰かが管理しているんだろうが……」
紙垂の揺れる社の屋根には、はっきりと見て取れるほどの埃が積もっている。
等閑に付された佇まいに、グエンはむず痒さを覚えた。
「……ま、デラダンの方も終わっていないしな。少しだけ掃除してやるか」
周囲を見渡す。
少し離れた壁際に掃除用具入れを見つけた。
バケツや箒、チリトリを運ぶ。
途中、棚の在庫品から雑巾を見つけたので拝借した。
社に積もった埃を払い、水拭きで拭う。
たった数分の作業だったが、グエンは心が落ち着いていくのを感じていた。
「ゴカ村の頃は、毎日こうやっていた。……まだ、懐かしいと、感じるもんなんだな。埃くらいは落とせるが、紙垂の古さはなあ。今回は時間がない。次に来た時、新しいやつを探して交換してやるよ」
無意識に言葉が漏れていた。
石造りの土台を拭きながら、刻まれた文字に気づく。
見返神社、とうっすら刻まれている。
彫られた文字に溜まった汚れを拭い、掃除を締めくくった。
グエンが離れた後の無人の社。
無風の中、社に飾られた紙垂がかすかに揺れていた。
休憩所、ソファーに座るグエン。
オライオンは膝の上で眠っている。
インカムのスピーカー部から、デラダンの野太い声が発せられた。
『アニキ! お待たせしやした! すぐ出発できやす!』
『よし。大隧道内部へ行くぞ。すぐにモービルへ戻る』
『うっす!』
グエンはオライオンを抱きかかえ、倉庫入口方向へ向かう。
保管エリアからスロープを降りたトラックヤード。
デラダンのヘビークラストが待っていた。
玉虫色の塗装は変わらないが、右手には長さ二メートル強の円錐状の機械槍を持ち、左手には大型のショットガンを握っている。
さらに、背面のランドセルには、リボルバー型のグレネードランチャーが固定され、長方形の金属製背嚢を背負っていた。
それらの装備は全て黒一色。
玉虫色のボディカラーから浮いていた。
『色を塗り替える時間はさすがになかったか』
『そうなんすよ! せっかくならボディの色と同じにしたかったんすけど! アニキ、小物なんすけどモービルに積んで貰ってもいいすか?』
『いいぞ。何があるんだ?』
『へっへっへ。ユイークが欲しがってた新型のゴーグルモバイルとか、他にも』
『ちゃっかりしてるじゃないか。まあ、エンブラを蹴散らせば問題ない』
グエンは紙袋を受け取る。
ヘビークラストがつまんでいたのでさほど大きく見えなかったが、実際に手にした紙袋は一抱えほどもあった。
『欲張ったなあ、お前。オライオンの手前に入れておくか』
『あ、アニキにも二ついいもん見つけときやした』
『俺に?』
『紙袋の一番上の布っす。グラネクス繊維の防刃布らしいっすよ』
『あ、これか。へえ、タオルみたいだが、これで防刃なのか』
グエンは紙袋から、数枚ある黒い布の一枚を手に取る。
裏地は赤く、厚手のタオルのような手触りだ。
防刃布の端裏には、小さな輪が等間隔で付いている。
『ああ、なるほど。この布同士を繋げて好きな大きさにもできるってことか?』
『そっす! 使えそうなんすけど、使い方わかんなかったんで適当に入れときやした!』
『ふむ、なら、とりあえずはベルトから一枚垂らしておくか。色々使えそうだ』
『んで、あと一つはマフラーのサイレンサーっす』
『そんなのもあるのか。紙袋にはそれらしいものはないが……グランディアに着けたか?』
『実はつけちまいやした……。アニキが、アハテルの静穏性が上がって、接敵が楽になるって言ってたもんで……』
『この排気音はロマンだけどな。できる限り静かに行きたい。気が利くな』
『へへへ。任せて下せえ!』
『よし、あとはしまっておくぞ』
モービル最後尾から数えて二つ目、黒い樹脂製のパニアケースの蓋を開く。
紙袋を収納して蓋を閉めると、オライオンがその上へ着地した。
トットットッ、と軽い足音を鳴らし、奥に並ぶ自分の家へ戻っていく。
モービルに跨ったグエンの側へ、搬送ロボットが近寄る。
『ニンゲン、とてもいいものある』
グローブ状のアームには、赤い房が握られていた。
グエンへ差し出し、中性的な音声で続ける。
『見返神社、掃除ボランティア感謝する。お守り、やる』
『お守り? へえ、房か』
グエンは赤い房を受け取り、顔へ近づける。
艶のある繊維で編み込まれた、鮮やかな紅の房だ。
腰に吊るした軍刀【濡焔】の柄へ結わえた。
『いいねえ。黒鞘に、白銀の柄と護拳。真紅の房か。華がある。ありがとう』
『ゴリヤクある』
『ははは、ロボットからご利益とは。良い見送りだよ。さあ、行くぞ』
『キトと姐さんを助けに!』
『ああ、急ぐぞ。大隧道に行っているはずだ』
『うっす!』
ヘビークラストが入口へ向けて前進する。
グランディアのエンジンにも灯が入った。
低い唸りを上げるが、鼓動感あふれる排気音は抑えられ、どこか詰まったような印象があった。
(盛り上がりに欠ける音だが、今は仕方ないな)
広大なトラックヤードを横断する二台。
バックミラーを見れば、搬送ロボットはすでにそこにはいない。
棚の間を縦横無尽に行き交うロボットたち。
その一台へ戻ったようだ。
入口の扉が開く。
玉虫色のデラダン機が外へ飛び出し、黒いモービルがその後を追った。




