1-96.敏腕エンジニア
ジアは作業台を押し、ガレージから姿を現した。
制御ボックスから伸びる配線を引き、停止したヘビークラストの首後ろへ接続する。
「腰の端末は壊れたけど~こっちはだいじょうぶだよ~」
栗毛の前髪に隠れた両目。
そのマルーンの瞳、網膜ディスプレイには、複数のテキストコードが浮かび上がっては消えていく。
パシュッ。
ヘビークラスト各部のエアーが抜け、フェイスと背面装甲がゆっくりと開いた。
カグロが身を乗り出す。
そして、開いた装甲へ拳を叩きつけた。
「くそ! なんてことするんだ! あの野郎! こっちはお前らの護衛に残ったんだぞ! くそっ! こんな失態、どう報告しろってんだ! 自走できなきゃ、始末書じゃ済まないぞ……。減給か降格か、歩兵隊に転属、いや、最悪除隊だぞ……ちくしょうが!」
「大丈夫だよ~。これくらいならすぐ直せるから~」
カグロは目を閉じ、眉間へ深い皺を刻んだまま開いた装甲の縁に頬杖をつく。
一瞬、ジアの言葉が理解できなかった。
ゆっくりと目を開く。
「は? お、おい、お前。今、何て言った? 直せるって?」
「そ~。でも、グラネクス装甲持ってないから~腰だけ重銀装甲のパーツになるけど~。いいな~グラネクス装甲~。これでもう一機組んでみたいな~」
ジアは裂けた腰部装甲をぺたぺたと撫でている。
カグロは上体をひねり、背面下で作業するジアへ視線を落とした。
「機体バランスが狂う。仮に装甲を交換できても、制御系がダウンした。人工筋肉アクチュエーターの調整なんて、俺はできんぞ……」
「やっとくよ~。直すだけでいいんでしょ~?」
のんびりした口調とは裏腹に、ジアの手は休みなく動く。
腰部内側へ配線を繋いでいく。
制御ボックス上の小さなディスプレイには波形が映し出され、次々と画面が切り替わる。
そのたびにヘビークラスト各部の装甲が収縮と拡張を繰り返した。
「とりあえず復旧できた~。ここから交換~。もうやっていいの~? 直すだけ~?」
「い、いい、いい。それでいい。な、なあ……色は合わせられるか? ⅭQブラック03だ」
「できる~。えっとね~、ⅭQブラック03なら同じのあるよ~。一番スタンダードな色だし~、表面処理もほぼ一緒だから~、見分けつかないよ~」
カグロはヘビークラストから両足を引き抜き、地面へ飛び降りた。
作業中のジアの横へ腰を下ろす。
作業台の棚に置かれた一本のスプレー缶を手に取った。
塗装用スプレーには【ⅭQブラック03】と書かれている。
「……なあ、この腰部分の壊れたパーツやるから……この修理の件、黙っててくれ。あと、スピアが動くとこ、見せてやる」
「え! やった~。すぐ交換しちゃうよ~」
「……できるだけ早くな」
「十五分あれば終わるよ~」
「マジか、お前……」
カグロはジャケットのポケットをまさぐる。
胸ポケット、サイドポケット、ズボンのポケット。
順に手を突っ込み、潰れた箱からタバコを一本抜き出して口にくわえた。
しかし、ライターを持っていないことを思い出す。
ヘビークラストへ搭乗する際は、装甲内側と身体が干渉するため、突起物は持ち込めない。
火のついていないタバコが口先で揺れた。
ジアは作業台からポケットバーナーを取り、差し出す。
「これ使っていいよ~。フェイスの火はまだ使えないから~。あとはカニクレーンで運んで、ガレージ内で作業するから~」
「お、おう。何から何まで悪いな」
カグロは小さなポケットバーナーでタバコへ火をつける。
煙を吸い込み、ゆっくりと吐き出した。
耳元のインカムへ通信が入る。
『先輩! 大変です! あの違法ヘビークラストと、うるさい旧車モービルが走ってましたよ!』
『お、でかしたぞ、ヨミル。どこに向かった?』
『ちょっと離れた廃工場の、地下っぽいとこに入っていくのを確認しました!』
『よし、いいぞ。確保できそうか?』
『え! もう戻ってます! そっちに着きますよ!』
『な、なに。なんで追わなかった!』
『だって先輩、なんかあったら一人で突っ込まずに戻れって』
『……確かにな! 言ったな、俺が!』
『はい!』
『……気を付けて戻れ』
『はい! 通信終わります!』
『ああ』
カグロは大きくタバコを吸い込む。
火種が赤く灯り、煙が鼻からゆっくりと吐き出された。
「じたばたしても始まらねえな。子守失敗の理由、なんにすっかなあ」
煙をまといながら、ジアが操作する小型カニクレーンを無言で眺める。
体育座りのような姿勢になったヘビークラストが、ゆっくりと宙へ吊り上げられていた。




